ミストリア王国編8
そこは大都市ルクスの一角、貧民街と呼ばれるその奥、周りの雑多な建物郡の中では異質な4階建ての建物がある。
大人2人分の高さのある壁がぐるりと周囲を囲み、更ながら要塞のようなそれは、裏組織カザリアのルクス支部である。
ただし、今はその入り口にある分厚い門はひしゃげ、喧騒も聞こえず、中庭には夥しい数のカザリアの戦闘員が倒れている。
その全てが意識を失っているだけで、誰も死んではいない。
それを成した人間が慈悲深く、不殺を貫いた訳ではない。
単にその方が、懸賞金に犯罪奴隷としての上乗せがあるから、と言う理由でしたに過ぎない。
その成した人物、ヒイラギは仮面を付けたカナメと共にその建物の地下にいた。
「で、どうする?」
ヒイラギが目の前にいる男に一言告げる。
建物の中も、この地下も、そこかしこに人が倒れており、倒れていないのは目の前の男のみだ。
頭髪は綺麗に無く、2Mはあるだろう巨体は綺麗にスーツに仕舞われて、その鋭い眼光をヒイラギに向けている。
「どうするって、何をだ?」
そばに置いてあった大剣を手に取り、その男、裏組織ガザリアのルクス支部長であるガルーゼが凄みを効かせる。
「俺にやられるか、それとも痛い思いをする前に降伏するかに決まってるだろ」
馬鹿でも見るような目でヒイラギが呟いた瞬間、その巨体が霞んだ。
巨体からは想像出来ない速度でヒイラギの目の前に移動したガルーゼが大剣を振り下ろす。
が、ヒイラギの首を刎ねようとしたその大剣は、ヒイラギに当たった瞬間に跳ね返り、想定外に驚いたガルーゼは慌てて後ろに飛んでヒイラギと距離を取った。
ヒイラギが魔力操作で薄い魔力の膜を身体に纏わせてるのだが、生半可な攻撃ではその薄い膜を突き破る事はできずに、ガルーゼのようになってしまう。
ハンターで例えれば上位に当たるランクAに該当するガルーゼが魔力を纏わせた大剣で渾身の一撃を浴びせ、肌にも触れさせて貰えずにその攻撃を跳ね返されれば、その精神的ショックは計り知れないだろう。
「お前か、この2日でウチのアジトを全部潰した化け物は」
13、これはヒイラギがこの2日で潰したここ以外のルクスにあるガザリアのアジトの数だ。
「化け物って言われるのは心外だけど、潰したのは事実だな」
「ウチにこんな事をしてタダで済むと思ってるのか?何を考えてやがる?」
「おいおい、そっちが先に手を出してきたんだろ、ウチに。アラベス商会は記憶にあるよな?」
「俺はあの商会にこんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!」
「聞いてる聞いてないは問題じゃないんだよ。結果論お前達は俺の物に手を出した、だから仕返しされた、分かるだろ?物事なんてそもそも単純なんだから」
焦る表情で叫ぶガルーゼに、ヒイラギが冷めた言葉を投げかける。
「俺に関わる理不尽は全て喰らうと決めてるんだ。まずは最初の生贄として役目を果たせ」
『魔力の手』
突き出したヒイラギの手の先から魔力が放出されると、そのまま突き出した手と同じ形を作りガルーゼへと伸びる。
「潰れろ」
ヒイラギのその開いた掌が握り拳を作ると、ガルーゼへと伸びた魔力の手もガルーゼを包みながら同じ形になる。
ボキ、ボキッボキ、と骨が砕かれる音が部屋に響き渡り、血を吐きながらガルーゼが倒れ伏した。
「圧倒的ですね、ヒイラギさん」
「いやいや、こいつらが想定外に弱いだけだろ?」
仮面の奥で顔を引き攣らせながらカナメが言うと、ヒイラギが溜め息を吐きながらそんな言葉を返した。
事実ヒイラギは自身の魔力を一切解放してはいないし、実力もほとんど出していない。
だが、ガルーゼを含めカザリアの者達が弱かった訳では無い。数は力であり、そもそもハンターランクC以上に相当する者達も相当数いたのだ。
結果論で言えば、ヒイラギの強さが異常なだけ。それだけだ。
