乱闘
ざっと見ただけで10人はいる。ラノベならこういう時、誰かが助けに来てくれたり、秘められた力が発動したりのチート展開でピンチを凌げるがこれはいかんせん現実だ。
当然ながら僕は切り抜ける術など持ち合わせてはいない。内心はガクブル状態だ。隣ではシズが身体ごと震えさせている。
「そんなの知らないわよ! 自業自得でしょ!」
こんな状況でも火に油を注ぐミト。もう謝った方がよくないですか、ミトさん……。
「気のつええネエちゃんだな。でも、もう謝ったって許してやらねえぞ!!」
「あ、謝るのはあんた達でしょ!」
「さあ、どうやって今日の分のシノギを補ってもらおうか」
「し、知らないわよ!」
語尾は強気だが、声が震えだしているミト。
「アニキ~こいつらこんだけええツラしてるし、そこの銀髪のネエちゃんなんて浴衣の上からでもええもん持ってんのわかるし、こいつらアレしかないっすよ~。アレなら今日の分、十分補えますよ」
別のチンピラがやらしい笑みを浮かべて言った。
「そうだな……とりあえず連れてくか」
アレって……僕の頭の中では卑猥なことしか思いつかない。隣のシズは完全に怯えている。ミトも肩が震えているように見える。
まひるとユウは平然としている。この二人、お嬢様だから事態が飲み込めてないんだろうか。
「連れてけ!」
アニキと呼ばれるチンピラの号令でその他のチンピラ達が僕らに向かってくる。
「すいません!!!」
僕は自分でもびっくりするくらい大きい声を出して、土下座した。これで許してもらえるなら土下座くらい安いもんだ。
これでみんなを守れるなら……。
「ぼ、ぼぼぼ僕らも言いすぎました! すいません!!!」
「白夜……あんた」とミトが呟く。
「あんちゃんよお、もう手遅れなんだよ。うちも今日の見込み額ってのがあってなあ。それをこのネエちゃん達に稼いでもらうしかないのよ。謝ってどうにかなるもんじゃないんだよ。わかるかな?」
「そそ、そのお金、僕が肩代わりするんで!」
「ほお~、軟弱そうにみえてかよわい女の子を庇うんか。だがなあ、学生如きの普通のアルバイトじゃすぐに返せるような額じゃないんだよ!」
いくらと言われようと『カメショー』の印税でなんとかできるはずだ。だが、本当のことは言えないし、どうしよう!?
「ででできます!」
「できます! だとよ。おい、聞いたか? おまえら」
ヘラヘラと笑うチンピラ達。
「じゃあ、どうやってするんだよ。親にでも頼むのか? ああん?」
古い世紀末拳法漫画のザコキャラの喋り方をするアニキ。
「ち、違います」
「んなら具体的にどうすんだよ! ああん?」
「えっと、それはその……」
本当のことは言えない。僕がラノベ作家で印税があるなんて言えない。
アニキが僕のポロシャツの襟元を掴んで僕を立たせた。
「かわいいコの前でカッコつけたかったんかもしれんけどなあ、正義感だけじゃ、なにも守れないんだぜ、あんちゃんよお! 恨むんならつっかかてきたネエちゃん達を恨むんだな!」
アニキが右拳を振り被る。かつてないほどの恐怖が全身を駆け巡る。
「僕はラノ――――」
「ちゃちゃちゃ! そりゃいかんぜよ」
「暴力はいけないですわ」
ユウとまひるがアニキの腕を掴んでいる。
「なんだあ!! てめえらも痛い目にあいてぇのか!」
そう声を荒げた刹那、アニキは宙に舞った。
「ぐはっ」
地面にたたきつけられるアニキ。
「あら、ごめんあそばせ」
どうやってアニキを投げたのかわからないが、どうやらまひるがやったらしい……!?
「このくそアマ~! 商品だから傷つけたくなかったんだが……おめえら捕まえて早く車に乗せちまえ!」
チンピラ達が僕らめがけて走ってくる。僕死ぬかも!? でも、みんなを守らないと!
「仕方ありませんわね」
なにかの武道の構えを取るまひる。
「あまり争いごとは好かんが……」
ユウはそう言うと、浴衣の袖口から小型の警棒のようなものを取り出した。それを振るとバットくらいの長さに変化した。
「現代の陸奥守吉行! もといこれぞ陸奥守夕陽ぜよ!!」
坂本竜馬の名刀、『陸奥守吉行』をモジるユウ。
僕とミトとシズは彼女たちの背後に固まる。
「くぅちゃんはわたくしが守ってみせますわ!」
「あねさんには指一本触れささんき!」
あの~僕も守ってほしいんですが……。
そうこうしているうちに、まひるに一人のチンピラが襲いかかる。まひるが腕を取りいとも簡単に転がす。さらに二人が続けてまひるに襲いかかった。まひるは突っ込んでくる一人をカウンターで正拳突きをお見舞いして、背後から襲い来るもう一人をそのまま背負い投げした。
「かはっ!」
見事に極まった。柔道なら確実に一本だ。
「空手、ボクシング、柔道、合気道、中国拳法、テコンドー、サンボを極めているわたくしに襲いかかるとは笑止千万ですわ」
まひるの攻撃を見て、他のチンピラがユウに矛先を変えた。
「ははは! このチビッコ、得物の先端が震えてるじゃないか! これは遊びじゃないんだぜ! びびって漏らすなよチビッコ!」
ユウに一人のチンピラが襲いかかったと思えばチンピラが倒れる。どうやら、ユウが陸奥守夕陽を振り下ろしたらしい。素人の僕にはまったく太刀筋が見えなかった。
「切っ先が揺れるのは北辰一刀流の真髄ぜよ」
「なんだこのロリっ娘が!」
声を荒げた二人のチンピラが同時にユウに襲いかかった。ユウは陸奥守夕陽を一閃! バタバタっと二人は地に伏した。
「なんなんだ、こいつら……」
残るチンピラがたじろぐ。
「おい! おまえら! びびってる場合じゃねえぞ!! こいつら捕まえて帰らねえと俺たちがヤバイんだぞ!」
アニキが叫ぶ。
触発されたチンピラ達がまひるとユウに向かったが、あっさりとのされた。
「くそー! もう許さねえぞ!」
手下をやられたアニキが刃物を腰あたりから取り出した。いわゆるドスというやつ。
まひるとユウは一瞬たじろいだ。
「丸腰のまひるさんは下がるきに。ここはわしが引き受けるき」
「大丈夫ですわ。わたくしが倒してみせますの」
二人の頬に緊張の汗がつたう。やはりさすがの二人も刃物前では怖いのかもしれない。
「なめやがって! オラァー!!」
アニキが叫びながら突っ込んできた。
「やめろー!」
僕はまひるとユウを押しのけて立ちはだかった。自分でもどうしてそうしたのかわからない。
僕が覚悟したその刹那、浴衣姿の一人の女性が物凄いスピードでどこからともなく僕らの前に現れたと同時にアニキを倒した。
「さすがに光りものはいけませぬ」
そう言ってこちらを振り向いたのは、ブロンドヘアーを結った、顔は西欧あたりの国が混じってそうなハーフ浴衣美人だった。




