妹属性は夢幻の如く
先程、まひるに送ってもらった実家から歩いて10分程度で着く現在の自宅は出版社の勧めで借りた部屋だ。
仕事場としても使っている。借りた経緯というと静かな環境で誰にも邪魔されることなく執筆するためだ。
僕の作品が売れだしてくると出版社もその方が良いという判断で家賃は出版社もちで借りている。
親への了承も得ている。この話が出た時、うちの親は泣いて喜んでくれあっさり了承した。
なぜなら、父も母も友達ひとりもいない僕の行く末を案じてくれていた。部活もせず、学校から帰ったら部屋に籠る中学時代。
このコは社会に出てもやっていけるのだろうか、と。
親からしてみれば引きこもりにならなかっただけでも万々歳だったんだろう。だから、僕がラノベ作家で生計を立てれるかもしれないことになんの反対もしなかった。最高の環境で執筆できるならそれが一番良いという結論に至ったのだ。
広さは1LDKでこのマンションには暮らしていけるだけの生活必需品は揃っている。普通の一人暮らしには十分過ぎるくらいだ。
さてとやりますか!
僕はデスクの上のパソコンを開いた。部活中に考えていた展開をタイプしようとした時、「ピンポーン」チャイムが鳴った。
奴が来た……唯一、僕の執筆の邪魔をしていた存在……。
「はい」
インターホンに声をかける。
「持ってきてあげたわよ。早く開けてよね」
僕は自宅のドアを開けた。
「はあ~なんであたしが毎回毎回、あんたの夕飯持ってこないといけないわけ。兄貴が取りに来たらよくない?」
このうんざり顔のこいつは僕の妹の十六夜。年子だから年はたったひとつ違うだけだ。
ちなみに僕の通う鳳学園の一年生だ。僕と同じ学校に行くのは鬼のように嫌がっていたが、結局彼氏がそこに行くということで鳳学園を受けた。そのわりに今はそのときの彼氏ではなく、すでに他校の男子と付き合っているらしい。
「悪いな」
「ほんとそう! あたしだって忙しいのに! いまだって彼氏に会うの遅らせてわざわさ来たのよ。ママはいつまでも兄貴に甘いのよ!」
母には一応、こんな事しなくていいと言ったのだがそれでもいつも十六夜に運ばせる。まあ、こいつからしたらいい迷惑だろうけど。
「兄貴も家から出て行くんならもっと届けれないくらいに遠いところにしてくれたら良かったのに」
「前も言ったろ? 学校が近いし、父さんたちが目に届く範囲じゃないと許可が出なかったんだよ」
「やっと家の中にオタ臭がなくなったと思ったらなんでこんなオタ臭満載の家に毎日のようにご飯運ばなくちゃならないのよ。誰かに見られたら、ほんとどうしてくれるのよ」
いつの頃からかこいつは僕が根暗なオタク人間なのを恥じていた。自宅でも極力会話もせず、外(学校など)でも万が一出くわしたときには完全無視される。友達には兄なんていないとまで吹いていたことがあるくらいだ。
僕が家を出るまで家にも僕のオタグッズがあったから友達なんて一人も連れてきたことがなかった。僕のオタグッズを勝手に捨てたこともあった。
そう……こいつはミトと同じ超絶リア充なのだ。リア充特有の茶髪で、僕が言うのもなんだがそこそこ顔も整っている。
僕みたいなオタクといると自分の価値が下がると思っている世界で生きている奴なのだ。
「また母さんに言っとくよ」
「ん~」と言い、十六夜が手のひらを上に向けて手を差し伸べる。
僕はその手に五百円玉を渡す。これはこいつに請求される迷惑料兼ねての宅配料。最初に駄賃としてやったのが間違いだった。毎回、請求されるのだ。
「仕方ないわね、これでチャラにしてあげるわよ」
にやけながら十六夜はいつもと同じセリフを言った。こいつこの駄賃ほしさに来てる気もする……。
「でも、兄貴のオタク本が売れるなんてよくわかんない世界もあるものね」
十六夜はバカにしたような顔で言った。
「オタク業界、いやラノベ業界をなめるなよ! この市場はおまえが思ってるよりすごいんだぞ!」
「ほんとよくわかんない。あんないかにもっていう萌えキャラのなにがいいんだか。モテない奴の幻想よね。あたしのクラスにも兄貴のあの本持ってる男子いるし、典型的なオタだけど。堂々と持ってきてやがんの。まだエロ本の方がましだわ。ほんと引くわ~」
「それはなかなか勇気あるオタだぞ」
「ハア~! 意味わかんない。ただ、気持ち悪いだけだし」
本当に嫌そうな表情の十六夜。
「オタクっぽい人じゃなくても僕のラノベを好きで読んでいたり、フィギュアやグッズをコレクトしていたりするんだぞ」
「そんな人ほんとにいる? いたとしてもそれってムッツリスケベならぬムッツリオタクよね。あ~そういうのほんとキモ~い」
僕の周りには結構いるんですけど…… 。
「そういえばあたしのクラスの女の子に兄貴の本持ってるコいるわ。顔は純和風美人なのに」
「ほらいるじゃないか。オタクっぽくない人」
十六夜は憮然とした表情でなぜか首を振る。
「でも、やっぱり変わってるのよねえ。片目だけ青いの。あんな純日本人っぽいコがオッドアイなわけないから、カラコンで片目だけ青くしてるのよ。そのせいか誰も話しかけようとしないからクラスの中で浮いてるし。普通にしてたら可愛いのに……ほんっとオタクってやること意味わかんな~い」
十六夜はお手上げポーズをとった。
待てよ、片目だけ青いってそれって…………もしかして……。
急にどこからともなく今流行りのロックバンドの曲が流れた。
「あっ、やばっ!」
十六夜はスマホを取り出した。着信音だけで誰だかわかる設定をしているんだろう。
「ごめ~んねぇ~! すぐ行くから~」
僕には見せない甘え声でそう言いながら十六夜は足早に去っていった。
僕は、はあ~と大きく溜め息をついた。ラノベの世界なら妹属性があるだけで勝ち組確定なはずなのに。現実はそうはいかない。残念ながらあれは売れる為の幻想でしかない。しかし、相変わらずの自己中な奴だ。
さあ、頭を切り替えて部活中に閃いた構想を忘れないうちに執筆しなければ!
夕 飯はそのあとだ。
録り溜めしている深夜の放送のアニメも見ないといけないし、今日は忙しいぞ!
僕はデスクに向かった。




