ミストリア王国編12
カザリアの精鋭部隊を殲滅させてから数日、ヒイラギはまたもハンターギルドのギルドマスター室でベズリスタと向かい合っていた。
「とりあえず今回の賞金首の討伐金が合計で12億1000万ジニー、犯罪奴隷の買取りが合計で6億2000万ジニー、魔道馬車の買取りが合計で2億2000万ジニー、装備やアイテムの買い取りが合計で7億5000万ジニー、合計で28億ジニーになる。今回はどうする?」
きっと前回の件もあるので、月光への件を確認しているのだろう。
「5億ジニーを月光へ、残りは俺の口座に振り込みして下さい」
今回も後ろに立って控えるカナメだが、何も口にする事は無く、ただ少しだけ苦笑した雰囲気だけが伝わってきただけだった。
「分かった、そう手配しとこう。で、実は今回君のランクを勝手にランクSにしといたからよろしく頼む」
「え?ランクS?流石に早くないですか?」
ランクCからランクAへ2段階特進したのが約1ヶ月程前だ。
そこまでランクにこだわっていないヒイラギは、周りとの軋轢が生まれるんじゃないかと、ギルドを心配しての発言だった。
ちなみに、リアルワールド内のシステムでもこの世界と同じようにランク制度は存在し、それぞれのギルドに対して貢献する事でポイントが貯まり、ランクアップする仕組みだった為、現実のこの世界のように複合的な理由で2段階も上がったり、急にランクアップする事はシステム上あり得なかった。
それがシステム化されたゲームの世界と現実の世界との差だった。
「流石に誰も何も言わんし、そもそもハンターギルドは完全な実力主義だ。逆に大規模な闇組織の支部1つを単独で壊滅させるわ、ミストリア最大の裏組織の精鋭部隊は殲滅するわ、今のランクAのままだと、ランクAのハンターは同じ事が皆んな可能だなんて思われる方がギルドもハンター間でも、問題も軋轢も多く発生するんだよ」
「そう言われると、そんな気がして来ましたね」
「まぁランクが上がるのは悪いもんじゃない。ハンターギルドに所属するハンターは世界中で約140万人程、その全てのハンターの中でランクS以上のハンターはたった0.2%程しかいない。その戦力を維持する為にハンターギルドの補助で装備やアイテムは一部を除き常時2割引、宿泊施設や生活用品全般は常時4割引、高額依頼も入るし、ハンターギルドのある都市や街にはフリーパスで入る事が可能になる」
「その特典だとフリーパス以外、俺には余りメリットないですし、面倒臭いし、パターン的に貴族とか権力者とかとの変なしがらみとかありそうだなぁ」
「それは少し勘違いをしているぞ?貴族や権力者、またハンターギルドであっても最低限の貢献をして貰っていれば、お願いはするが強制はできない仕組みだから、そこまで危惧する様なしがらみは無いはずだ」
ハンターギルドに登録しハンターとして生活している元リアルワールドプレイヤーは全ハンター中30万人と全体の約20%を占めている。
また商業ギルドや国に仕える軍などの関係に流れたのが20万人程、残りの100万人程の人が普通の一般民として暮らしているが、なぜ一般民がこれほど多いかと言えば、元リアルワールドプレイヤーだと言っても、レベルやスキル、アイテムや資産を即この世界で活用できる人間ばかりじゃないからである。
新規プレイヤーや低レベルプレイヤー、別世界の生活をマイペースに楽しんでいたプレイヤーなどもかなりこちらの世界へ来た為だ。
ただし、性根もあるが、その力に溺れる者、欲に抗えない者が闇に堕ちるケースも多々あり、その数は10万人とも20万人とも言われてもいる。
そんな変化により世界のバランスが崩れてきた今は尚更の話しになるが、高ランクのハンターなどに対する補助にしても、強制できない仕組みにしても、それはハンターギルドやその都市や国が戦力を逃したくないと言う強い思いからである。
その都市を中心に活動する高ランクのハンターがいればいるほど、その都市の防衛機能は上がり、また近隣諸国への抑止力に変換されるからだ。
本来各ギルドは国には縛られない独立した組織であるが、実際は多少なりともその都市や国との間に忖度は発生する。
ルクスの商業ギルドとハンターギルドには、ルクス最大の権力者であるサラサ・アイギーストからのアラベス商会及びアオイ・ヒイラギに対して特別な配慮をするようにとの依頼が入ってもいた。
そもそも、各ギルドではヒイラギとアラベス商会には最大限配慮するように以前より動いてはいるのだが。
事実、現在のルクスは急速に経済が改善している。
都市としては、カザリアの壊滅とコルネロ商会の解体により流通や機能の正常化、警備等に掛ける予算の軽減、短期間で売り上げを伸ばすアラベス商会の税収と、かなりの増収になっている。
ハンターギルドは、今回の犯罪奴隷やアイテムや備品等の売却でルクスに一定割合納めたものの、相当な利益を上げ、商業ギルドもまた20億ジニーも更に追加したアラベス商会の豊富な準備金を活用し、商会への貸金業で利益を上積みしていた。
「まぁ面倒臭くなるような強制力が無いなら、別に文句は無いので受けておきますよ」
「そう言って貰えると助かる」
ベズリスタが安堵した表情を浮かべる。
本来ハンターであれば、お願いしてでも欲しいのがランクだ。
その特典も、名誉も、ステータスも、恩恵は多く、普通であればギルドマスターからお願いする形でランクが上がるなどあり得ない話しなのだが。
ルクスを中心に活動するランクS以上のハンターはヒイラギを除くと6名しか居らず、ミストリア国内で数えても40名程度しかいない。
これは他の諸国に比べ、かなり低いのだが、それには大きく2つ理由がある。
まず1つは、ミストリア自体が比較的安定している国の為に貴族や権力者達によるハンターなどの戦力的なお抱え需要が少なかったり、戦争などによる戦力需要が少ない為である。
そしてもう1つは、国が抱えるダンジョンの数がミストリア国内に4つしかない事だ。
ダンジョン内の魔物の討伐、鉱石などの特殊な資源回収、アイテム発掘などがハンターの主要な仕事になるのだが、他の諸外国が抱えるダンジョンの数は平均が10と少しと考えれば、ミストリアがいかに少ないか分かるだろう。
大国には、そこを中心に活動するSランク以上のハンターを100人以上抱える国々も多々あり、ミストリアの抱える高ランクのハンター数が諸外国に比べて低いのは周知の事実になっていた。
だからこそ、サラサもベズリスタもヒイラギと言う巡ってきた幸運を手放さないよう手を打とうとするのは仕方ない事だった。
ただし、だからと言ってミストリアが魅力が無い訳でも、国力が低い訳でもない。
賢王と名高い現在の王により、住みやすく、治安も比較的良い事、また農業と鉱山業が盛んで、国の位置的に王都アイギスは諸外国の物流の要所になっている為に流入する民も多く、安定した税収によって、国力は非常に高い。
ただ、それは以前までの比較的安定していた時代の話し。
大量の元リアルワールドプレイヤーが流入した事による、国々及び裏社会のパワーバランスの崩壊により、現在この世界は少しずつ混沌化しており、崩れたパワーバランスを取り戻そうとする国もあれば、これをチャンスと取る国もあり、それぞれが動き出しているのだ。
だからこそ、余計にヒイラギのような実力者を欲し、留めておきたい訳だ。
ただし、こんな考えが余りにも小さなスケールの話しだと言う事を、それぞれが思い知るのはもう少し先の話になるのだが。