ミストリア王国編11
少しずつ大きくなってくる砂塵が、しばらく経つとヒイラギの目の前まで迫り、そして10台以上ある全ての魔導馬車が停止した。
1番前の魔道馬車から商人風の格好をした細身の男が降りて来て、ヒイラギの元にやって来る。
「こんにちは。私は王都アイギスにあるモーリス商会に所属するスルトと申します。あなた方は、こんな場所で一体何をしているのですか?1つ間違えば、この私達の魔道馬車に引き裂かれていても文句は言えませんよ?」
こちらを伺う様に、そして心配するような口調でスルトと名乗る男が更にヒイラギに近付いてくる。
だが、横に座る少し前に仮面を被ったカナメを見た瞬間、その顔に怒りが現れた。
「月光の人間が何故ここにいる?」
商人と言う仮面を被る事はあっさり放棄して、先程より数段下がったドスの効いた声でスルトがカナメに問い掛ける。
月光の諜報員は特殊な認識阻害の付いた仮面を被っているので、月光の人間と言うのは直ぐに分かるだろう。
そして、因縁がある月光が今回の件に絡んでいると見込んでいるのも想像が付くから、怒りが抑えられないのも仕方ないのかも知れない。
「月光のカナメと言えば、お前らには分かるだろ?今回のトップと話したいからこのテーブルと椅子を用意して待ってただけだが?」
カナメの言葉を聞いたスルトは、返事もせずに停まっている魔道馬車の集団へ急いで駆け寄ると、その中の1台に向けて何かを話している様だった。
ヒイラギは神眼により、その魔道馬車に今回のリーダーであろう男が乗っているのは知っているのだが。
魔道馬車から降りて来たのは3人、神眼で確認した限りこの部隊の中では上位3人であるのは間違いない。
ローブを羽織った出立ちで、身長は170程度、少し頬がこけた痩せた男が最初に降りた。
ステータス
名前 シリグ・パパンダスタ
年齢 28
性別 男性
種族 人族
職業 魔道士
レベル B・47
体力 C・37
筋力 C・32
魔力 A・58
知力 B・43
俊敏 D・29
スキル 暗黒
備考 悪意Ⅲ・裏組織カザリア所属・幹部
元リアルワールドプレイヤー(元2765位)
元リアルワールドプレイヤー146名殺害
他766名殺害
A級賞金首・討伐金額1億7000万ジニー
次が身長は2Mはあるだろう巨漢の男で、背に大剣を背負っている。
ステータス
名前 ライズ・カーネルス
年齢 25
性別 男性
種族 人族・覚醒者
職業 大剣士
レベル A・55
体力 S・66
筋力 S・61
魔力 D・22
知力 C・35
俊敏 C・37
スキル 鋼鉄
備考 悪意Ⅲ・裏組織カザリア所属・幹部
元リアルワールドプレイヤー(元1952位)
元リアルワールドプレイヤー64名殺害
他1314名殺害
S級賞金首・討伐金額3億5000万ジニー
そして最後が軽装の装備に剣を脇に差した、身長180程の引き締まった身体の男。
引き締まった身体とら真逆のだらし無い笑みを浮かべている。
ステータス
名前 ザラ・ペリオルド
年齢 25
性別 男性
種族 人族・覚醒者
職業 暗殺者
レベル S・64
体力 A・53
筋力 B・48
魔力 A・55
知力 A・51
俊敏 S・60
スキル 影操り・隠密Ⅱ
備考 悪意Ⅳ・裏組織カザリア所属・上級幹部
元リアルワールドプレイヤー(元896位)
元リアルワールドプレイヤー301名殺害
他2411名殺害
S級賞金首・討伐金額5億2000万ジニー
学んだ知識や知りたい情報を自動で反映してくれているようで、以前より情報が多くなっている。
殺害人数まで出るが、悪意のレベルも含めて吐き気がする程の屑どもらしい。
3人がヒイラギ達の前に進むと、魔道馬車を降りた全員がヒイラギとカナメを囲む様に包囲する。
「よう月光のカナメさん、今回ウチのルクス支部と連絡が取れなくなったのはアンタの仕業かい?一体ルクスで何が起きたんだ?」
「結果論で言えば、カザリアのルクス支部は壊滅した。追加で来た奴らも含め全員が犯罪奴隷として捕縛されたよ」
瞬間、大きな音を立ててテーブルが破壊される。
話していたリーダー格のザラの隣、ライスが大剣を一振りし壊したのだが、ザラがライスを手で制し一歩後ろに下がらせた。
「全員が捕縛?そんな芸当をお前がやったのか?」
「そんな芸当を私が出来るはずないだろ。ただ、やったのはたった1人で、その当人は今お前達の目の前にいるだろう?」
全員の目が一斉にヒイラギに集中する。
300人に上る殺気だった屈強な男達の視線を受けても、ヒイラギに別段変わりはない。
そして、ここで初めてヒイラギが口を開いた。
「いやね、おたくがさ、ウチの商会にしてくれたお礼にさ、カザリアを潰そうと思って。とりあえず手始めにルクス支部を潰したって単純な話しだよ」
「お前の頭はイカれてんのか?この状況でよくそんな話しができるな?」
『3段階解放』
