仮面の意味
「……いや」
僕は首を少し傾げた。
朝凪がなが~い溜息をつき、さらに半眼で、
「つくづくあたしを失望させるわね」
昨日からまともに口利き始めたばかりなのにそんなに失望させる僕って……いやいや僕が悪いんじゃない。朝凪が横暴なだけだ。
「あたしがオフ会までいく好きな小説は?」
「カメショー」
「そうよ! あたしはカメショーみたいなラノベを書く作家になりたいのよ!!」
朝凪は爛々と目を輝かせた。なるほど、そういうことか。あなたの目の前にあなたが目指している作家がいるんですけど……。
「あんたはタダの飾りでいいのよ。部長っていうだけの飾りでね。地味な飾りだけどこの際我慢してあげるわ」
軽くディスられてるよね、これ。
「この部はあたしがラノベを書くため、ラノベを研究するため、部員とラノベの楽しさを共有するための部なのよ!」
「僕である必要はあるのかな?」
「あんたくらいしか知らないもの。この学校でラノベ好きな人って。それにあんた言うこときくって言ったじゃない」
「言ったけども……そ、それなら部長は朝凪さんがやったほうがいいんじゃないかな?」
せめて責任を押し付けられそうな部長の座は免れたい。それにただの部員なら幽霊部員化してフェードアウトしていけるかもしれない。
「あたしは矢面に立ちたくないの。あんたと違って、あたしはリア充なの。友達にオタクが趣味って思われたくないの。わかる? わかんないかなあオタ充には」
オタ充って…………でもわからなくもない。オタの僕でさえ全面オタを出すのは気が引ける。
中学のとき、当時好きだった萌え系キャラのフィギュアをクラスメートに目撃されたところ、そこからさらに疎外感を感じるようになった。裏では『おたっくん』という単純なあだ名までつけられていた。そうあれからだ、友達と呼べる人がいなくなったのは。まさに忌まわしき記憶……。
「わかるけど、朝凪さんは大丈夫なんじゃないかな」
この根拠は彼女が女子だから。女子というだけでハードルはだいぶ下がる。しかも、朝凪ほど容姿端麗ときていれば。こういう人はオタのカミングアウトしたところでダメージが少ないはずなのだ。最初からラスボスに挑むときの最強防具をフル装備しているようなものだ。むしろ、男子なら余裕で受け入れてくれるんじゃないだろうか。いつの世も見てくれがいい人は大概得をする。
「あたしが嫌なの!」
朝凪は荒ぶった声を出した。
「オタクだと思われたくないの…………だから部活動中は仮面を被るのよ」
そういうことか、仮面の意味ってリア充どもに正体を知られたくないからか。しかし、よっぽど知られたくないんだな……リア充も大変だな。
「わかったんなら、あんたは精一杯あたしに奉公すればいいのよ」
上から目線は鼻につくが、とりあえず協力してみるか。協力しないで去れそうにないし。
「わかったよ……」
「目指すはカメショー作家、クラマ先生よ!」
いつのまにかペンを持って、ホームラン予告のようにピシッと上の空間に向かってペンを掲げた。
クラマっていうのは僕のラノベ業界でのペンネーム。名字をカタカナにしただけのものだけど。
「クラマ先生みたいに謎の高校生作家になりたいの。そのレベルまでいけば世間はあたしをオタクでも認めるはず!」
朝凪さん、あなたが目指している作家は認められたくて書いているわけじゃないんだけど。
「オタクでも堂々とリア充でいられる環境をあたしは創ってみせる!」
また、空間にピシッとペンを掲げた。よっぽどオタで嫌な思い出でもあるんだろうか。朝凪くらいなら多少オタ感出しても絶対受け入れられると思うんだけどな。
「よし、そうと決まれば明日から部員集めするわよ」と朝凪は宣言した。
「……オタクに思われたくないなら部員がいるとオタクに思われるリスク高くなりかねないけど……いいの?」
「さっき言ったでしょ! 共有できる人が欲しいの。部室であれやこれやとラノベについて語れる部員が欲しいの。最高じゃない? 学校でそんな話ができるなんて……それにあんたと二人っきりなんてまっぴらごめんだわ」
く~最後のそれいる? あ~腹立つ! こっちだってごめんだよ! と心の中で叫んでみる。
「じゃあ、また明日放課後来なさいよね」
「…………」
「返事は?」
そう言って、朝凪は目力でプレッシャーをかけてきた。
「……うん」
僕は渋々頷いた。
朝凪はそれを見届けて、扉のほうに歩いていった。
「あっ」
何かを思い出したように朝凪は少し罰の悪そうな表情をみせる。
「あんたの名前なんだっけ?」
ようやく興味を持ったか……。
「……暗間白夜……」
「へぇ~クラマ先生と一緒ね、あんな素晴らしい方と名前だけでも一緒だなんて光栄に思いなさいよ」
自分で自分を崇めろというこの変な構図……。
「あたしのことは部活動中はミトでいいわ。だけど、部室以外では話しかけないでよ。あたしまでオタ充だと思われたくないから」
「はい……」
「じゃあね、白夜」
微かに笑みをこぼし、朝凪は帰っていった。僕はそのわずかにこぼれた笑みが不覚にもかわいいと思ってしまった。
いつぶりだろう……同級生に下の名前で呼ばれたなんて……。