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土佐弁のロリっ娘

 期末テストが終わり、夏休みがもうすぐやって来るということでリア充どもがうきうきになっているこの期間、僕は『カメショー』の執筆に追われていた。

 だから、なにかと理由をつけてここ三日ほど部室には顔を出していなかった。だけど今日は行かなければならない。

 ミトから直々に教室で誰にも気づかれないように、「今日は来なさいよ」とドス黒い声で囁かれ、鳳凰院の付き人黒子から鳳凰院の手紙(内容は他の二人が無視するから来てほしいとのこと)を渡され、シズに至っては「わが右腕の汝が来なければ部室は混沌の闇に包まれ、暗黒の世界をわれは永遠に徘徊してしまうのだ」とわざわざ教室まで言いに来る始末。そのシズの奇行のせいで少しばかりクラスの目を惹いてしまった。傍目から見ると黙っていれば純和風美少女といっても過言ではないシズが僕なんかに話しかけに来たってことで注目を浴びてしまったのだ。


 もう! 目立ちたくないのに!  


 こうして各々いろんな形で僕を勧誘しにきた。どうやら部室に顔を出さないで済むのは三日が限度ということがわかった。そんなわけで久々に部室の扉を開いた。


「のこのこやって来たわね」「わが右腕、待ちわびたぞ」

 といつもの仮面を被った二人が言葉を発した。


「ごめん、なかなか来れなくて」

「ふん、仕方ないわね。病院とか家の用事ならね」

「部長、お気になさらず」


 そう言うわりには二人ともかなり強引な誘いだったけど……。ミトが言う病院は本当だ……歯医者だけど……家の用事は『カメショー』の執筆なんだけどね。

なにかしら理由をつけないと休めそうになかったし。そういえば、一人姿が見えない。


「鳳凰院さんは?」


 二人とも「知らない」と言わんばかりに白々しく首を傾げた。


「と、いうより元々三人の部活じゃなかったかしら」

「そうだぞ、わが右腕。なにを言っておるのだ」


 おいおいこの二人、鳳凰院のことを記憶からなかったことにしようとしているぞ。

 女子ってこわい……背中に一瞬冷たいものが走った。手紙にもあったように無視されすぎて、さすがの彼女も心が折れてしまったんだろうか。


「そんなことより、早くあたしの力作に目を通してよ。あんたが来なかった間に書き溜めたんだから」

「部長、私のもよろしくお願いします」


 二人とも鳳凰院がいないことはまったくもって気に留めていない。

 まあ、手紙もくれたしそのうち来ると思うけど……。

 僕の心配をよそに平常どおり部活動が進む。二人は執筆、僕は読書と脳内カメショー構想と二人へのアドバイス。


 1時間くらい経ったとき、コンコンと部室の扉がノックされた。僕らは三人で顔を見合わせる。

 鳳凰院だったらノックなんかしないだろうし、誰だろう? 

 ミトが僕に顎で合図する。開けに行けということらしい。


 扉を開けると目の前にというか目下に一人の少女がいた。


 黒髪を後ろで結わえており、センター分けをしている。毛先はパーマの名残なのか縮れている。それよりも一番印象的なのは背が低いということだ。顔も幼い。成長したら美人にはなりそうな造りだが。下手したら小学生でも通りそうな身長と童顔。そんな彼女の穢れがない瞳はまっすぐ僕を見据えている。

 そんな目で僕を見ないでください。オタには眩しすぎます。


「失礼するき」


 少女は部室に足を踏み入れた。


「入部させてつかあさい!」


 突然の大きな声、その勢いに僕はたじろぐ。


「……えっと、あの……」


 強い意志を帯びた眼光。僕はその目にいたたまれなくなって、背後にいるミトに視線を送り、ヘルプを求めた。

 ミトは一度溜息をして『しょうがないわね』という表情をした。


「あんた年齢は? 中等部のコじゃないの?」


 まあ、そこは確認事項だよな。


「違うき! 15歳の高一じゃき」


 そう言われても見えないんですけど。


「あんた入部したいの?」

「したいぜよ!」


 彼女は先ほどより強い口調で言った。


「ここがどういう所なのかわかってるの?」

「当たり前じゃき。ラノベについて語らい、拡めて、書くところじゃき」


 ニヤリと笑い、なぜかドヤ顔のロリ顏女子。チラシのキャッチコピーそのままだけど……。


「掲示板に貼ってるユナイのポスターを見てビビッときたんぜよ。初めて黒船をこの眼にしたときのようにの。わしが所属するにはここしかないきに。この現代の海援隊で一旗あげるき!」


