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シズの正体

 登山からこの5日間、シズは一度も部活に来ていない。僕は途中、心配でメールで容体だけは訊いた。


 シズからは「大丈夫です」とだけ返信があった。


 身体は鳳凰院系列の病院の方から回復して退院したと連絡があったことをまひるから教えてもらった。


 今日も4人だけの部活が始まり、各々執筆に取りかかった。少ししてミトが口を開いた。


「アヒル、あんたに訊きたいんだけど、あんた、シズとなんかあったの?」


 僕が訊きたかったことを簡単に尋ねるミト。こういうときのミトは、ある意味頼りになる。


「…………わたくしは……恨まれている」


 重苦しく答えるまひる。


「話が見えてこないわね。ちゃんと説明してくれないと困るのよ」

「ちょっと待ってほしいぜよ、わしも話が全然見えてこんぜよ。シズさんが来ないのはただ体調を崩してるからではなかったがか?」

「ユウはまだ日が浅いし、まひるよりあとに入部したから気づかないのも無理ないよ。実はシズはまひるが来るまで仮面を着けてなかったんだよ」

「あたしもすぐには気づかなかったけど、ようするにシズはそこの翔べない鳥に素顔を見せたくなかったわけなのよ。自分が何者かアヒルに知られたくなかったということよ。それがなぜかはわかんないけど」

「わたくし自身まったく気づかなかったですの……恥ずべきことですわ……」


 ミトに言い返しもせず、自分自身に落胆するまひる。


「それも仕方ないよ。この部では仮面を被るのが当たり前だと思って接してたんだから」

「そんなことないわよ。アヒルがシズを軽視してたのよ。もっと部活仲間を仲間と思って、興味を持っていたなら一度くらい素顔をみたいと思うはずよ。それがなかったのはあんたがシズをどうでもいい存在だと思ってたからよ。あんたにとっては数ある部活の中の一部員にすぎないものね」

「そんなに追いつめなくても……」

「……朝凪さんの言う通りですわ。わたくしが少なからず興味を示していなかったのは確かですから……」


 かなりしおらしいまひる。よっぽど堪えているようだ。


「大体話はわかったぜよ。あとはまひるさんがなぜ恨まれているかがわからんぜよ」

「ちゃんと話なさいよ」

「そうだよ。協力できることがあるかもしれないし」


 まひるは頷き、静かに語り始めた。


「わたくしとあの方は幼い頃、よく遊んだ仲でしたの。簡潔に言うと幼馴染という言葉があてはまりますわね。わが鳳凰院家と彼女の晩代家は古来より切磋琢磨して、時には協力して今の地位を築いてきましたの」


 晩代家?? ……えっまさか!?


「ちょっと待って! シズの晩代って、あの晩代なの?」


 僕はあまりにも驚いて話に割って入ってしまった。


「そうですわ。わが鳳凰院家に勝るとも劣らなかったあの晩代ですわ」


 晩代といえば日本のトップを走る財閥のひとつだ……いや、今はだったと言うのが適切だな。


「ここ数年で晩代財閥が衰退したのは周知しておりますわよね」

「確か10年程前かの、インサイダーかなにかの不祥事でメディアに吊るし上げられちょって、幹部が逮捕されたんぜよ……あれからじゃったかの」

「わたくしが小学一年の冬でしたわ……」

「10年も前のことよく覚えてるな。それに僕たちは小学生の低学年なのにそんな出来事よく興味を持ってたね……」


 今ではまったくといっていいほど晩代の文字は世間ではみかけなくなった。


「わたくし達は通常の学問以外に株式などの教育も幼少の頃より受けておりますゆえ」


 生まれたときから金持ちでいいなあと思っていたが、なんかまひるたちのようなエリートにはなりたくないぞ。僕ならその英才教育で挫折してるだろうな……。敷かれたレールでもうまく歩けない人だっているのだ。


「それでなんなのよ! シズの家系が没落したのはわかったけど、あんたがシズに恨まれる理由ってのは」

「……裏切りましたのよ……いえ、正確には貶めましたのよ。鳳凰院家、現トップの鳳凰院真夜ほうおういん まよ……わたくしの父が……」

「それがその10年前の不祥事ってこと?」

「そうですの……どのようにして晩代家に不祥事を起こさせたかはお教えできかねますが、一度、不祥事を起こした晩代家を政治の力も利用して、メディアにも圧力をかけ、衰退の一途を辿らせたのですわ」


