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愛した彼女は  作者: 悠月 星花
彼女と僕
20/33

彼女の変化

 早速パスポートを取得するため、母に電話をして戸籍を取ってもらい郵送を頼んだ。朱里の方も手続きするとやる気になって父に電話をしたようだ。

 僕の方は今日届いたので、家に帰ってきた朱里に戸籍が来たことを話した。


「朱里、僕の方の戸籍きたよ!」

「あっ! 本当? 早いね?」

「うん、専業主婦だからね。すぐ行ってくれたみたい」

「見てもいい?」

「いいけど、そんないいもんでもないだろ? 両親と妹が書いてあるだけだよ?」

「まぁ、まぁ、いいじゃん! 見せて!」


 彼女に言われるがままに、戸籍を渡すと、「へぇー」っと呟きながら朱里はじっくり見ていた。そんな朱里を見ていたら、彼女が急に戸惑った様子を見せた。その後、纏う少し空気感が変わった気がするが、いつものふんわりとした雰囲気に変わる。気のせいかと思ったが、普段そんなことがないので、違和感を感じた。


「裕?」

「ん? 何?」

「裕のお母さんって、婿養子なの?」

「えっ? あぁ、そうそう。世羅って、女系なんだって。だから、長女が後を継ぐらしくって、僕の代も妹が跡取りなんだ。何? そんなに珍しい感じ?」

「うぅん……そうじゃなけど……お母さんって、3月生まれなのかな? って。名前的に」

「そうそう、3月3日のひなまつりの日だって」


 戸籍を見れば、母の誕生日もわかる。確認をするような質問のあと、朱里はニコリと笑った。


「可愛いね!」

「なんとも、ノーコメントで!」

「そんなこと言わない。これ、私が預かっておくね!」

「あぁ、お願いできる?」

「うん、私のが来るまで、しまっておくよ!」


 そういって寝室へ入っていく朱里の背中は、いつもと違う感じがした。先ほどから違和感があるにも関わらず、何が違うのかは、はっきりと説明がつかなくてわからない。けど……何か違うのだ。その背中を見送って、ドアが閉じるのを見ていた。なんとも言えない不安が胸に広がる。

 ただ、これと言って思い当たることがなさ過ぎて、漠然としていた。


 朱里はしばらく寝室から出てこなかった。気になって、呼びに行くことにする。


「朱里?」


 部屋に入ると、ベッドの縁に呆然として座っていた。僕が呼びかけるとこちらを向いたが、表情がなくなってしまったのではないかと思えるくらい、無表情で怖かった。焦点が合っていなかったのか、僕と目が合ったときに慌てて作り笑いをする朱里。


「ごめん、急にだるくなって……」

「大丈夫? 最近、少し多くない? さすがに変だと思うよ。病院へ行ってきたら?」

「健康診断は、何ともなかったよ?」

「それでも、ちょっと行ってきたほうがいいよ!」

「わかった……時間作っていってくるね。今はもう少し休んでいいかな?」

「構わないよ! ゆっくりしておいて」


 朱里の横顔に生気がないような気がしたが、これ以上僕が入り込めるところがなかった。ベッドにそっと横になる朱里に布団をかけてやり、僕は、そっとドアを閉じる。


 ◇


 その翌日から、朱里の体調の悪い日がさらに多くなった。彼女は隠しているが、体がとても辛そうで吐く息が熱っぽい。仕事をしていても、顕著になってきた体調不良が心配になり、パントリーへ呼び出し、朱里に病院へ行くよう説得する。


「朱里、今日も体調、悪いんだよね? 病院に行くって言って、まだ行ってないよね?」

「うん、まだ……」

「今日は行っておいで! 変な病気だったり大きな病気だったら大変だから!」


 説得のかいあってか、今から休みを取って病院に向かってくれるらしい。付き添っていきたいが、僕まで帰るのは変だからと言われ、終わったら連絡をくれると約束をした。何ともないことを祈るしかない。

 朱里の覇気のない後姿を見送り、また、なんとも言えない不安にかられた。


 ◇


 家に帰るとまだ、彼女は帰っていなかった。もう夜も9時を過ぎていたので、どうしたのだろうとスマートフォンを取り出すとメッセージが届いている。


『今日、友人の家に泊まることにしたから、ごめんね。 病院には行ってきて、どこも悪くないって言われたから心配しないで! また、明日会社で!』


 そのメッセージを見て僕は安心し、明日、朱里と顔を合わせることを考えて眠ることにした。この1年で朱里と顔を合わせない日なくは、朱里のマンションで一人、朱里の帰りを待つ寂しさを久しぶりに感じる。


