容赦ない構図がここにある
暖炉が設置完了した翌日。
部室に入ると、
「あんたのせいで三日も部室が使えなかったじゃない」
「わたくしは望みを早々に叶えてあげただけですわ」
SM仮面とお嬢様、二人のやり合いが展開されていた。シズは静観している。シズがいつもと違うのは馬面を被っていることだ。
「っつーかあんたの入部許可、取り消しって言ったでしょ! なんであんた堂々と部室にいるのよ!」
「貴女がそう仰られる前に部長に入部届けを提出して、顧問にもつつがなく受理されましたわ。フフフ、時すでに遅しですわ」
ミトが僕にキッと怒りの視線を飛ばす。
「びゃくや~」
「まあそんなに怒らなくても……抑えて抑えて」
僕は手で抑えるジェスチャーをした。
鳳凰院はニヤリと勝者の笑みを浮かべた。
彼女は初めて部室に来た翌日、入部届を僕が昼休み図書館にいるときを狙って渡しに来た。
たぶん、黒子に僕の居場所をつきとめさせていたんだろう。なぜならその日は誰かの視線をやたら感じていたからだ。普段誰からも注目されないから僅かでもそういう変化には敏感なのだ。長年培ってきたぼっち特性ともいうべきものだ。
敏感スキルはその辺の奴には負けないぜ!
「皆さん、これを存知あげているかしら?」
鳳凰院は一冊のラノベを紹介するように掲げた。
「わたくし、あれからありとあらゆるラノベを寝る間も惜しんで読破しましたの。そして、ラノベの真髄ともいうべきこの作品に出会いましたの」
ミトもシズもすでに執筆に取りかかっている。二人とも、うんともすんとも答えない。聞く耳すらもっていないようだ。その様子を見て、鳳凰院は一瞬口をの端をひくつかせたがおかまいなしに続けることにした。
「このラノベはわたくしのラノベ観を根底から変えてくれましたの。いえ、文学史の歴史に刻まれておかしくない小説ですわ」
「……それは同感ね」
「それだけはシンクロしてもよいの」
二人ともちゃんと聞いていたのね。ここまで褒められるとなんだか怖いくらいだ。なぜかというと鳳凰院が掲げているラノベこそ、僕の執筆している『カメショー』だからだ。
「貴女達存知申しあげていたのですわね」
「当たり前でしょ! 『カメショー』を知らずしてラノベは語れないわよ」
「うむその通り」
「わたくしは必ずこれを超える作品を書いてみせますわ」
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね~」とバカにした口調のミト。
「ふん、戯言を言いよるのう」と鼻で笑うシズ。
二人は鳳凰院のほうを見向きもせず言った。
まあ確かにその作品を超えるものを書けたらこの部のトップにはなるわけだよな……。
「あ、貴女達みておきなさいですわ。いまにそんな態度取れなくしてさしあげますわ」
鳳凰院は悔しそうな表情を露にした。
「…………」「…………」
パソコンのキーボードをカタカタとタイプする音だけが室内に響く。二人はガン無視して執筆を続けている。
鳳凰院はますます、キ~と悔しそうな表情をして顔を紅潮させた。おそらく、このお嬢様、人に小バカにされたことなんてないんだろうな。
「鳳凰院さんはどんな作品を書くつもりなの?」
僕は話題を変えてやることにした。
「……わたくしは全知全能でありますゆえ、どのようなジャンルも書けますのよ」
この前から思っていたけど、このコ、人の質問に対して答えずにとりあえず自慢する傾向があるよな。
横からミトが口を出す。
「じゃあ、財閥出の金の亡者で世間を知らないお嬢様が学校で生徒会長をしているけど、生徒から嫌われてることも知らずに財閥自体が衰退して、誰も助けてくれずどん底人生を歩むしかなくなって体を売るしかなくなって、最期は性病にかかってアへ顔でくたばるっていう物語でも書いたらどう?」
「そんな変な設定のは書きたくないですの」
鳳凰院は自分のことが題材にされていることに気づいてないようだってか気づけよ!
