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愛した彼女は  作者: 悠月 星花
彼女と僕

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18/33

無理を承知で

 僕たちは、翌朝、早速結婚式場に出向く。思いたっただけで、何も考えず、僕が朱里を無理やり連れ出してきたわけだが、隣を歩く朱里も、少しウキウキとしているのか心なしか口元が上がっている。

 ちょうど休みということで、結婚式があったようだ。茂みの隙間から二人して覗く。


「花嫁さん綺麗だね……」


 感慨深そうに言っているが、あの花嫁より絶対朱里の方が綺麗だと思うけど、それを言うときっと朱里は怒るだろう。「晴れの日にそんなこと言わない!」って……それを想像するだけどで、何とも楽しい休日である。


「あの……こちらに何か?」


 急に黒服の人に声をかけられ、二人して飛び上がるように驚いた。うまい言い訳も思いつかず、まごまごしていると、先に朱里が口を開く。


「結婚式場の見学を申し込む前に雰囲気だけでもと思って……覗いていました」

「そうでしたか、あちらの新婚さんとご関係がないのでしたら……覗くのは御遠慮いただければと。あと、見学のご予約はないのですよね?」

「はい、すみません……」


 僕たちは、肩を落としてしまうと、式場の人は、クスっと笑って「こちらに」と案内してくれるようで、ホッとした。


「今日は結婚式が何件かあるのですが、たまたま撮影もあるので、結婚式場の雰囲気を見られたいのであれば、よかったら撮影の方を見ていってください!」


 教会の中に案内され、ゲスト用のベンチの最後列に僕たち横に並んで座る。朱里の目は、教会をあちこちと見て、「わぁっ」とか、「すごいね!」といつもより子どもぽく目が輝いていた。


「ねぇ、裕、ステンドグラスが素敵だね!」

「光が入ってきてるんだな……朱里がドレスで歩くとこ想像すると泣けてきそう」

「大げさね! 父親じゃなくて、そのときは、裕が新郎なんだから、泣いてちゃ困るわ!」


 朱里はクスクス笑ながら、想像しているのだろう。結婚式の最中に僕が泣き始めたら、朱里ならどうしてくれるだろう。持っているハンカチで、「もう!」と言い、呆れながら涙をふいてくれるだろうか?

 想像が妄想に変わった頃、撮影隊の様子がおかしいことになっていた。先程から、やたらバタバタとしているのだ。


「どうしたんだろうね?」

「なんか、あったのかな?」


 大慌てで騒いでいるのだが、こちらまでは何があったのか聞こえてこない。でも、何か大変なことになっているのは見ていてわかった。と、カメラを持ったお兄さんが僕らを見つけ駆けてくる。


「あなたたちは、見学者?」

「えっ……はい、そうですけど……?」

「メイク! ちょっとこっち来て!」


 僕たちをじっと、いや、朱里をじっと見て頷いている。何か、あるのだろうか? 朱里は、そこら辺のモデルよりよっぽど美人だ。まさか、このカメラマン、朱里に何か邪な……と睨みつけるが、そんな僕は、完全に無視で、カメラマンは朱里だけを舐めるように見つめていた。


「今日、撮影だったんだけど……モデルが遠くからくるとかなんとかいってて、間に合わなかったんだ。たのんます! 助けると思って、どうか、代わりに撮影に入ってください!」

「えぇ? 無理です、無理です。私たちにそんな……」


 おぉ? そうなの? 朱里をモデルにしてくれるの?


 さっきまで、舐めるように朱里を見ていたことは、とりあえず、隅に置いといてやる。僕は、口角を上げた。


 これは、結婚式や前撮りの前に、朱里のウエディングドレス姿を見れる絶好の機会なのではないだろうか?