「朱里がいないと、こんなに静かなんだな……いや、朱里が別にそんなにおしゃべりってこともないけど……やっぱり、いないと寂しい」


 静まり返った寝室、僕の息遣いだけしか聞こえないこの一室は妙な恐怖を覚える。急に寒くなった錯覚をして、昔、一人で留守番をしていたときを思い出した。「僕は、母親を待つ子供か!」そう自身に突っ込まずにはいられない。言い知れない不安、朱里がいる毎日に僕は慣れすぎていたようだ。


 いつもなら、隣で「何を言っているの?」と笑ってくれているはずの人がいない。たったそれだけで心細くなった。


 なんとも言えない寂しさを感じながら広いベッドで眠る……いや、眠れなかった。


 友人って誰なんだろう? 杏さんなら、杏さんだって書いてくるだろう……?


 気になって寝返りを何度も何度もうつうちに日はのぼり、寝不足のまま会社へと向かう。大きなあくびをしながら、誰もいない部屋に「いってきます」だけを残して、マンションを後にする。


 ◇


 会社の前に、珍しく高級外車が停まっていた。

 あんな車に乗れるヤツが羨ましいと思う反面、朱里との生活が何よりだった僕は必要性を感じず、すぐに視線を外す。

 すると、レディファーストとでもいうのだろうか……これまたイケメンが車から降りてきて、助手席を笑顔で開く。そっと手を差し出し、中から見慣れた女性がエスコートされ出てきた。


 思わず、その車へと走った、走った、走った!


 はぁはぁはぁ……と、寝不足と運動不足の僕は少しの距離を走っただけで息を切らすことになり……イケメンは怪訝そうにこちらを見下ろす。

 遠くで見てたけど、近くで見ると顔面偏差値だけでなく背も高くスマート。


 なんだ……この敗北感しか味わえない妙な感覚。


 胃に重たい石が溜まっていくような感じがする。だけど、ここで、俯いてばかりはいられない。息を整え、彼女の名を呼ぶ。


「朱里!」

「裕?」

「朱里の知り合い?」


 車から降りた朱里は、息を切らした僕に駆け寄ってくる。いつもの朱里のシャンプーの匂いでもなければ、知らない服を着ている朱里。


「大丈夫?」

「だ……だいじょぶ……あの、ところで……どちら……さま?」

「朱里の新しい彼氏か? これなら、俺のところに戻ってきてくれてもいいと思うんだけどな?」

「バカなこといわないで! 聡も仕事でしょ! さっさと行きなさいよ!」


『朱里』、『聡』と呼び合う二人の気安い感じは、友達のそれではないことがわかる。


 あぁ、元カレ……? え……僕、二股……されてる?


 朱里に限ってそれはないだろう……説明をと声をかけようとした。


「朱里さん、おはよ! あら、元カレくんじゃない! 久しぶりね? やっぱり朱里さん以外の子は考えられないってこと?」


 タイミグよくなのか悪くなのか、朱里の友人でもある杏が来たのだ。杏はこの『聡』という元カレのことを知っているようで、「朱里も言ってくれたらよかったのに!」なんて、嬉しそうに話し始めた。


「ずっとそういっているんだけど、朱里がなかなかいい返事をくれないんだよね。朱里、ずっと待っているから!」

「待ってなくて結構よ! それより、お願いね! 急いでいるの……」

「あぁ、わかった! じゃあ、またな!」

「はいはい、またね!」


「あらあら」と杏はニヤニヤしながら朱里の腕を絡め、へたっている僕を見下す。見上げた僕に杏は、不思議そうにしていた。この場に存在することがありえないとでも言いたげな視線に俯きそうになる。


「あら、世羅君は、こんなところで何しているの?」

「いえ、その……」


 僕への興味は一瞬でなくなったようで、杏は朱里を逃がさないとばかりにがっちりと腕を組んでしまう。僕に手を伸ばそうと屈んでくれようとした朱里が引っ張られる。


「ゆ……」

「それより、朱里さん! 昨日、何があったか聞かせて!!」


 僕を一瞥した後、きゃっきゃっと嬉しそうにしながら杏に引きずられ、彼女は行ってしまう。何か言いかけたが、僕はそれどころじゃなかった。


 なんなんだよ! くそ! 病院行ってくるって、友人の家に泊まるって……元カレの家か!

 やってられない! くっそっ! なんだよ……スペック高すぎじゃないか! 朱里……元に戻るつもりなのだろうか?


 僕は朱里に怒っていいのか、自分の情けなさに怒っていいのか、はたまた元カレに怒りをぶつけたらいいのか、わからなくなった。ただ、もやもやとした気持ちが燻るだけで、自分の自信のなさが露呈してしまう。僕は、会社の前から電話をして有休を使い、朱里から逃げた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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