「えっ、なんでも書けるんじゃなかったの? それともやっぱり口だけなの?」
「ち、違いますわよ」
ミトがさらに煽る。
「それなら書けるわよね。あ~ちなみに部活でトップになり損ねて人生転落っていうサクセスストーリーも付け加えておいてね。よろしく!」
それはサクセスとは言いませんが。
「わかりましたわ……」
鳳凰院はそう言って、なにかが引っかかるのか険しい表情をしたあとハッとした。
「それってもしかしてわたくしのことをバカにしてますの!?」
気づくの遅すぎ……。
「あっ、バレた」
「貴女、このわたくしを愚弄するとはいい度胸ですわね! 退学にでもしてさしあげますわよ!」
「ハァ~出た出た。ホントにいるんだ」
ミトはうんざりした顔で、
「なんでかなあ、生まれながらの権力者ってすぐに力をチラつかせるわね。ジャンル問わず、あらゆる創作小説であんたみたいなキャラっているのよね~。それが自分の実力ではなく、ただそこに生まれただけってわかっていないのが痛々しいのよね~」
ミトは冷たい視線を送った。鳳凰院はたじろぐ。
「いやあ、しかし現実にあんたみたいなのっているんだぁ」
もう一回言っちゃうんだ。ミトは氷のような冷たい視線から哀れみ帯びた視線に変えた。
「そんな……わたくし自身完璧な人間ですわ!」
強がってはいるが、声にどこか怯えが入っている。
「だったら、あんたねぇ、学校では生徒会長で一番偉いかもしんないけど、ここでは一番下っ端であたしのほうが先輩なんだから完璧人間って言うならもっと目上の人を敬いなさいよ」
「うぐ……」
鳳凰院は口をつぐんだ。
「完璧人間はモラルというものを持ち合わせてないのかしら?」
「……ありますわよ」
「じゃあ、よろしく!!」
口論バトル、勝者……ミト。
「うぐ……」
超エリートを丸め込む一般の生徒の構図がここにある。
ミトは悪そうな笑みを浮かべて執筆に戻った。
鳳凰院はやるせない表情をむき出しにしてパソコンをタイプし始めた。
それからしばらくして、鳳凰院は執筆作業を止めて、
「そういえば部長さんのレベルはわかりましたけれども、貴女がた二人の作品を読ませていただいておりませんわよ」
部室は静まり返っている。誰も反応しない。ミトとシズのパソコンがタイプされる音だけが部室を支配している。僕はその様子を読んでいたラノベから目を離して横目で傍観している。
この二人、今日は絶妙なコンビネーションだな。共通の敵がいるとこんなにも協調性が磨かれるものなのか。僕のガラスのハートならここでジ・エンドだがそこは鳳凰院。
「ちょっと聞いてますの! 貴女がたの作品を読んでませんって言ってますの!」
仮面少女達はなにも聞こえてないが如く、パソコンをタイプする。まあ~いわゆる無視というやつだ。
「読んでさしあげますから作品をお出しになりなさい」
「ちっ」
ミトが舌打ちをした。
このままでは事態の収拾がつかなくなると思い「二人とも見せてあげたらどうかな?」僕の問いかけにミトはこちらを睨む。怖い……。
「……嫌よ。なんであたしがバカお嬢様にあたしの魂とも呼べる作品を見せなきゃなんないのよ」
ミトが見せたくないのは違う理由な気もするが。
「シズはどうかな?」
「……わが右腕の頼みでもそれはできかねる……」
「さては貴女がた大した作品ではございませんわね」
鳳凰院はニヤリした。
「そんなことないよ、ねっシズ」
ミトは置いといて、シズの今のレベルはこないだの鳳凰院より良作のはず。
「それならば見せてごらんなさいよ」
「貴様のような路傍の石ころに見せるものなどないわ!」
「キ~この馬面はなんですの!」
しかし、なんでシズまで鳳凰院をここまで毛嫌いするんだろう。そういえば鳳凰院が部室にやってきたときから急に馬面被りだしたよな。なにか顔を見られたらまずいことでもあるのかな。
「あんたうるさいわよ! 執筆中なんだから静かにしなさいよ。 アイデアがまとまらないじゃない」
ミトは強い口調で注意する。
「ぐっ……」
鳳凰院は悔しそうに涙目になった。ある意味、2対1。
1対1でも互角以下なのにこれはちょっと可哀想な気もする。
「……参考にするくらいなんだから見せてあげるくらい、いいんじゃないのかな」
ミトが冷たい視線で僕を睨む。今日は何回目だろう、睨まれたの……。
「あんたやけにバカお嬢様の肩もつじゃない」
「そういうわけじゃ……」
「さてはその無駄にでかい乳に汚染されたわね」
「わたくしの神聖なるこの胸は無駄ではないですわ!」
鳳凰院はそのはちきれんばかりの巨乳に手を当てて言った。手がその弾力で押し返される。
二次元以外で初めて目撃した生バイ~ン!
「じゃあ、その無意味な乳、何のためにあるのよ?」
「もちろん、殿方を魅了するためですわ」
「なに、あんた風俗嬢やAV女優にでもなるつもりなんだ~」
鳳凰院は顔を赤らめて、
「そそそそそんなものなるわけないですわ! ああああなたハレンチですわね!」
「いいじゃない? 社長令嬢もので売り出したら人気出るわよ~。ほらちょっと想像してみてよ」
女子高生がAVネタって……リア充JK朝凪認世おそるべし!
「な、な、なにを言ってますの! そんな……もの……には……」
あれ!? まさか想像してる!? ってかその恥ずかしそうな顔、絶対頭に浮かんでるよね!?
「あっ、でも巨乳ってかわいそうよねぇ~、見るに耐えないくらい垂れ下がっていく一方ですもんねぇ」
「失礼な! 垂れてなどいないですわ! わたくしのは貴女がたのような貧弱な胸と違って張りとボリュームがあって形も素晴らしいですの」
「あたしのは貧弱じゃないわよ! 一般男子が好む下品じゃない大きさと形と張りをもった美乳よ!」
「では、わたくしと勝負してごらんなさいよ」
鳳凰院は勝てる自信があるのだろう、余裕の笑みを浮かべた。
「や、やってやろうじゃないの!」
まんまとミトは挑発にのった。
こうしてミトVS鳳凰院のおっぱい対決が勃発した。




