SMJKの要求
湿気を帯びた空気を肌で感じながら歩いていると、もうすぐ露が到来することを認識させられる。
僕の心の中はこのどんよりとした曇り空と同じだな。僕は行きたくないなあと思いつつ部室に足を向けていた。
部室の扉を開くと、僕の目に飛び込んできたのは昨日の馬面ではなく、JKのコスプレをしたSM女王様だった。
いや、この場合はSMの仮面を着けたJKか。
「来たわね」
声からして朝凪だった。
「そのマスクは?」
「イケてるでしょ、これが一番着けやすいのよねぇ、馬は暑いし、視界が悪いし」
だからといって、そのマスクはやばくないですか?
一瞬、そういうお店と錯覚してしまったよ。もしくは国のお偉いさんやどっかの社長さんとかのセレブレティが行う夜会のゲストかと思ったよ。
僕は苦笑いするしかなかった。そんなことはおかまいなしにミトは続ける。
「できたわよ! 部員募集のチラシ。昨日、帰ってから頑張ったんだから」
手渡されたチラシにはこう書かれてある。
『そこのあなた! 仮面を被って、自分を解き放ち、大好きな小説について語らいましょう! 拡めましょう! 書きましょう!』と一応、それらしいキャッチフレーズ。仮面を被る以外はなんとなくどういう部かわかるけど。
「これじゃあ、ラノベじゃないジャンルも来るかもしれないけどいいの?」
「あんた今日は意外と鋭いわね。昨日は退化した猿だったのに。今日はチンパンジー並にグレードアップね、おめでとう」
そりゃどうも、相変わらずの毒舌。
「それはそうと、そこはこれを描こうと思っているのよ」
女王朝凪認世はカメショーのキャラクターのイラストブック集を出した。
印をつけてあるページをめくり、
「このユナイを描いてほしいの」
ユナイがマジックフレアを放っているシーンだ。
うん? 待てよ。今描いてほしいのって言ったよね。
「……僕が?」
「そう、あたし絵はあんまり上手くないしぃ~美術は絶望的に成績悪いしぃ~だからおねが~い」
嘆願して若干上目遣いをする。
ぐぬっ! 狙ってやってるよねその角度。悔しいがかわいい。
「……わかったよ」
自分の女性耐性が低いことにげんなりする。
「でも、これを描いて解決するの?」
疑問に思ったことをぶつけてみた。
すると、ミトの目元はマスクでわからないが口はうんざりするようなへの字を作った。
「あんたやっぱりおサルさんね。ユナイを描いたチラシを見たら、そっち系の小説ってわかるでしょ! もしかしたら、カメショー好きが入部してくれる可能性だってあるわ」
「なるほど隠れカメショーファンがいるかもしれないってことか」
「そうよ、それに今の時期はほとんどの生徒がもう部活を始めてるからあたし達と少しかぶりそうな文芸部とか漫画研究部に入部した人は間違って引っかかることもないしね」
確かに一理ある。でも、こんな六月という中途半端な時期に部活の入部をしてくれる変わり者なんているんだろうか。
「とりあえず、あんたは描いてみて」
僕はユナイの絵の模写に取りかかった。朝凪は時間潰しに僕には縁がないファッション雑誌を読み始めた。あんなものを読んでいるところを見るとやっぱりリア充なんだなと感じてしまう。
そして10分後。
「これでどうかな?」
「もうできたの?」
朝凪が完成したチラシを吟味する。
「……いいしゃない。うん、すごくいいじゃない。あんた上手いわね。就職先なかったら漫画家にでもなったらいいんじゃないの」
彼女の口元から笑みがこぼれている。どうやら満足したようだ。毎日のように見ているキャラクターだ。
僕の部屋中、カメショーキャラで埋め尽くされているし、絵を描くのは嫌いじゃないのでこれくらいは造作もない。
「これをコピーして配るわよ!」
僕は返答代わりに頷いた。