ミストリア王国編9
大都市ルクスの中央、整然と並ぶ街並みの中に突然木々が現れ、守衛付きの大きな門を潜ると、ちょっとした競技場程の大きさの庭園があり、奥に鎮座する様式の邸宅は小さな小学校レベルの大きさだった。
執事と共に数人のメイドが並ぶ玄関に魔導馬車が到着し、ヒイラギとカナメが降りると一斉に全員が頭を垂れて挨拶をする。
「お待ちしておりました、ヒイラギ様。そしてカナメ様も。執事長を任されておりますベールと申します。これから主人が待つお部屋までご案内させて頂きます」
見事な姿勢の老執事が、再度頭を垂れて2人を屋敷の中に招き入れる。
呼ばれたのはヒイラギだが、カナメがいても難癖を付けるどころか、名前まで出した上で招き入れる時点で、サラサ・アイギーストの器の片鱗が覗き見えた。
その広大な屋敷の中を迷う素振りすら見せず、5分ほど歩くと周りより一際豪華な装飾のドアの前でベールがノックをする。
「サラサ様、ヒイラギ様とカナメ様をお連れ致しました」
中から女性の声で入ってと聞こえると、ベールがドアを開けて2人を中に招きれた。
中は30帖程の大きさの部屋で思ったより小さく、大きな机と中央に置かれたテーブルとソファ、周りに本棚があって、所々に高価そうな絵画や装飾があるが不思議といやらしさは感じなかった。
「お忙しいでしょうに、わざわざ来て頂いてごめんなさいね。どうぞ座って」
優しげな声音で語り掛けるサラサ・アイギーストは3大公爵の中で唯一の女性である。
50代であろう年齢よりも若く見え、白髪の覗く長い髪を後ろで纏め上げており、髪が邪魔する事の無く見える表情は柔らかい笑みを浮かべ、イメージしていた高圧的な貴族などとは程遠かった。
ソファにはヒイラギだけが座り、カナメはいつもの様に立ってヒイラギの後ろに控えると、ベールもサラサの後ろに立って控える。
「まずはルクスに巣食う裏組織の壊滅に関して、ルクスを預かる身として改めてお礼をきちんとお会いしてしたかったの。本当にありがとう」
サラサが言いながら頭を垂れる。
「サラサ様、お礼は十分にギルドよりきちんと対価を頂いていますので大丈夫ですよ。お礼も本当でしょうし、俺を確認したいと言う意図もあるでしょうけど、きっと本当の理由はコレですよね?どうぞ」
そう言ってヒイラギがテーブルの上に薄青い液体の入った透明な小瓶を置くと、それが何なのかを理解してサラサも後ろで控えていたベールも驚きの表情を隠しもせずに現した。
「サラサ様が欲しかったのは、カザリアによって貴方に掛けられた呪いの解呪に関する情報、それが組織のアジトに無かったのかの確認でしょう。これは俺からのプレゼントで貴方に掛けられた呪いを解呪するポーションです」
サラサがヒイラギから視線を外して後ろで控えるカナメに視線を向けると、カナメが無言で頷く。
ヒイラギ以外でカナメの組織「月光」を利用する一番のスポンサーが目の前のサラサ・アイギーストであり、カナメは当然何度も面識があった。
「ヒイラギさんは貴方のスポンサー?それとも主人にでもなったのかしら?」
「どちらに取って貰っても構いません。ただしサラサ様が今考えている事は間違いだと思いますよ?貴方の情報はヒイラギさんが自分で取得したものですから」
先程よりも更に驚きの表情を隠そうともせずにサラサとベールが浮べた。
サラサがカザリアの手により呪いに掛かったのは、立場上極秘中の極秘事項である。
実際にその事実を知っているのは、サラサ本人と執事長のベールのみで、後はカザリアだけだ。
「別に隠す事でも無いので別に良いんですけど、まぁ仲良くしたいので疑問に答えると、簡単な話し結構特殊な眼を持っているんですよね、攻撃には一切使えない分、見る事に特化したね。カザリアを潰すに当たって貴方に協力願おうかと近くまで来た時に結構大きな呪いの反応を視て、その状況も視ました」
「どこまで視えたの?って聞くのは野暮なんでしょうね。手掛かりどころか、解決するポーションを持参して来たのですから」
