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仮面のサイン

「こんにちはー! おっと、この暑い中それを被るとは気合い入ってるやん!!」


 いつも通りの明るい声のスピカ先生。


 僕は無言で頷いた。


 スピカ先生は少し困った顔をして、


「……えっと、何にサインしたらええんかな?」


 僕は仮面に指をさした。


「あーなるほどなー!」

「…………」

「……脱がなくてええのん? その仮面……」


 僕は頷き、仮面に書くようにジェスチャーした。


 スピカ先生は少し顔を引きつらせたあと、なぜかニヤリとした。


「あーおっけおっけ! このまま書いて欲しいんやな!」


 僕は素早く二度首を縦に振った。普通ファンなら顔を覚えてもらいたいから仮面は脱ぐよね……。


「おーけー! じゃあ、動かんといてや」


 スピカ先生ははペンを持ち、僕の仮面にサインを書き始めた。

 仮面をしているおかげでスピカ先生の顔を正面からガン見する。真剣な顔つきなのだが舌をペロッと出している。

そこがまたクールビューティーの中に親近感が湧く可愛さを兼ね備えている。


 可愛すぎるだろ! ずっと見ていたいぜ! チカゲの仮面ナイス!!


「よっしゃ! はい、おーけーやで」


 スピカ先生は笑みを浮かべた。彼女の顔をガン見できるという夢の時間は終わりを告げた。

 われに返ってみると、サインのわりには長かった気がする。


「楽しみにしといてや! このペンの割には慎重に書いた力作やから。今日は来てくれてありがとう!」


 この言葉の意味がなんなのかはすぐわかることになる。僕はお辞儀をしてブースをあとにした。普通のファンなら握手したり、「応援してます」とか「大好きです」とか言ったりするものだが、僕は声色を変える器用さなど持ち合わせていないので無言でお辞儀だけしたのだ。

 失礼なファンに見られても仕方ないのに、それでも、最期までスピカ先生は笑顔を絶やさなかった。大人な女性だからというわけではなく、彼女は芯からこういう人だと実感した。僕は素晴らしい人と仕事をさせてもらっていることを改めて再確認した。


「あんたやるわね!」


 ブースを出たところで待っていたミトが言った。


 僕は仮面を外した。


「なにが?」

「その仮面に描かれたチカゲよ!」


 僕はチカゲ仕様ゴールド仮面を見た。チカゲが笑っているイラストが描かれていた。

 そうか、サインではなくこれを描いていたから長かったのか。


「いいなあ」


 ミトは羨ましそうな表情をした。


 少しブラブラと会場内を歩きながら、

「あんたこれからどうする? あたし行きたいブースあるから行ってくるけど」

「僕はトイレに行きたいし、ちょっと疲れたからカメショーブースの脇のベンチで休憩してるよ」

「わかったわ。じゃあ、用事済ませたらそこに行くわ」


 ミトは人混みの中へ消えていった。

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