「朱里を……朱里のウエディングドレス姿が見れますか? きちんとセットされた形で!」

「えぇ、撮影ですからもちろんです! それに、彼女だけでなく、どうせなら本物の恋人同士で撮影しましょう! 費用は全てこちら持ちなので、存分に楽しんでもらえたらいいです! すみません、こちらに用意された時間があまりないもので、無理を承知で……」

「朱里」


 名前を呼べば、あからさまに嫌な顔をしている。でも、結婚式本番も写真をたくさん撮られることには変わりないんだから、予行練習と思ってほしい。


「ん?」

「カメラマンさんも困ってることだし、やろう! モデル」

「えっ! 裕?」

「僕、朱里のドレス姿、早く見たいし! プロのカメラマンさんに取ってもらえるなら、満足な写真撮ってもらえるし、いうことないじゃん!」

「急すぎるよ!」

「彼女さん、すまねぇ……どうか、助けてください。もちろん、二人の結婚式のときには、必ず責任もってタダで撮影させていただきますので!」

「お客様、うちからもお願いします! お値引きも今日予定の新作ドレスも優先的にお貸しさせていただきますので!」


 ほらほら、カメラマンもプランナーも言ってるじゃない!

 僕も見たいし、朱里が頷けばいいだけだ。


 ドレス代もカメラマンの代金もかからないなら……安く結婚式が出来る!


 その分を新婚旅行で朱里とゆっくりできるお金に変えられる方が、どれだけ有意義かと思うと説得することにする。


 ため息をつき、諦めた……という顔になって、「わかりました」の一言が朱里から漏れた。カメラマンの喜びは僕にも伝わってきた。

 早速、ドレスに着替えに行くことになったのだが、何故か僕まで着替えるように言われる。モデルは男女で本当に結婚式をしているように撮影するハズだったらしい。男性モデルはいるのだが、朱里のことを考えても僕が相手役のほうがイイらしい。

 朱里の笑顔を引き出せるのは、僕だけだと言われているようで、嬉しかった。


 ◇


「裕!」


 呼ばれて振り向く僕。今、打ち合わせをしていたところだったのだけど、朱里のドレス姿を見れば、正直どうでもよくなる。完ぺきな花嫁衣裳の朱里がいそいそとこちらに歩いて来るが、着なれないドレスに悪戦苦闘しているようだ。


 こういうときこそ、僕の出番だよね?


 駆けていき、朱里の手を取る。すると、満面の笑みを向けてくれ、もうこのまま家に帰ろうか! と言ってしまいそうになった。


「まずは、ここからスタートするんだって」


 僕の拙いエスコートでも、笑ってついてきてくれ、バージンロードの真ん中に来た。そのまま、前を向くと、本当に結婚式をしているような気分になり、緊張してしまう。隣を見ると似たように緊張しているのか、朱里は真っすぐ前しか見ていない。


「二人さん、腕を組んで祭壇に向かってゆっくりゆっくり歩いて行ってくれる?」

「わかりました!」


 職場とも違う、家でいるときとも違う朱里にドキドキと高鳴りを覚えながら、指示された通り、ゆっくり歩き始める。あまりにも綺麗な朱里が、見られている恥ずかしさでほんのり頬を染めている。


「綺麗だね。とっても綺麗だ!」


 ふだん、朱里に「綺麗だ綺麗だ」とついつい言ってしまう。でも、今日は本当に綺麗だと思う。綺麗以外の言葉が思いつかない程、朱里のウエディングドレス姿は綺麗だった。

 カメラマンめ、この美しさそのままを撮れよ! と心の中で呟く。


「かっこいいよ! いつも以上に!」


 油断していた……。朱里のことばかり考えていたから、まさかのカウンターに僕はたじろぐ。それを感じ取ったのか、腕を組んだまま、僕の方を見て微笑む。


 カシャ……。


 今の一枚、絶対いい笑顔だったぞ! ブレてないだろうな?