「状況を確認して、タイミング的にサラサ様に話すのは厳しいなと思ったんで結果単独で潰したんですけどね。で、解呪に関する情報は無かったんですけど、自分で作れそうだったんで作ってプレゼントしただけですよ」
「待って、このポーションは貴方が作ったものなの?」
「ええ、サラサ様の呪いを視たんで作りました」
一瞬の沈黙が場を満たす。
当たり前の話し、ポーション自体は薬師やそれに伴う癒し系のスキルを持つ者であれば作成は可能だ。
ただし、特殊な呪いを解呪するポーションを作れる者は世界中探しても、サラサの知る限りでは10人といない筈だ。
「商会を復活させ商会長になり、ハンターとして裏組織を支部とは言え壊滅させ、更には特殊な呪いを解呪するポーションを自ら作り出す。一体何者なの?」
「サラサ様の言った通りですよ?商会長兼ハンターです。両立してるだけで特別おかしな事はない。ただ少し力があるってだけですよ」
言いながら苦笑するヒイラギに、サラサの疑念はまだ消えていない視線が刺さる。
「国だろうが王だろうが縛られるつもりは一切無いんですけど、この眼で世界のバランスを崩す悪意を潰すお願いをされまして。ちょっと断れない人からなんで当面それが活動目的なんですけど、夢は可愛い奥さんを見つけて静かに幸せに暮らしたい!って感じですかね。それが善行か悪行かの判断はお任せしますし、まぁ信じる信じないは自由ですけど」
世間話をするように屈託ない顔でヒイラギが言うと、少し前に乗り出していたサラサが表情を緩めてソファに背を付けた。
「行動も力も実証済み、誰からの依頼かは分からないけれど、お願いは本当なんでしょうね。経済力だって手に入れたのにまだ手に出来ないなら夢も本当なんでしょう、普通なら信じられないけれど」
「悪意が俺の眼に視えないなら、俺が敵になる事はありませんから安心して下さい」
「そうね、私としては貴方が私に悪意が視えるまではお互い協力関係でどうかしら?」
「願ってもない申し出ですね。これからよろしくお願いします」
そう言って、ヒイラギが出した手をサラサが握り返す。
すると、サラサが少しだけ首を傾げて何かを思い出した様な表情をする。
「1つ、興味本位なんだけど聞いても良いかしら?」
「どうぞ、答えられるものならお答えしますけど」
「もし、今この屋敷の壊滅、または私を殺す必要があった場合には可能かしら?」
「上に3、左右の部屋に各5、扉の外に4、その他に屋敷内に86、そしてベールさんに後ろのカナメくんもそちらの戦力として換算して、サラサ様を殺すのに1秒以内、屋敷を壊滅させるのに3分程度で可能ですよ、当然する気なんて全然無いですけど」
サラサの唐突な質問に即答でヒイラギが答えると、サラサが突然声を出して笑い出した。
その笑いは上品だが、本当に心から笑っているようで、後ろで控えるベールが珍しく苦笑している。
「いくら権力を持っていようと1秒以内に殺されてしまうなら、そんな権力には意味は無いわね。言った様に今後はよろしくお願いするわ。それと私の呪いを解呪してくれた報酬は貴方の口座にギルドを通して振り込んでおくから確認してね」
「協力関係になれただけで充分なんですが、素直に受け取らせて頂きます」
これでルクスにおける最大権力者とのパイプと協力関係を築く事ができ、ヒイラギは目的を達成して屋敷を後にした。
☆☆☆☆☆☆☆
ヒイラギ達が去った部屋で、机の椅子に座り直したサラサがベールに問い掛けた。
「貴方にはどう見えたのかしら?」
「全く底が見えませんでしたね。配置していた者達の数も全て一致していますし、私ですら彼から見れば有象無象と変わらないのでしょうね。それだけの実力は間違い無くあると思います」
「元Sクラスのハンターにして覚醒者の貴方がそう言うなら間違いないのでしょうね。私から見ても意志の強さは見て取れても悪意は一切感じれなかったわ。ここ数年で世界は混沌化し、ミストリア国内でも色々と動き始めているけれど、彼なら救世主になり得るかも知れないわね」
そう言ってサラサはやり掛けの書類に目を落とし、意識を切り替えた。