六話 時間がないなら走るだけ
本当は朝シャンをしていく予定だった。
だがもうそんな事をしている時間も無く、最低限髪を整え、最低限隣を歩いていても恥ずかしくない服装と靴を選び、サッチェルバッグを中身も大してろくに確認せずにガバッと掴んで急いで家を出た。
スマホは大体いつも後ろポケットか手に持っている事も多いので忘れるということがなかなか無い。
早歩きで歩きながら「今家を出たので急いで向かいます!!」と送信しては徐々に早歩きから走るにシフトして車通りのあまり無い住宅街を駆けていく。
「はっ…!はぁッ…ッく」
「や、や…っと、――――駅に!!」
普段こんなに全速力で走る機会も無く、まるで背後から魔物が追ってきていて切羽詰まりながら逃げている、さながらそんな言い回しが出来そうな位の勢いで走り抜く。
普通に普段歩いて12分程の距離の駅に5分で到着し、ジムでも行った帰りかの様な汗の吹き出し方を背中にじっとりと感じながら、少しかかんで膝に両手をつきながら上がり切った呼吸を正常に戻そうと呼吸を繰り返す。
だがこんな悠長にしている訳にもいかず、完全に戻り切っては居ないが早歩きで改札を通り駅のホームへと向かって歩いていく。
「後2分か、良かったそんなに待たなくて」
ホームに着いてから電光掲示板へと目をやり月に来る電車の時間を確認する。
後2分程で到着するようで、思わず安堵の息が漏れる。
「やっぱり後6分と2分じゃ体感的にだいぶ違うもんな」
何故か電車を待っている間の10分や6分などと言う時間が普段の1分より長く感じてしまう。
スマホなどの暇つぶしもあるにも関わらず何故か家でくつろいでスマホを弄りながら気付いたら1時間も2時間も経っていたというような風にならなくて不思議なものだなとつくづく思う。
そんな事を考えていると目の前に電車が到着する。
電車の扉が開き降りる人達が途切れた辺りで乗り込み空いている席へと腰掛ける。
目的の駅へ15分程で到着しては誰よりも1番に電車のドアが開くなり、飛び出て行く。
そのまま全速力で階段を駆け降りて人と人の間を縫いながら改札へ辿り着き出た所で、彼女の目立つ容姿は人混みの中でも直ぐに見つける事が出来た。
「夢乃さん!!ごめっ――っ、ほん、と……ごめん!!」
「紗烙くん!おはよう♪」
「ううん!本当に気にしないで!!私の為にそんなに息切れるくらい急いでくれたんだね……ありがとう……っく、ぅ」
「えっ、なな何で泣いてっ!?」
「うっく、ひっ……く、ご、ごめっわたっし……」
きっともう呆れられて良く漫画であるようなビンタを公衆の面前で食らって恥を晒すことを覚悟していたのだが、予想していない斜め上を行く事態。
彼女は俺を見るなりへらりとした笑みを浮かべて挨拶をしてくれ、その後じっと見つめたかと思うと口元をきゅっと引き締め顔を歪ませたかと思えば、ポロポロと大きな粒を両の目から流し嗚咽混じりに泣き始めた。
違う意味で公衆の面前で人々からの注目を受けつつ、らむが泣き止むまで待ちやっと一時間半遅れのデートが始まった。