 そんなことを思いながら、祭壇の前まで歩いて行った。


「今度は結婚指輪の交換を撮りたい! すまないが、指輪ってしてるのか。それ、いいかい?」

「えぇ、構いませんけど……」

「リングピロー用意して! 本当の結婚式みたいにするんだ!」


 渡されたリングピローへと指輪を置く。そこから外し、また、朱里の左薬指に指輪を嵌める。まだ、昨日、嵌めたばかりの指輪だったのに、まさかここまで揃っての指輪交換を体験できるなんて思ってもみなかった。

 神様、予行練習させてくれてありがとう! 当日、まだ、決まってないけど、頑張るよ! お互いの左薬指に光る真新しい指輪。


「幸せそうですね! 本当の結婚式みたいだ!」

「新婦さん、こっちに笑顔ください! 新郎さんは彼女を支える感じで! いいね、いいねぇ!」


 僕たちの撮影は、言われるがまま続いていった。


「はぁーい! 次、衣装かえて中庭ですよ!」


 朱里はメイクさんに連れられ着替えに行く。僕は、ジャケットだけ変えればいいらしいので特にすることもなく、ぶらぶらと歩き回る。


「次の衣装はどんなだろう?」


 朱里の着替えが終わった頃に控室をノックする。


「朱里? いいかな?」


 メイクさんが出てきてくれた。


「彼女、さっきの可愛らしい雰囲気と違って、とっても綺麗ですよ! しばらく打ち合わせに行くんで、声かけてあげてください!」


 僕の肩をポンと叩いて出ていくメイクさん。確かにメイクさんが言った通りだ。マーメードドレスの言葉通り、人魚のような美しさである。


「さっきのは、かわいい感じだったけど……キレイ系でいつもの朱里さんって感じ!」

「そう? マーメードドレスは、やっぱり人を選ぶと思うのよね……お腹周り大丈夫そう?」

「朱里のお腹なんて出てないから大丈夫。それより……いい匂いがする」


 ほんのり薔薇の香りか甘い匂いが朱里からする。さっきと違ってベールを被っていないことと、ドレスがスッとしているから僕は朱里に後ろから抱きついた。


「裕?」

「さっきのは、抱きつくにはふわふわしてたからさ?」


 後ろから見ると、朱里の体のラインがわかる。そこに甘い薔薇の香りがすれば、花に誘われた蜂や蝶のようだ。首筋にキスをすると、くすぐったそうにしていた。


「口紅剥がれるとまずいよね……? この短時間に何やってんだって話だし」

「そうね……」

「はぁ……何このエロいの!」

「えっ?」

「いや、なんていうか……朱里のラインがわかって、エロすぎる……本番は、このドレス、禁止だね!」

「何言ってるの?」


 朱里の視線が痛い。でも、これは……結婚式に絶対着てほしくないドレスだ。今日だけ、僕だけが見るのを許されるべきだと考えながら、訝しんでいる朱里に説明する。


「何って……ねぇ、横向いて」

「横?」

「ん、で、鏡見て」


 朱里を映す鏡越しに、耳元で囁きながらゆっくり撫でていく。


「胸でしょ? 腰でしょ? お尻に……太もも……」


 だんだん、僕の言わんとしたことがわかってきたのか、朱里の顔が赤くなっていく。


「もぅ! スケベ!」

「いえ、それほどでもって思ったけど……撮影だと皆に見せるのか。それは……やだな。なしってなんないかな? せめて後ろ……ダメダメ」


 朱里にポコポコと殴られながら、いろいろと考えていると、控室がノックされる。


「あっ! メイクさん!」

「あの、申し訳ないんですけど……さっきのドレスにもう一度着替えてもらえますか? カメラマンが気に入ったらしくって……申し訳ないです!」


 僕は朱里と顔を見合わせ、笑いあった。意識がそっちにいってしまったらしく、朱里は恥ずかしそうにしているのだ。


「えぇ、いいですよ!」


 メイクさんが朱里のドレスを脱がせようとする。


「あっ! 待って! 写真写真!」


 思わず、僕はスマホのカメラを起動して、何枚も何枚も朱里を撮る。撮影されないなら、なおのこと……『僕だけの人魚』だ。恥ずかしさに耐えられなくなったのか、朱里がとうとう怒りだす。


