ようこそ阿賀野ハウスへ
初投稿です。不慣れは指摘していただけると助かります。
0***
八栗町。それは都心から離れた田舎の、それでもなぜか発展していて笑い話のようにコンビニがなかったり、スーパーがなかったりということもない、つまりは住むには便利だがこれといった特徴もない、そんな都会とも田舎とも付かないような町だ。そんな八栗町の中心にある八栗駅、そこから徒歩五分ほど歩いたところにその建物はある。主婦御用達である大型スーパーの八栗マートからもほど近いその建物の、敷地の内外を分ける門の表札には「阿賀野ハウス」と書かれていた。つまりは借家、シェアハウスである。
駅からもスーパーからも近い阿賀野ハウス。当然のように連日連夜入居希望の皆々様が、阿賀野ハウスの隣にたつ大家の家へと押し掛けては我こそはと名をあげ___てはいなかった。なんとこの立地だけ見れば好条件きわまりないこの阿賀野ハウスは現在入居者が一人もいない。しかしこれは当然のことで。広告はほぼ皆無、入居条件は入居者の名前と入居希望理由を述べるのみ、家賃は応相談と、身分証明書や印鑑すら求められない怪しさ満点のこのシェアハウスに居着こうとする奇特な者は、今のところ誰もいなかった。そんな立地だけ好条件なクソデカロッカーの大家を押しつけられたのが、
「詰まるところ、この僕なのであった」
春になっても面倒になってしまっていないこたつの中、パソコンをぽそぽそとうちながらひとりごちる。手は仕事をしているが、頭は別のところ、詰まるところ阿賀野ハウスについて考えていた。
僕がなぜこんなまともじゃない入居条件で応募をかけているかといえば、それは前任者、つまりは既に亡き祖父の意向で。なぜ応募も大きくかけず半ば放置している状態かと言えば、シェアハウスの管理をするのも面倒だったからだ。とはいっても「若者のどきどきわくわく青春生活を応援したい」と、そんなことを嘯いて、年にあわず少年のように目を輝かせていた祖父の夢の遺産であるシェアハウスを手放すのもはばかられて。基本家にいることが多い僕にこの建物の管理を親族から投げられた時も、特に何事かあるわけでも亡く受け入れたのだし。詰まるところ、祖父の遺志と僕の惰性でこの阿賀野ハウスは現状に落ち着いている。
「うーん、ちょっとコンビニに行きますか」
のそのそとこたつから立ち上がる。微妙に落ち着かないとき、なんとなく気分がいいとき、僕はいつも駅近くのコンビニまで行ってエスプレッソラテを買って帰る。とくに何もないこの10分ほどの散歩は、詰まるところ、僕のルーティンワークという奴であった。
「どーもありゃっしたー」
コンビニ店員のやる気のない声が見送る、ふわふわとした昼下がりの陽気のなか、エスプレッソラテを片手に家へと歩く僕は、在宅業の傍らに、誰もいない阿賀野ハウスをそれとなく管理しながら変わらない日々を過ごしていく。
いや、過ごしていた。というべきか。そのことを語るにはここから三日の時を経る必要があった。
01***
それは普段どおりの春の日であった。その日は妙に元気もやる気もなく、こたつでうにゃあとしていた。今思えばそれは虫の知らせのようなものであったのかもしれない。目をしぱしぱとさせながら、春の熱とこたつの熱で過剰保温された体で眠るような眠らないような境界をとろとろとしていると、そこから僕を揺り起こすようにチャイムが鳴った。
「はいはい、今でますよ」
聞こえているかもわからない平常の声で返事をしながらこたつから抜け出し、玄関へと行く。セールスか、郵便か、配達か、特に気を張るようでもなかったので、気を張るようでもないと思ったので、私服兼部屋着のような格好のまま扉をあけるとはたして、そこにたっていたのは綺麗な黒髪をすらと伸ばしたスレンダーの女性であった。
「あの、どうかされましたか?」
スーツ姿のところをみるとセールスマン、いえセールスウーマンなのだろうけども。一応話を伺う。
「急にすみません。となりの阿賀野ハウスについて、大家さんがこちらだとありまして、ポスターだけだとどうもわからなかったので話を伺いたいと思いまして」
すいません。もう間に合ってるんですよ。と、のどまで出掛かるがその言葉を急遽飲み込む。今、この人はなんて言った?
