ミストリア王国編13
ミストリア王国の最大都市、王都アイギス。
既に夜更け過ぎだが、繁華街はまだ喧騒に包まれており、賑やかな声がそこかしこで聞こえている。
そんな繁華街とはかなり離れた区画、静まる住宅街の地下にフード付きのマントを羽織った者が10人、顔には能面のような仮面を付け、丸いテーブルを囲んで座っていた。
「追加の情報は入ってこないのかい?」
「申し訳ございません。先日ご報告しましたハンターギルド経由で仕入れたルクス支部の壊滅と言う情報のみで、真贋の確認は取れておりません。その為に送った精鋭部隊を含めた5部隊全てから連絡が途絶えております」
中央に座る男が落ち着いた口調で言うと、その男から見て対面に座っていた男が謝罪を含めて発言する。
「しかし、ウチの支部どころか、上級幹部のザラが率いた精鋭部隊の1人すら帰ってこないって言うのは信じられないねぇ」
そこかしこから騒めくように同じような言葉が紡がれるが、中央に座っていた男がそれを手で制すると一瞬で静まった。
「いいか?信じられなくても事実は事実として受け止めろ。そうじゃ無いと真実を見落とし、己の首を絞める事になる」
「すみません、マスター」
今度は左側の男が発言し、中央のマスターと呼んだ男から叱責を受けた。
そこは王都にあるカザリアの上級幹部のみが知る隠れ家の1つ。
中央に座る男がミストリア最大と言われる闇組織カザリアを率いるマスターであり、その他の男達がヒイラギに殺されたザラ以外の上級幹部達だ。
「お前達上級幹部を含め、組織員の増員に伴ってここ数年でガザリアもかなり順調に拡大してきた。長年掛けて準備してきた私の計画に初めてに近いアクシデントだ。ここで躓く訳にはいかないからな、今回は私が少し動こう」
分かりました、と言って全員が同時に頭を垂れる。
ここ数年で世界中の闇組織にも元リアルワールドプレイヤーが大量に流入したのだが、カザリアも同じく構成員の2割が元リアルワールドプレイヤーであり、上級幹部に至ってはヒイラギに殺されたザラを含め10名中5名が元リアルワールドプレイヤーに入れ替わっていた。
「それと、しばらくルクスには手を出さず静観しろと末端まで指示を出しておいてくれ」
それを最後にリーダーと呼ばれた男が席を立った。
☆☆☆☆☆☆☆
「どうしたのものかしらね」
執務室の机の上、自分の手元にある手紙から視線を外してそう言ったのは、ルクスを治める3大公爵の1人、サラサ・アイギーストだ。
誰に言う訳でもなく、虚空に言葉が消えるとまた手紙に目を落とす。
送り主は国王リオネル・ミストリアであり、手紙にはひとり娘である王女レイティーアに関してで、最近王都で王女を狙う怪しい動きがある為に、一時的に預かって欲しいと書いてあった。
「サラサ様、何をお悩みになっておられるのですか?」
サラサに手紙を届け、そのまま机の前で待機していた執事長のベールが心配気に問い掛けた。
「最近の情勢もあるからレイティーア王女を一時的に預かるのは分かるわ。けれど護衛がリリアンナだけなら分かるけれど、サファールもなのよ。私はそこが色々と気になるの」
戦力に乏しいとされるミストリアだが、その中でも正式名称では無いがミストリア内では4英傑と呼ばれる人物がいる。
聖女と謳われる王女レイティーア・ミストリア、王直属部隊隊長である聖騎士ライ・セルヒ、王国魔法師団隊長である特級魔法師リリア・アイギースト、王国騎士団隊長である剣聖サファール・レイモンドが、その4人である。
聖騎士ライ・セルヒは元リアルワールドプレイヤーであり、特級魔法師リリア・アイギーストはサラサの孫で、剣聖サファール・レイモンドはサラサと同じ3大公爵家の1つレイモンド家の嫡男である。
「ミストリア最大戦力の内2人を一時的にでも王都の戦力を削ってでも護衛に付けるほどの何かがあるとお考えなのでしょうか?」
「そうね、リリアは護衛として残るらしいけど、サファールは2日ほど滞在して戻るらしいわ。それでもミストリア内の現状を考えれば過剰な護衛と言わざるおえないわ」