「お前らさ、やったらやり返される覚悟は当然持ってるよな?」
ヒイラギが魔力制限する指輪を3つ外しそう言うと、凄まじい魔力の波動が吹き荒れ、囲んでいた半数以上が膝を突くなり倒れ込んだ。
目の前にいた3人ですら、数歩後ずさっている。
全員が息を呑む中で、ヒイラギが椅子からゆっくりと立ち上がり辺りを見渡す。
ただそれだけで何人かはあからさまに目を逸らすほどだ。
「期待外れだし、面倒だな」
『魔力重』
それは魔力しか使えないから魔法でもスキルでも無く、言葉通り魔力に重さを纏わしただけのもの。
ただそれは、ヒイラギの魔力操作と魔力密度により希少な重力スキルを遥かに超える技に昇華しただけの話し。
一瞬で目の前の3人以外が地面に押し潰されて意識を失った。
「待て待て待て待て、その初期装備に鉄剣、全ての指に付けた指輪、もしかしてあんた元プレイヤーの暴虐者かっ!?」
「あ?」
「す、すいません。あんたとやり合うつもりはありません。カザリアも抜けるし、あんたの前には2度と現れないから見逃して下さい」
ヘラヘラとした表情は消え、冷や汗を垂らしながら素早く土下座をしたザラが命乞いをする。
残りの2人もザラの暴虐者と言うワードで気付いたのか、同じように土下座をして命乞いを始めた。
「お前らさ、同じようにそう言って命乞いをした人を何人殺してきた?」
「いえ、生きる為に仕方なく殺した事はあります。でも数人程度ですし、命乞いされた人を殺した事はありません!」
平気で嘘を吐き必死に訴えるザラ達に、逆にヒイラギの熱が冷めていく。
「やっぱり屑は屑だな。俺にはな神眼があるんだよ、この世界で生きてるなら神眼が冗談じゃないのは分かるよな?それを前に嘘吐くなんて愚か過ぎるだろ。この世界の命は前の世界より遥かに軽いよ。ただな、罪も無い人を殺していい道理はねぇんだよ。お前ら3人が殺して来た5000人の無念を背負って死ね」
『斬鋼剣』
素早く立ち上がったライズの大剣がヒイラギを袈裟斬りするが、その大剣はヒイラギの魔力を纏った素手で受け止められる。
そして大剣をそのまま握り潰すと、腰に吊るしていた唯の鉄剣に魔力を纏わせて横凪にすると、ライズの上半身が下半身を残して地面に落ちた。
『暗黒球・漆黒』
突然ヒイラギの体を漆黒の闇が包み込み、球体になる。
「その漆黒に飲まれたやつは、全ての感覚を失い徐々に命を吸い取られる。高レベルの聖属性スキルでも無い限り破れはしない。ざまぁみろが!」
興奮した表情でシリグが叫ぶが、その興奮は1分も持たなかった。
「こんなもんで、俺がどうにかなると思ってるのか?」
何食わぬ顔でその球体からヒイラギが歩いて出てくると、魔力の渦の中にその球体を閉じ込めて圧縮し、消し去る。
高密度の魔力を纏わせたヒイラギの体は、シリグ程度の力では皮膚にすら到達出来なければ、そもそも神眼の効果で大抵の状態異常はレジストされてしまう。
そして驚いて硬直した瞬間、シリグの上半身が何時の間に切られたのかライズと同じように下半身だけを残して地面に落ちた。
『魔力の手』
魔力によって作り出された手が、少し離れた誰もいない場所へ伸びていき、何かを掴み上げる。
その手に掴み上げられたのは、2人が倒された隙に姿と気配を消してこの場から逃走しようとしたザラだ。
「神眼持ちだって説明してやったのに、そんなレベルの隠密で逃げれるはすがないだろ、まぁいいや、さよなら」
素早く近付いたヒイラギが鉄剣を横凪にすると、ザラの下半身が地面に落ち、魔力の手を解除すると、その下半身の上に上半身が落ちて重なった。
「これでたった3つだけの解放って、いやはややっぱり化け物ですねぇ、ヒイラギさんは」
「カナメくん、1つ質問がある」
仮面の下で引き攣った表情を作りながら口を開いたカナメに、ヒイラギが困ったような表情をしながら被せる様に問い掛けてきた。
「このタイミングで質問なんて、怖いんですけどなんですか?」
「これさ、真っ二つにして殺しちゃったけど、討伐金ちゃんと貰えるかな?」
「そこですか!?いや、まぁ、ヒイラギさんらしいと言えばらしいんですけど…。とりあえず鑑定スキルや魔道具があるので肉体の一部、または装飾品等があれば分かるんですよ。今回はそもそも別れただけで丸々死体がありますから、何の問題もありません」
「マジか、助かったぁぁ。いやぁ、勿体無い事したかなぁって思って焦ったよ」
苦笑しなが言うヒイラギに、違う意味でカナメが苦笑するが、きっとヒイラギには一切伝わる事はないだろう。
そう思ってカナメは直ぐに思考を切り替え、魔道具で合図を送る。
すると、どこからとも無く月光の諜報員達が集まって来て、倒れているカザリアの残党を捕縛して残されていた魔道馬車に積み込まれていく。
「さて、ヒイラギさん、後はウチの人間に任せて帰りますか」
「そうするか」
そう言ってヒイラギは乗ってきた魔道馬車に乗り込んだ。