頑張りの成果は彼女でした。
さて、僕の彼女は、僕を残しそそくさと大好きな仕事に行ってしまった。いってきますのキスだけを残して……。
忠犬ワンコならぬ、彼氏に昇格できたと信じている僕は、朱里が言った通り彼女のベッドに潜り込む……いや、その前にシャワーを借りよう……さすがに女性のベッドだし……昨日のままだ。
自分の体をふんふん嗅いでみるが、自分の匂いだと……やはりわかりにくい。昨日は何かと変な汗もかいたので、きっと臭いはずだ。
着替えがないことも気付き、シャワーを借りる間に洗濯機も借りることにした。Yシャツをパンツを脱いで、洗濯機の中へほりこんでいく。洗濯機のスタートボタンを押し、クルクル回り始めたのを確認しておいた。
洗濯機を回している間に、シャワーだ。当たり前だが、朱里の家なので、シャンプーもボディソープも彼女が使っているもの。どれもこれも使うのが、とても気恥ずかしい。
なんていっても、憧れの女性と同じ匂いが……やめよう、変態くさい。
これ以上は、言わないと心に決める。
でも……やっぱり……シャンプーの匂いがすると、朱里が思い浮かぶので……それは仕方がない。彼女を妄想してしまっては、ため息をついた。
何度も言ってやる。ここは、朱里の部屋だ。朱里の匂いがしないところなんて、どこにもない。
朱里にベッドを使って寝てもいいと言われたが……彼女を意識してしまうと、ベッドで眠ることが難しくなってしまった。
シャワーから出てきてから、乾燥機に着替えをほりこみ、前で待ちながら寝る場所を考えた。着替えが乾いたところで、僕は着替えてソファに横たわる。昨夜、朱里と寄り添って眠ったところで、眠ることにした。
最近、朱里に付き合って? いや、実際には帰れって言われてたんだけど、一緒に残業していたせいか、思っていたより疲れていたようで、すぐ眠りについてしまう。ふわふわといい匂いに包まれながら、ぐっすり眠ってしまった。
◇
目を開けると、窓からぼんやりと夕日が見える。
「ヤバイ! 寝すぎた!」
「本当よね? ずっと寝てたんだね。ベッド使っていいって言ったのに、ソファで寝ちゃうなんて……」
「朱里さん?」
「朱里さんですよぉ!」
部屋着に着替え、キッチンで何事かをしている彼女が僕に笑いかけてくれる。寝たときには着ていなかったはずのブランケットがかけられていた。
「ご飯、もうすぐできるけど、食べる?」
「えっと、そこまでお世話には……」
えっ? 食べないの? という顔を向けられてしまう。せっかく用意してくれているようで、申し訳なさが胸に広がる。
「あ……いただきます」
そういえば、朝から何も食べていなかった。冷蔵庫に作り置きがあると言われていたけど、眠ってしまっていたから。意識すると、とてもおいしそうな匂いがして、お腹がすいてぐぅとなる。
「すごいお腹の音ね?」
「えっ? 聞こえました?」
「うん、聞こえた! よっぽど、お腹すいているのかな? お口にあえばいいですけどねぇー」
コトっとソファの前のテーブルに置かれたのは、煮込みハンバーグだった。今までグツグツと煮込まれていたのがわかるくらい湯気が出ていておいしそうだ。
「食べてもいい?」
「いいよ! ワンコのために作ったんだから!」
「いただきます!」と、箸を持ったときに気付いた。
……箸?
さらに、コトっとお茶碗が置かれ、湯飲みも出てきた。
「何見てるの?」
自分用の煮込みハンバーグやご飯を持ってきた彼女は、不思議そうにしているが、この箸は男物である。茶碗も湯飲みもだ。僕の思っていることに気づいたのか、彼女は優しく微笑んで僕の疑問へ答えをくれた。
「あぁ、それね? 気に入ってくれると嬉しいんだけど……」
照れた様子でこちらを見ている。
「僕のです?」
「僕のです。帰りに買ってきたの。さすがに……お揃いは……ね?」
別々のお茶碗に湯飲みに箸ではあったが、昨日の今日で揃えてくれた。また、ここに来てもいいということなんだろう。
「必要なかったかしら?」
心配げにこちらを見てくるので、僕はニコッと笑う。
苦節? 半年、忠犬ワンコは、この度、本当に朱里さんの彼氏になれたようです!