「そうすると今回のレイティーア王女の件に関して手紙には書けない何かがあるのかも知れませんね」
「それにレイモンド家の例の噂の件もあるし、用心に越した事はないわ、ここは保険を掛けるべきね」
「保険とは、彼ですか?」
「そうね、彼に指名依頼を出して頂戴。内容はこちらに来てから説明するから、聞いて断る事も可能だと伝えて」
「畏まりました。それでは早速手配致します」
少しだけ頭を下げて退室したベールを見送ると、サラサは手紙を机に引き出しにしまい、もう少し自分なりの見解を考える為に思考の中へ意識を移した。
☆☆☆☆☆☆☆
「カナメくん、暇なの?」
そこは屋敷の中にある、いつものヒイラギの執務室。
座り心地の良いソファに座って、メイドの淹れてくれた珈琲を飲みながら寛いでいるのは、諜報組織月光の当主であるカナメである。
ちなみに、この世界では珈琲もあれば紅茶もお酒も前の世界で馴染み深い物が沢山ある。
元々あった物も多いが、生産系などの能力のある元リアルワールドプレイヤーが広めたの物もかなり多い。
「暇ではないですよ。先日のお礼も含めて話があったんで、ヒイラギさんの仕事がひと段落するのを待ってるんです」
「いや、なんかいつも寛いでるイメージがあるからさ」
心外だ、とばかりに呆れ顔をするカナメを他所に、ヒイラギも対面のソファに座ると、用意されていた自分の珈琲に口を付けた。
「とりあえずこの前の報酬ありがとうございました。正直有り得ないくらいに助かります」
ヒイラギが座るのを待って、カナメが言いながら頭を下げた。
「支援的な意味はあるのは否定しないけど、正当な報酬だと思ってるし、別にお礼なんていいよ」
「まぁそんな風に言われるのは分かってたんですけどね。実はヒイラギさんに折り入って相談があるんです」
「なんだい改まって?」
「色々考えたんですけど、ヒイラギさんの所で月光を吸収して貰えないかと思いまして」
「えっ?」
「正直あれだけの資金援助、今後の活動やリスク、相乗効果などを考えると、吸収して貰うのが良いかと思うんです。それに活動には自信はあっても運営の才能は微妙だと思ってるんで」
苦笑しながらも真剣な表情で話すカナメに、ヒイラギも真剣に思考を巡らす。
実際ここ最近の月光は、ヒイラギのバックアップにより組織の充実化が顕著だった。
諜報員達にも生活があり、家族がいる者も多い。
根が真面目なカナメは、そう言った彼らの将来に対して以前より悩んでいたのは事実だった。
「その発想は無かったけど、言われてみれば有りか。ただし条件が色々あるけど」
「なんですか?」
「アラベス商会の商業部門と言う形で運営の大部分をベッツさんに任せている様に、情報統括部門と言う形で運営の大部分はカナメくんがそのままやってくれる事、全ての諜報員をアラベス商会の社員にする事、情報統括部門の商売として情報販売部門と護衛や警護部門に分けて、表に出ない諜報部門として月光をそのまま残す事、俺からの要望はこの3つかな、どう?」
「よくそんな考えがスラスラ出てきますね、私にはマネできませんよ。何の問題もないですし、それで構いません。改めてよろしくお願いします、ボス」
「病むほどのブラック企業に勤めていた名残りが役に多少立っているだけだよ。ただ、その呼び名だけは止めてくれ!」
「ちょっと言ってみたかっただけで、冗談ですよ」
笑いながら言うカナメに、ヒイラギが苦笑する。
ここにアラベス商会の情報統括部門が新たに設けられた訳だが、それよりもカナメと言う信頼できる優秀なパートナーが増えた事の方が大きい意味があった。
例えヒイラギに個の力があろうと、それで全て思い通りなるなんて甘い考えはない。
ヒイラギは無敵では無いし、権力や数の暴力は強力であり、情報は貴重であり、体力や時間は有限で。
ブラック企業時代も、リアルワールドプレイ時代も、散々経験した事実は、この世界でも基本は同じ。
信頼できる仲間は貴重であり、そして力になる。
だからヒイラギは、カナメを得て増えた選択肢に感謝しながら、これからの変化に思考を割いた。