「なんでそんなこと……」


 僕は普通に疑問に思ったことを口にした。そのとき、ガラっと扉が開き、


「それはこの腐れ外道一族が生き残るためにわれわれを売ったのだ」


 碧眼モード全開のシズがまひるを指さして言った。扉の外で僕らの会話を聞いていたんだろう。


「わが右腕これを」


 シズはそう言うと、手紙のような物を差しだした。


 僕はギョッとした。退部届と書かれている。


「われは本日をもって魔界に帰らせてもらう」


 シズは踵を返した。


 僕は急すぎて呆気にとられてしまった。こういうとき人間って咄嗟に言葉が出ない。僕以外の部員も立ち去ろうとするシズを引き止めることもできず、見送ることしかできない様子だ…………ただ一人を除いては……。


「ちょっと待ちなさいよ! そんな勝手許されると思ってるの! 部長はまだ了承してないわよ!」


 その一人、ミトが声を張り上げた。


 シズの動きが止まる。ここはミトの強引なアシストを活かすしかない。もちろん、そんな了承条件などないのだが。


「ぼぼぼぼ僕が納得しないと退部は認められないな……」


 シズは振り返り、


「わが右腕を納得させなければならないと……いうことか……」

「そ、そうよ! それがこの部活の決まりなんだから」


 ミトさん、今作ったよね、その決まり。でも、ナイスな発想です。


 シズは碧眼モードを解除した。


「私はこの女と同じ部屋で同じ空気を吸うことすら吐き気を覚えるのです」


 シズはまひるを睨みつける。


「それでもこの女に自分が何者か気づかれていないうちはなんとかやってこれました。漫画の原作もラノベも書くのが好きだから……それに私を受け入れてくれた部だから……

だけど知られた以上、私はもうここにはいたくない……」


「くぅーちゃん……」


 まひるが呟いた。


「その名前で呼ぶな! あなたとの忌々しい記憶は思い出したくもない!」

「ずっと、わたくしは貴女に会いたくて、事実を知ってからは謝りたくて……だけどあのときのわたくしは無力で親の言われるままに……貴女に会うことはもう叶わないと急に

告げられて……わたくしも悲しかったのですのよ」


 確かに小1では無理もない理由だと思う……。


「あなたは私がどんな思いをして、いままでやってきたかわからないでしょう。親が犯罪者のレッテルを貼られた、子供の環境なんてあなたには一生わからない。一番の親友と思っていた人にすべてを奪われた私のことなんてあなたにはわからない」


 涙目で訴えるシズ。


「あなたはすべて奪う……私の大切なものを……」

「…………わたくしが辞めますわ」


 まひるのその言葉に静まり返る部室。


 辞めるということはまひるの悲願である全クラブ制覇をあきらめるということになる。


 そこまでシズを思っているのか……だけどそれも違う! 僕は二人に残ってほしいのに……。


 どうすればいいんだ……。


 そんな静まり返る部室の均衡を破ったのは、またしてもミトだった。


「どっちが辞めるか知らないけど、シズはなんでアヒルをそんなに恨むの? 確かに超絶バカお嬢様ではあるけど、その一件はアヒルは悪くないわ」


 珍しくまひるを擁護するミト。


「だって、あんたを貶めたのはアヒルの父親でしょ。当時、子供だったこいつにどうすることもできないわ。恨むならこいつの父親のはずよ」


「…………」


 くちびるを噛んで押し黙るシズ。頭では理解しているんだろうけど、気持ちはそう簡単にはいかないんだろう。


「それとアヒル、あんたも自分の野望なんでしょ? 全クラブ制覇とやらは。そんなに簡単にあきらめられるもんなの?」

「そうでございますけど……くぅーちゃんを傷つけてまでするのは意味がないのですの」

「どういうことよ?」

「わたくしが制覇を成し遂げた後にフェニックスグループのトップに立ちたかったのは晩代財閥の復興を手助けするためだったのですもの」


 そういうことか……トップに立つのはシズの為だったということなのか。


「わたくしは今もこれからもくぅーちゃんへの償いを絶対してみせますわ。どうにかして別の方法でトップになってみせますわ」

「……シズ、許せとまでは言わないけどこいつがここまで言ってるんだから、こいつに全クラブ制覇の道を歩かせてあげたら? アヒルはアヒルでたぶんいままでずっと後悔して苦しんでたはずよ」


「そんなこと……」


 シズは涙をこぼして首を振り、部室を飛び出した。


「シズっ!」


 僕は追いかけようとしたがミトに制止させられた。


「これ以上、誰かに優しくされても追い込むだけよ。あとは時間がどうにかしてくれる。シズもアヒルの本心が聞けたのだから」

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