体育館裏
「おーどうしたんだー朝凪―」
「……あ、いやなんでもありません」
「おーそうかー、なら席に戻れよー」
先生が相変わらずのんびりした口調で言う。
「どうしたのよ? ミト」
朝凪の席の周囲のリア充女子が尋ねる。
「お、お腹が痛かっただけよ」
「なんだよミト、あの日かよ」
リア充男子が茶化すように言う。クラス中が笑いに包まれる。
朝凪は顔を真っ赤にした。
「ち、ちがうわよ! うっさいバカ! 死ね!」
「あーあ、あんたミトに嫌われたわよ」
「冗談だって、ミト~」
「おーい、授業始めるぞーい」
「先生、あたし保健室行きます」
朝凪は席を立った。ズカズカと僕の横を通り過ぎてゆく。その刹那、目が合った。鋭利な刃物のように睨みつけられる。僕は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
いや、そんなかわいいもんじゃない。まるでメデューサと目を合わせてしまった気分だ。石化状態。
さっき、僕が呟いた『マスク・ド・チェックメイト』っていうのは、僕の著書『カメショー』の主人公チカゲのアルティメットスキルだ。
もちろん、僕が考案したものだ。本来は言ったと同時に指をパチンと鳴らす。それを僕は知らずに呟いてしまった。朝凪に気づいてほしかったからに他ならないのか。なんか自分でもわからないや。
その日の放課後にて。
僕が帰ろうと下駄箱で靴を履き替えようとしたときだった。腕を急に掴まれた。朝凪だった。
「ちょっと、ついてきて」
強引に腕を引っ張られる。
一体なんなんだ?
僕は言われるがまま、あとに続いた。朝凪に連れて来られたのは体育館裏だった。あたりには誰もいない。まさか、僕をリンチするつもりなのか。
僕が『マスク・ド・チェックメイト』なんて言ったせいでクラスの笑い者になったからなのか。どこからかリア充共が現れて袋叩きにされるのか。
「マスク・ド・チェックメイト!」
普段の高めの声質より怒りを込めた低い声で朝凪が言い放ちながら指をパチンと鳴らした。誰か出てくるのか。『マスク・ド・チェックメイト』のように爆発するくらいにリンチされるのか!?
「あんた、昨日のオフ会に来てた奴よね」
「……うん」
どうやらリンチは杞憂に過ぎなかったようだ。ほっ。
「あたし達があそこで会ったのは偶然なの? それとも知ってて、あんた参加してたの?」
「……知らなかった、偶然だよ」
朝凪が訝しげにこちらを凝視する。
「ふ~ん、でも、昨日の時点であんたはあたしのことクラスメートってわかってたわよね。じゃないと、あの時あのセリフ言わないわよね」
ここは知らなかったで通せそうもない。
「…………知ってた」
「ふ~ん、あの言葉を発することであたしに気づいてほしかったわけだ。でも、だったらなんで昨日そう言わなかったの?」
「なんでって言われても……僕のこと、朝凪さんは知らないだろうと思ったから」
それになんで僕はあの言葉を口走ったのだろう。自分でもまだわからない。僕は目立ちたくないはずなのに。
朝凪はひきつって苦い表情をした。図星みたいだ。
「ま、まあいいわ。それよりあんたのせいで恥ずかしい思いをさせられたのよねぇ……だからなにかで償ってもらわなくちゃいけないわ」
やっぱり根に持ってたか。ここはおそらくあれだろう。