「早く出てって!」


 僕は、控室から追い出されたのであった。


 ◇


 終始和やかに撮影も無事終わった。約束通り、データをもらい、結婚式のときの約束もきちんと取り付けてきた。せっかく、写真のデータがあるのだからと僕たちは写真にすることにし、写真屋へと向かう。

 プロの取った写真はやはり綺麗に撮れていて、見事だった。この写真ほしいなっと思ったシーンを見事に切り取ってあり、感心したもんだ。


「うーん、どれがいい?」

「これとこれと、これもこれとあぁーこれもいい! これ、引き伸ばしね! 帰りに写真立ても買わないとね!」


 どれもこれも心惹かれる写真ばかりで、たくさん選んでしまう。隣では呆れかえっている朱里。写真立てに入れることは、賛成のようで真剣に選んでいるようだ。


「写真立てにいれるなら……この写真かな?」

「あぁー雰囲気あるね! でも、明るい方が朱里の美しさを見れるから、こっちを引き伸ばそう! こっちは、写真にして……」

「裕、写真にしすぎ……」

「そうかな? いいじゃん! どれもこれも綺麗なんだし!」


 出来立ての写真と朱里のセンスで買った写真立て。その写真立てに入る僕たちを楽しみに家に帰る。


「いいね! 朱里のウエディングドレス!」

「もぅ、何回も言わなくていい!」

「でもね、こっちもあるんだ!」

「ダメ! それは、もう消して!」

「やだよ!」


 僕たちはじゃれ合いながら、消す消さないと揉める。「消せ」と言われても、消すつもりはない。


 消したら……なくなるじゃん。


 この写真は、もう二度と撮れない。朱里が着ないと言ったから。僕にとっては、宝物になりそうな写真であった。消せと何度か言われたが、僕をわかってか諦めたようだ。


「今日は疲れたね……」

「まぁ、色んな人に見られて写真撮られてだったからね。いい記念にはなったけど!」


 家に帰ってきて、まず、写真立てに出来立ての写真を入れて飾った。リビングのソファから見えるところに、置いたので二人で並んでそれを見ている。


「早く結婚式したいね?」

「そうだね……その前に朱里は大きな案件片付けないとだろ?」

「そう、それさえ終われば、もっと仕事もゆっくりできるから、もっと一緒にいられる。嬉しい?」

「嬉しい。そしたら、僕が今度忙しくなったりして……忙しくなっても、朱里との時間は最優先で作るからね!」

「嬉しいけど……ちゃんと、働いてくれないと、私の評価に響く……」

「そうでした。僕、朱里さんの部下でした」

「忘れないでね?」


 久しぶりに朱里と過ごす休日はとても有意義な休日となった。


 こんなに満たされた休みはいつぶりだっただろう……?


 隣で寝息をたて安らかに眠る彼女は、ドレスを纏ってなくても綺麗であった。


 ◆


 月曜日、僕は案の定、想定していたとおり、同僚を始め、課長の湯島、杏にまで慰めされることになった。


「朱里さんもとうとう、腹を括ったか。ハーフエタニティのリングだったわよね! 幼馴染の元カレと元さやか、はたまた、どこかの高給取りと結婚か!」

「僕ですけどね……」


 周りが盛り上がっているため、誰にも聞こえず、誰にも気付かれず……呟いた。


「世羅くんも彼女出来たの? 朱里さん結婚しちゃうかもだもんね。高嶺の花の望み薄じゃなくて、地に足を付けた彼女と仲良くしなさいよ!」

「杏さん酷いですよ……」


 ぐすんと、涙を擦りながら肩を落としていたら、笑っている朱里がこちらを見ていた。


『予想道理ね!』


 口パクで僕に大ダメージを送ってくれる。でも、僕は、泣かない、落ち込まない、仕事頑張る。


 朱里の隣は、他の誰でなく僕なのだから……


 写真をスマホでチラッと見て、今日も一日頑張ろうと仕事に打ち込むのであった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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