だからこそ、経った3日で大都市ルクスに巣食う最大の裏組織を潰すなんて誰もが想像し得ない事が可能になっただけの話だ。
「ヒイラギさん、回収はウチの者と根回ししといた警備兵達がやるので、私達はお暇しましょう」
「そうだな、早く帰って美味い飯でも食ってゆっくり寝たい」
そう言って2人はカザリアの者達がそこかしこに倒れ伏す部屋を後にした。
☆☆☆☆☆☆☆
ガザリアのルクス支部を潰した5日後、ヒイラギはハンターギルドルクス支部のギルドマスター室で、ソファに座りながらギルドマスターであるオーズ・べズリスタと対面していた。
ヒイラギの後ろには、護衛のようにカナメが仮面を被って立っている。この仮面は認識阻害効果があり、諜報組織として必須のアイテムらしい。
ベズリスタは、年齢はまだ40代と若いが引き締まった身体にスーツを纏い、オールバックにした髪と鋭い眼光、覇気を纏った雰囲気で神眼を使わずとも覚醒した猛者だと分かる。
「忙しい所を呼び出してすまないね。こちらも色々準備など大変で5日もお待たせして申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですよ。逆にもう少し時間が掛かるかと思ってたくらいですから」
「そう言って貰えると助かるよ。さて何点か話しはあるのだが、まずは報酬の話しからさせて貰おう。今回達成した裏組織ガザリアのルクス支部壊滅で特別報酬が10億ジニー、賞金首の討伐報酬が27人で3億5千万ジニー、犯罪奴隷として2687人の買取り報酬として32億ジニー、ガザリアのルクス支部の資産売却と実質ガザリアが運営していたコルネロ商会の解体に伴う資産売却の3割が報酬で37億ジニー、全て合わせて82億5千万ジニーをハンターギルドとルクスから支払わせて貰う」
その巨額に、後ろで立っていたカナメから溜息が漏れる。
「なら、その内の20億ジニーは後ろのカナメの組織に支払って、残りをこっちに振り込んで欲しい」
「ヒイラギさん!?」
手を挙げてカナメの言葉をヒイラギが遮る。
「今回手伝って貰った対価と、組織の強化、人員の拡充、ウチの商会に対する警護の強化に充ててくれ。それにギルドもカナメの月光を使ってるんだろうから、振込先は把握してるだろ?」
「これだけの大金の話しを平然とこなすだけでも驚きだが、それ以外でも色々脅かさられる」
「そもそもカザリアの失脚で都市の警備兵達の負担減による経費削減、犯罪奴隷による労働力の確保に転売で発生する利益、違法な脱税と今回の資産没収による税収や売却益は、ルクスとギルドの割合は知らないが少なく見積もっても200億ジニーはくだらないはずだろ?ならその半分に満たない額を貰った所で別段臆する必要も気を使う必要もないだろ」
さすがにこの回答にはベズリスタも驚きの表情を隠せなかった。
「ハンターとしての戦闘力だけでは無く、商会を率いる頭のキレもある。なぜ今までランクC程度で燻っていたのかは分からないが、ギルドとしてはありがたい事に変わりはない。今回の報酬にも含まれるが、君のランクは特例でAになったから今後もよろしく頼む」
「元々余りランクにこだわっていないんですよ。ただ貰えるものは貰う主義なんで、ランクは頂いておきます」
「ランクが上がれば色々と特典や優遇措置があるから貰っておいてくれ。それと最後になるが、明日申し訳ないがルクスを治めるサラサ・アイギースト公爵からお呼びが掛かったから公爵邸へ行って欲しい」
「分かりました、明日伺いますよ」
驚く事もなくヒイラギは答えると、立ち上がりベズリスタに挨拶をして部屋を後にする。
誰にも縛られるつもりはないとは言っても、この国の中枢を担う三大公爵の1人、サラサ・アイギーストから呼び出しなら、さすがに驚きくらいするが、今回は予想していた為に驚く事がなかっただけである。
ハンターギルドから出たヒイラギとカナメは、準備されていた魔導馬車で乗り込んでそのまま雑踏に消えていった。