仮面小説部!?
「お、お金ですか?」
「はあ!!!」と鬼の形相の朝凪。
なんか気に障ること言ったかな。リア充の雌といえば遊んだり好きなもの買うためにお金が必要な生き物だと思ったんだけど。金欲しさに身体をおっさんに捧げるコもいるってよくいろんな雑誌やネットでみかけるし。
「あんた、あたしをなんだと思ってんの! そんなカツアゲみたいなことするわけないじゃない!」
「じゃ、じゃあなにを要求されるんですか?」
朝凪は口角を上げ、不気味な笑みを浮かべて、
「そなたの命よ」
僕のことをビシッと指を差す。
ちょ……えっ、死ねってこと!? カツアゲのレベルを遥かに超えているんですけど。
「そ……それはちょっと」
「えっ」
「……えっ?」
しばしの沈黙。
「なにマジになってんのよ。今のはあんたが好きなイタコの決めぜりふじゃないの」
なるほど~って急にぶっ込まれても困るんですけど。
「あんた、それでもホントにカメショーフリークなの? というよりホントにイタコが好きなの?」
「も、もちろん」
「ホントかしら。まあいいわ。それより償いの代わりにお願いをきくこと」
「…………僕に出来ることなら」
朝凪は不適な笑みを浮かべた。なんか嫌な予感しかしないんですけど……。
「じゃあ、明日の放課後またここに来て」
僕は嫌な雰囲気を表情に出しつつ頷いた。それが気に食わなかったのか、
「わかったわね! 返事は?」と念押しされる。
「……はい」
朝凪はふっと微笑んでその色艶が鮮やかな栗色の髪をなびかせ去っていった。
はあ~いったい明日なにを要求されるんだろうか。同年代の女の子と話したのはいつぶりだろうか。前者の憂鬱な気分と後者のほんの少しだけの嬉しさが入り混じったなんともいえない気持ちを抱えて僕は家路に着いた。
次の日の放課後、僕は例によって朝凪に呼び出された体育館裏に来ていた。彼女はまだ現れていない。どんな無理難題を押し付けられるのか、そんなことを考えるといまだに気分は憂鬱極まりない。昨晩は、そのことばかり考えすぎて『カメショー』の執筆が進まなかった。早いこと次の話を書かないといけないのに。
だけど……ほんの少しだけ朝凪に会えるという嬉々とした気持ちがあるのも事実だが……。
「ちゃんと来てたわね」
どこからともなく朝凪が現れた。相変わらず美少女だ。かばんから一枚の用紙をおもむろに取り出して、僕に差し出してきた。
部活の開設申請書!? そこには『仮面小説部』とある。これはいったい? 僕の疑問を打ち消すように朝凪は淡々と言い放つ。
「それにあんたの名前書いて提出してきて」
「えっと……」
「担任のおじいちゃんには話はつけてあるから」
「……あの…………」
「ん? なに?」
「これは……?」
全然話が読めないってか説明くらいしてほしいんですけど……。
朝凪は眉を寄せてイラついた表情をみせた。
「もう! 飲み込み遅いわね。あんたの脳みそちゃんとシワあんの? それがあんたへのお願いよ! あんたが部長であたしが部員」
「…………え―――――――――――!?!?」
「あら、なんか不満でもあるの? あんた昨日出来ることならなんでもするって言ったわよね!」
なんでもするとは言ってないんですけど……。
「早く提出してきなさいよ」
「…………な、なんでこの部を創りたいんですか?」
「それは創ってから話す」
僕はあきれた表情をして、半開きの口になる。なんだよそれ……この部の活動ってなにするんだよ。面倒くさいのは御免被りたい。
「この部の目的は?」
「簡単に言うと文芸部みたいなもんよ」
仮面はよくわからないけど、小説部っていうくらいだからそんな感じだとは思ったけど。
「……それなら文芸部に入ったほうが……」
「文芸じゃダメだから創るんじゃない。あんたホント頭が退化した猿並ね」
今日一番の毒舌。いや、微生物とか言われるよりましか。
朝凪はその切れ長の目であきれた視線を投げかけてくる。
「わ、わかったけど出来る限りしか出来ないよ」
これ以上、不可能な問題を押し付けられても困るから保険をかけておく。
「いいから早く行きなさいよ。まだやることあるんだから」
僕は渋々職員室に向かう。しかし、素晴らしいほど強引なお願いだった。逆にあそこまで自己中だとあっぱれだ。
でも、やっぱり嫌だなあ。今までの人生で長がつく役職なんてやったことがない。会長に部長に班長、リーダー、主役、そういったものに無縁だと思っていたし、実際影薄い存在でやってきたのに。
なんでいまさら。
それによくわからない部活動なんかしたくないし。それ以前に今までクラブなんかに所属したことないし、いきなり部長ってどういうことだよ……今まで列記とした帰宅部でこれからも帰宅部を更新していくつもりだったのに。
重い足取りでやってきた職員室で仕方なく担任のおじいちゃんこと亀浦先生を探す。基本的に職員室に来ることなんて滅多にないからおじいちゃんがどこの席かなんて知らない。
しばし、職員室を観察する。あっ、いた。おじいちゃんは左奥の席に一人でポツンといた。まさに窓際サラリーマンって感じ。なんか親近感を覚えるな。僕はいまだに泥沼に浸かっているかのような重苦しい足取りでおじいちゃんのとこまで歩を進めた。
「先生、あのこれを」
僕は申請書を提出する。
「おーまさか暗間だったとはなー」
ん? どういうこと?
「朝凪がメガネをかけた陰気な男子が来るって言っておったから誰かと思えば暗間だったとはなー」
そういうことか。でも朝凪の奴、こんなことさせといて僕の名前なんか覚えてないのか。それにしても陰気って……確かに認めるけど人に言われると傷つく……。
「なんか部活を始めたいらしいなー」
僕がやりたいわけじゃないんだけど。だからといってここで否定してもなんにもならないし……それにここでやめると……切れ長の目がつりあがった鬼のような表情の朝凪が頭によぎる。
「大体、部活の内容は朝凪から聞いとるわい。わしが顧問でいいんかいの?」
「た、たぶん」
「おーそうかー。まあー頑張れー少年よ大志を抱けー」
よくわからないけど、部活申請は通ったみたいだ。朝凪の奴、うまく暇そうな先生を見つけたな。
「あーそうじゃった。部室は朝凪に言われて、旧校舎の使ってない会議室2を使用していいようにしてあるからのおー」
ほぼ朝凪がセッティングしていたデキレースのようだ。こんだけ根回ししてるんなら自分で申請書出せばいいのに。
「……ありがとうございます」
「おーしかし暗間と朝凪が仲が良かったなんて知らんかったわい」
僕も知らないよ。昨日初めて(一応、オフ会が初めてだけど)話したばかりだし。
僕は苦笑いして取り繕う。
「暗間にも友達がいてよかったわい」
おじいちゃん先生が笑みを浮かべた。意外だった。こんなあまり生徒に関心がなさそうな人が僕に関心を持っていたなんて。先生って生徒のことちゃんと見てる人もいるんだな。
「失礼します」
僕は一礼して踵を返した。すると、背後から、
「おー暗間、忘れとったわい。朝凪がそのまま会議室2に来るように言っておったわい」