 彼女は拳を高く突き出す。


「ユナイを知ってるってことは『カメショー』、好きなの?」

「げにまっこと素晴らしい作品じゃき! 『カメショー』に出会ったとき、わしの中で明治維新並みの革命だったき! あれを書いてるクラマ先生は勝先生に匹敵するくらい、尊敬

してるきに!」


 例えがすべて幕末~明治だな。どうやら幕末の英雄、坂本竜馬のフリークというか坂本竜馬に彼女はなりきっているのか、はたまた崇拝しているのか。とりあえず坂本竜馬をリスペクトしていることだけはひしひしと伝わってくる。それにしても幕末的表現で評価されたのは初めてだな。


 スケールでかっ!


「部長、なんか変わったコですね」


 シズが小声で言う。


 確かにそうだけど、シズも負けてないと思うということは置いておこう。


「カメショーが好きなところは印象がいいわね」

「では、これを」


 彼女が入部届をミトに差し出す。


「遅ればせながらわしの名前は坂本夕陽さかもと ゆうひと申す。以後、ユウと呼んでつかあさい。出身は土佐、齢15の高校一年。先日、親の勧めでこの学園に転校してきたきに」


 転校生だったのか。もう一学期が終わるこの時期に転校なんて珍しいような気がする。普通、夏休み後のような……それに本当にJKだったのか。いまだに疑わしい。


 ミトは怪訝な顔をして、


「あんた、ラノベは書いたことあんの?」

「恥かしながら時代物小説しかないきに。ちなみに愛読書は司馬遼太郎先生の竜馬がゆくと燃えよ剣ぜよ、それともちろん『カメショー』じゃき」


 根っからの歴女、いや幕女だな。しかし、時代物を書けるんだ。機会があれば一度読んでみたい気もするな。


「どこでラノベをというか『カメショー』を読む機会があったの? あんたのその幕末オンリーからは想像できないけど……」

「こげんとこに引っ越してきて、いとまがあったきに書店に寄ってみると、ラノベコーナーというものがあったんぜよ。その店が推していた『仮面少女の正体は妹』を手に取ったんぜよ。それはげにまっこと冒頭だけで凄まじい衝撃を受けてしもうたきに。その日のうちに一気に全巻読破してしまったんぜよ。それからというもの他のラノベを読んでみたが、『カメショー』は群を抜いて面白かったき。『カメショー』との出会いはまさに文明開化の音がしたんぜよ」


 文明開化は竜馬死後のことだぞ……。


「それまでラノベを読んだことなかったの?」

「残念ながら土佐には売ってなかったきに」

「ふーん」

「いやいや、売ってるだろ!」


 ついツッコミを入れてしまった。だが、ふーん、で過ごすミトもおかしいぞ。


「わしが幼少のときから贔屓にしていた桂歴史古本店にはなかったんぜよ」


 名前から察するに普通の書店ではなく、歴史書などを扱う古本店だろそれ。


「そりゃないよね……はは」


 僕の顔がひきつる。

「ラノベに感銘を受けたのはわかったけど、時代物を書きたいなら文芸部とかの方がいいんじゃないのかな?」


 僕は疑問をぶつけた。


「白夜あんたバカなの?」


 ミトは眉間に皺を寄せて言った。


「このコがここに来たってことはラノベを書きたいからに決まってるじゃない。おそらく、時代物にラノベの要素を取り入れたものを書くつもりだと思うけど、違う?」

そうか、確かにそういうラノベも結構出版されているな。

「ご推察通りじゃき。おまん名前はなんと言うぜよ?」

「二年の朝凪認世よ」

「失礼、年上だったき。それではあねさんと呼ばせてもらうきに。素晴らしいご明察であったぜよ。あねさん!」

「まあいいけど、あねさんってちょっとヤクザっぽいわね」


 そう言いながらも満更でもない様子のミト。


 そのときガラっという、わりと大きい音ともに扉が開いた。

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