嬉しい、あの初日からやらかしてしまったのをずっと心のしこりとして鎮座していたけど、こうして、朱里さんの家でご飯を一緒に食べてもいいようにと、僕の食器を揃えてくれたことが……泣きそう……いや、涙が出てきた。
「朱里さん……う……」
「あぁ、はいはい、ちょっと待ってね?」
そういって反対側にいた朱里がこちらに来てくれ、隣に座って、僕の頭をグッと自分に引き寄せてくれる。 ちょうど胸に顔を埋めるような格好になり、優しく頭を撫でてくれる。まさにワンコである。
「ちょっと、タオルを取りに行くのが面倒だから、服で拭いておくわ!」
「嬉しいですけど、なんていうか、いろいろありがとうございます」
「バカ!」
「はい、バカです」
「もぅ、涙は引っ込んだかしら?」
「あとちょっと……」
「変態!」
そういって、彼女は離れていく。もうちょっと……と思う反面、お腹は極限だったようで、また、お腹がなる。このお腹、もう少し僕に気を使ってほしいところだ。僕のお腹だけど……。
「早く食べちゃいなさい。せっかく作ったんだから……冷めちゃう!」
「いただきます!」
久しぶりに誰かが作ってくれた料理を食べると、体の芯から温まるような気がした。
「おしいですね? これ、作ったんですか? ハンバーグなんて時間かかるでしょ?」
「裕って料理しないでしょ?」
「何でです?」
「ハンバーグって意外と簡単にできるのよ!」
めっちゃ手の込んだ料理だと思っていたので、正直驚いた。でも、彼女が作ってくれた初めての料理は、とても温かくおいしい。今までの彼女……と思わず考えたが、誰も手料理なんて作ってくれたこともなかった。
これが世にいう胃袋を掴まれたってやつか?
いや、一品ぐらいで……と思ったけど、一品食べてわかるのは、やはりおいしいということ。他の料理も絶対おいしいんだろうと確信してしまった。
「朱里さん、うまいっすね?」
「朱里ね?」
「あ……朱里さ……朱里、ハンバーグうまいね!」
「口にあったようでよかった!」
そこからは……やはり今日の仕事の話になった。
いや、いいんだけどさ……ちょっと、こう……さぁ? せっかく、ワンコから彼氏に昇格したんだし、もっと朱里の仕事以外の話を聞きたい。
今のじゃ、いつもの職場でのやり取りと変わらない。なので、話しを少し変えてみることにした。例えば……朱里とデートとかしてみたい。
「朱里、明日なんだけど、どっか出かけないです?」
勇気を振り絞ってみる。
ワンコですからね……朱里に忠実な、そこはお伺いを立てないといけなくてですね……勝手にはできないのですよ。
しかも、敬語。おかしな言葉になっているけど、敬っております。
「うん、そうだね。服も昨日のままでしょ?」
「一応、洗濯はさせてもらったよ」
「そうなの?」
「あの、ダメだった?」
「ううん、いいよ! 使ってくれて大丈夫」
「で、どこに行く?」
うーんと考えている。いつも見慣れているけど、化粧を落としてリラックスしている彼女は、また別だった。自分の前だけだと思うとさらに特別感が増す。昨日も仕事帰りだったので、部屋着ではあったけど、化粧はしたままだったのだ。
今の姿が、彼女の素の姿なのだろう。
「買い物だね。アウトレットよりかは、大型商業施設の方がいいかな?」
「何買うの?」
「裕のあれこれ。ここに来るなら、必要じゃない?」
「……必要です」
僕のあれこれも置いてもらえることになり、有頂天になりそうだ。昨日の出来事は、夢ではなかったが、急展開について行けない自分もいた。
「朱里」
「ん?」
「僕のこと好き?」
最近の高校生でも言わないだろう、そんなことと思っていたら、ニコっと笑う彼女。
何を考えているのか……恐ろしい。
僕の横に来てストンと座る。耳元で囁かれる言葉は……録音しておきたいくらい嬉しい言葉だ。
「好きよ」
多少言わせた感はあるけど……、ずっと、待ち望んだ言葉だったので、朱里をギュっと抱きしめる。
「僕でいいの?」
「いいから、イロイロ揃えるんでしょ? むしろ、裕より私おばさんなんだけど、いいの?」
「そんなこと聞かないでくれる? 初めて会ったときからあなたの虜です」
ふふっと笑う。その姿が年より幼く見え可愛らしい。ギュっと抱きついてきた彼女を抱きしめ返すと、同じシャンプーの匂いがしてドキドキした。
「同じシャンプーの匂いがするね?」
朱里も同じように思ったらしく、照れたような顔をしている。自然に重なる唇に嬉しく思い、今までの自分の頑張りを称えてあげたい。
いや、これからも……がんばらないといけないのだけれど、腕の中に囚われている彼女を愛すことだけを考えた。
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