馬面の美少女
僕は隣の敷地にある旧校舎にやってきた。旧校舎といっても残っているのは新校舎設立と同時に半分に縮小された建物だ。半分にリノベーションされたそれをこの学校では旧校舎と呼んでいる。
旧校舎はいくつかの文化部系のクラブが部室として使っているらしい。新入生のクラブ紹介のとき聞いた話だ。どのクラブも僕を勧誘などしなかったけど。なんにせよ、ぼっち街道まっしぐらの僕は卒業までこんなとこに訪れることなどないと思っていた。僕にとってカオスと言ってもよい旧校舎にいまだに鉛のように重い足を踏み入れた。まるで昔のRPGに出てくる毒の沼地に足を踏み入れる思いだ。
ズグズグ、ズグズグ。
会議室2は二階の一番奥の角部屋だった。僕はドアを開いた。
目に飛び込んで来たのは馬面の被り物をしている女子生徒が掃除をしている光景。床を拭いているから掃除なんだろう。膝をついてお尻がこっちを向いているので、スカートの中身が見えそうになる。スカートを短く履いているところを見るとおそらくリア充だ。奴らはスカートを短めに履く、鉄則だ。それがリア充であるための法律かのように。その法律を遵守している限り、暴漢に襲われたり、満員電車の中、痴漢にあったって文句言えないんじゃないか。逆に暴漢や痴漢に同情までしてしまいそうだ。
馬面がその体勢のまま首だけで振り返る。僕は馬面の下半身から釘付けになっていた目を背けた。ふぅ、ギリギリセーフ。
「遅い! ほら、あんたも手伝って!」
この声の主は当然彼女しかいない。雑巾を投げられ、その勢いに押され言われるがまま床を拭くのを手伝う。拭き終わると、馬面が中央の席に威張るように座り足を組む。
「さてと、これで部室として使えそうね。それにしてもあっついわね!」
そんなものを被ってるからだよ。
僕の心の声を読み取るように馬面が被りものを脱いだ。切れ長目で栗色髪の美少女が姿を現した。
「これはダメだわ。明日は違うのにしよ」
僕は顔がひきつっていた。
仮面ってこういうこと!? なのか……。
「なによ、その顔」
「い、いや別に……というか説明してほしいんですけど……」
「そうね、部も開設できたことだし、コンセプトを話しておくわ」彼女は澄まし顔で淡々と言う。
「この部は仮面小説部。仮面を被りながら小説を書く、そう作家になるのを目指す部なのよ」
「……仮面を被る意味は?」
僕はかねがね疑問に思っていたことを口にした。
「別にあんたは被らなくていいのよ」
「えっ、そうなの? それならそれでいいけど」
「あたしが書きたいジャンルの小説わかる? あんたならわかるわよね?」
結局、仮面を被る意味の質問はスルーされるのかよ。それになんだよこの質問、わからないよ。うかつなこと言ったらまたどやされそうだし……。