「……へ?」
「あの、ですから急ですいませんがこのシェアハウスについて詳しい話を聞きたくてですね」
え、ここに?入居者希望?正気かこの人は。
「あ、すいません!もしかしてこちらではなかったですか?!」
目の前の女性が恥ずかしそうにする。おっとこれはいけない。仕事はしないとダメだ。
「いえ、阿賀野ハウスの大家であってますよ。すいません驚いてしまって」
「いえ、それでお話を伺っても?」
「あ、はい、どうぞ中へ」
「ありがとうございます。あ、こちらつまらないものですが」
「んぁ、すいませんご丁寧に。どうぞ座っててください」
居間へ通すとお茶菓子を渡された。受け取りこたつの上座へ座らせる。その足でキッチンに行き、貰ったお茶菓子を開封すると、どうやらクッキーのようだった。紅茶を入れ、クッキーをいくつか皿に盛るとお盆に乗せて居間へと戻る。紅茶を渡してクッキーをこたつの中心へと置くと礼の応酬や、自己紹介もそこそこに本題へと話を持って行く。
「それで、青木さん、でしたか?本日は阿賀野ハウスの見学ということでよろしいですか?」
「はい。とはいってもシェアハウスですし、居間住んでる方の都合もあるでしょうし今週のうちにできれば、と思ってます」
「あぁそれについては大丈夫ですよ。あなたがこの阿賀野ハウスの入居希望者の栄えある一人目です」
「え、そうなんですか?立地も良いですし、意外ですね」
「そういって貰えるとうれしいです。しかし、広告ポスターがどうも怪しさが拭えないらしくてですね、こうして人が来るのは初めてなんですよ」
「それは、あはは」
軽い世間話のはずだったが苦笑いを返されてしまった。フォローもできないし面と向かって否定もしにくかったのだろう。正直すまんかった。
「ごほん!あー詰まるところ、今からでも見学なされますか?」
「はい。よろしくお願いしますね」
そういうことになった。
002***
見学を終え、青木さんと自宅へと戻る。
「どうでしたか?」
「お風呂も広かったですし、立地も良いですし、正直誰も住んでないのが信じられませんよ!」
「そう言われるとうれしいですね。前任者も喜びます」
「前任者の方、ですか?」
おっと食いつかれてしまった。あんまり家庭事情を話すものでもないのでごまかすことにする。
「阿賀野ハウスを建てた方ですよ。もう年で僕が大家をすることになりまして」
「そうだったんですか。すいません変なことを聞いてしまって」
「いえいえ。それで、詰まるところどうされますか?」
「あ、そのことなのですが。かなりいい物件だったので住みたいのですが、何が必要かわからなくって、とりあえず今日は見学だけと思ったので何も持ってきてなくてですね」
「あ、はい。えっとお名前もう一度伺っても?」
「えと、青木 心です」
「入居理由は?」
「ですから、立地とそれとかなり広くて住みやすそうだったので」
「はい、おっけーです。もう今から住んで貰ってもかまいません」
「え?」
「つきましては家賃についてですが__」
「あの」
「__えっとなになに?あ、馬鹿だじいさん皆まとめて10万とかそんな一気に人が入るわけないじゃん」
「ちょっと待」
「んーまぁ1万とかでいいですかね。儲けとか考えてませんし」
「あの!待ってください!」
「わ!ど、どうされましたか?」
入居するそうなので家賃などの詳しい話をしようとすると止められてしまった。どうしたのだろうか。なにか雰囲気が怖い。
「あの、大家さん、契約書などは?」
「あ、いえ特にありませんけど」
「……いえ、後で纏めて突っ込みます。身分証明書のたぐいはいつ提出すれば?」
「必要ないですけど」
「ッふぅ、落ち着け私。切れるな私。……それで、その手に持ってる本?漫画?は何ですか?規約を纏めたモノのようですが念のため」
「あ、いえ漫画です。祖父、いや前任者が好きだったんですよ」
本当にどうしたのだろうか。広告にはちゃんと余計な契約なしに入居できますとは書いてあったはずだけども。あ、流石に漫画は非常識だっただろうか。でも祖父はこの漫画のような経営方針でいきたいっていてたしなぁ。元が祖父が趣味でたてたようなものだしなるべく方針には従ってあげたい。
「あ、すいません。勘違いしないでほしいのですが、ちゃんとこれは阿賀野ハウスに関係あるものですよ」
「あれ、あ、それは勘違いしてました。なるほど、決まり事などわかりやすく漫画にしてるのですね?しっかりと本のように装丁されてるんですね。私にも一冊いただけますか?」
「いえ、普通に漫画ですが」
「ッスー……ハァ。あの、ふざけてます?」
「え?あの、すいません。なにかしてしましましたか」
「契約書の!無い!賃貸契約が!あるかってんですよ!今日日詐欺だってもっとまともですよ!」
「え、あ、あーうん。なるほど。すいません、前任者の意向なもので。ほら、広告にだって余計な契約はありませんってあったでしょ」
「それだって最低限ってのがあるでしょう。あの入居条件名前と入居希望理由のみって奴本気だったんですね……失礼ですが正気とは思えません」
僕もそう思う。
「で?なんですか?その漫画」
「あぁ、前任者がこの漫画見たくどきどきわくわくシェアハウスを作るんだと意気込んだのがこの阿賀野ハウス設立の秘話でして。基本方針がこの漫画なんですよ。馬鹿ですよね。まぁべつに儲けとか考えてないですしいいんですけども」
「……」
「あの、どうされました?あ、やっぱり怪しいですよね。ですから皆様ここには居住を決めないので」
「ふぅ。いえ、すいません。日本語の通じる未開の地にきたかのような衝撃を受けてまして。えぇ。とても怪しいですが。それでも好条件なのは確かなんです。えぇ。私が契約関係を練り直したいくらい怪しいですが」
「あの、ほんとどうされますか?こんな契約ですいませんとしかいえないですし。今ならなかったことにできますよ?」
「いえ、あの、家賃について聞いても良いですか?さっき一万円といってましたがあれは敷金などですか?合計でいくらくらいになるのでしょうか?」
「あ、いえ。合計で1万円ほどです」
「……そうですか。もう何も驚きません。」
「あの、それで、詰まるところどうされますか?」
「いえ、さんざん怒鳴ってしまってすいません。ここに住まわせて貰っても良いですか?名前は青木 心で入居理由は立地が良いことと、ここの一人目であることです」
しれっと理由が一つ増えている。まぁこんな怪しい条件で先に住み着いてる人がいたら躊躇してしまうだろう。誰だってそう思う。彼女もそう思う。
「はい。あらためておっけーです。ようこそ青木さん。阿賀野ハウスへ」
こうして阿賀野ハウスはクソデカロッカーからシェアハウスへと返り咲いたのだった。