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ばんだいしずく

 先頭はユウでそのあとミト、まひる、シズ、僕の順で下山を始め、中腹あたりまで来たときのことだった。

 僕のすぐ前を行く、シズがフラフラし始めたのだ。


「大丈夫シズ?」と声をかけた。シズは歩を止め、こちらに振り返り頷く、と同時に振り向いた方向に倒れそうになる。


「あっ」


 僕は咄嗟に腕を伸ばした。なんとか間に合って倒れるのは免れた。


「シズ大丈夫? シズ!」


 かなり息が荒いシズ。僕の呼びかけにも意識が朦朧としているのか返事がない。前を行く三人も異変に気づいて、すぐに駆け寄ってきた。


「どうしたのよ!」ミトが慌てた様子で言う。

「急に倒れそうになって……」

「とりあえずそこの木陰に休ませるき」


 みんなで協力してシズを移動させて寝かせる。シズはいまだに息が乱れ苦しそうだ。


「ちょっと早く馬面取らないと! 呼吸が苦しいわよ」

「そうですわ。早くお取りにならないと。わたくしはわが社専属のドクターヘリがこの辺りまで来れるか連絡取ってみますわ」


 まひるは携帯を片手に場を離れる。ドクターヘリまで備えているとは……さすが超セレブ! 

 こういう時は頼もしい! って感心してる場合じゃない!


 僕は馬面マスクを外しにかかるが、顔が見えそうになった時、手を止めてしまった。シズの了承なしに外していいものなのか……。こんな所まで来て、こんな状態になるまで外さなかった理由は相当根が深い気がしたのだ。


 僕のその行動にミトとユウが顔を見合わせる。


「白夜! なにしてんのよ??」

「……本当に……外してもいいのかな……」

「あんたこんな時に何言ってんのよ! 外さなくて取り返しがつかないことになったらどうすんのよ! こんなに苦しそうなのに……」

「部長殿、あねさんが言うちょることはもっともじゃき。どんな理由があろうとここは外すべきぜよ!」

「……そうか……そうだよな……シズごめん!」


 僕はシズの仮面を剥いだ。もともと雪を連想させるような白い肌なのだが、今は青白くなっている。無数の汗の水滴がより一層その苦しみの表情を際立たせている。


 この顔を見たとき、取って良かったと思った。取らなくて一大事になっていたら僕は絶対に後悔していただろう。


「……わかりましたの」


 電話を終えたまひるがこちらに歩み寄る。


「残念ながらこの辺りはヘリを着陸させるような所がないそうで、やっぱり下山するしかないですわ」


 そう言ってまひるはシズの苦しみ歪んだ顔を覗き込む。


まひるは絶句し、顔を硬直させた。僕はこの時のまひるの顔を一生忘れないだろう。


「どうしたの? まひる?」

「…………」

「アヒルなに突っ立てるのよ。 それならそうと早く出発して、病院に連れて行かないと悪化するだけよ」

「……この方のお名前はなんと申しますの?」

「はあ~こんな時になに言ってんのよ!」


 ミトがしかめ面で返した。


「早く!」


 鬼気迫る感じのまひる。


「早くって……シズじゃないの」


 ミトが若干気圧されて答える。


「そうではなくて」


晩代静空ばんだいしずくだよ」


 僕はフルネームで答えた。まひるが欲しかったのはこれだと思ったから……。


「……やっぱり……そうですのね……」


 まひるが小さく呟いた。


「シズさんは歩けそうにないから誰かがおぶらないといかんぜよ……」

「僕がやるよ」


 体力にはまったく自信はないけど、男は僕しかいない。


「いえ……わたくしがします」


 まひるは跪いて背中を差し出した。


 途中、何度か代わろうかと申し出たが、なぜかまひるは頑なにこばんだ。そのとき言った一言が僕の耳に残った。


「少しでも罪滅ぼしになるのなら……」



 下山すると、救急車がスタンバイされており、すぐさまシズを乗せて走り去っていった。

 響くサイレンが僕を不安の気持ちにさせる。それは部員全員が感じたことだと思う。


 僕らは走り去る救急車を見送ることしかできなかった……。

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