チラシ配り
で、僕は一人で配らされている。
なんでこんな状況になったか説明すると、たぶん、ご想像通りだ。
朝凪はリア充なので仮面小説部に在籍していることは内緒なのだ。誰にも知られたくないのだ。だから、僕は一人で配らされている。こんなことしたこともないし、本当にやりたくない。こういう状況で知らない人に話しかけるのも無理だし、話しかけられるのも無理だ。
それでも勇気を絞り出して下校する生徒に配っているが、まったくもって受け取ってもらえない。
ただでさえ心折れているのにスルーされると心がボキボキになる。まさに心の複雑骨折。僕はチラシ配りの仕事だけは一生しないと心に誓った。
しばらく頑張っている(自分なりにだが)と、馬面を被った女子生徒がモーレツに走ってくる。もちろん、正体は彼女しかいない。バレる危険性を秘めた露出が多いSMマスクはやめたらしい。
僕の不甲斐なさに罵声を浴びせに来たんだろうな……。
「見てたけど、あんた全然なってない。配る気あんの? ちゃんと顔をあげて相手の目を見て受け取りやすいように手元にチラシを持っていかないと! それと声も出して。見本みせるから見てて!」
馬面朝凪は軽快に下校する生徒狙って配り始めた。
「仮面小説部で~す、よろしくお願いしま~す」
朝凪は声色をぶりっ子風に変えている。声質も普段の朝凪よりだいぶ高い。注目されるやり方だが、リア充に気づかれないための予防線にもなる。
最初は馬面に怪しんでスルーされたり、笑われたりされていたが、朝凪の高音の声に惹かれてか、徐々に受け取られて二人に一人の割合くらいで最終的には受け取ってもらえるようになっていった。
「ほらどう? 取ってもらえるでしょ! あんたも真似してやってみなさい」
おそらく馬面の中はしたり顔だろう。朝凪が全部配ればいいのにと思いつつ、渋々やってみるというかやらざる得ない状況。
「か……仮面……」
あ~ダメだ。やっぱりダメだ。できない……とくに相手の目を見ると言葉が出なくなってしまう。
それを見かねたのか朝凪が溜息をついて、
「あ~これだからオタ充は。ほんとヘタレ猿ね! これを着けてみなさい!」
僕の顔に仮面を装着する。彼女は僕がメガネをかけていることなんておかまいなしに強引に装着する。着けられたのは仮面というよりお面。
しかも、ヒーローもの。よく祭りとかの夜店で売っているやつだ。今の戦隊ものには興味がないから正式名称はわからないけど、なんとかジャーレッドのお面。いや、もしかしたら今年のではないかもしれないけど。
「ほら、ヒーローになった気分でしょ! これで戦えるでしょ」
どんな理屈だ!? どうせなら全部隠れるのが良かった。
SMに比べたら全然ましだけど。
目がメガネで圧迫されるのを我慢しつつ、
「か……かめん……小説部です」
目が合うとドキッとするがお面シールドでやわらいだおかげなのかなんとか最後まで言えた。あとから思ったことだがお面をしているんだから目を合わせなくても良かったんじゃ…………。
大抵配り終わると「こんなもんかしらね。じゃあ、部室に戻るわよ」と朝凪が言った。やっと戻れる。
僕も少なからず配れたが大半は朝凪が配ったのだった。
部室に戻ると、
「あ~あっつ! やっぱりこの馬暑すぎる」
中央の定位置に座り朝凪は馬面を外した。 朝凪は乱れた髪を整えながら、
「これで誰か来るかしら、明日が楽しみね」
「……そうだね」
僕は心身ともに疲れ果てていた。ラノベを執筆するより断然しんどかった。
果たして明日、誰か来るんだろうか。こんな一日くらい配ったくらいで来るわけないような気がするが……。