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「でも、ありがと」

「や、やあワールドちゃん」


 少しとぼけたような口調のスバル。


「二人は知り合いなの?」

「知り合いもなにも……こいつは……」


 僕の質問にはっきり答えず、ミトはスバルをジト目で睨む。よく考えてみるとオフ会に以前から所属している二人だから知り合いなのは当然だよな。


「ふん、逆にまあいいわ」


 逆? 逆ってどういう意味なんだろう。ミトはなにかを企んだような不気味な笑みを浮かべた。またよからぬことを考えているなこいつ。


 ミケさんは周りを見渡して、


「よし! グループ決まったみたいなので今からスタートします。制限時間は30分です。もちろんですが、スマホなどで調べるのはなしですよー!自分の脳内にいるイタコを描いてください。じゃあ、頑張って協力して素晴らしいイタコのイラストを発表してくださーい!」


 それぞれのグループがイタコの描写に取りかかる。


「どうします?」とスバル。

「とりあえず、ひとりひとり描いてみて、一番似てると思うイタコに意見を出し合って完璧に近づけていこうか」とミケさんが提案した。


 みんなその案に賛成した。そして、15分後。


「じゃあ、みんなそろそろいいかい? 僕から出すよ」


 ミケさんが自分のイタコを披露した。


「うわっ! うまいですね! さすがミケさん!」とスバルが感心した。

「確かにうまいわね」とミト。

「かなり似てますね」


 僕も賞賛した。これでイケると思うくらいのイタコだ。


「そうかなあ、みんなの見せてよ」


 言葉とは裏腹にミケさんが自信ありげに言った。


 続いてスバルとミトが披露する。スバルのはミケさんほどとはいかないがそこそこ似ていた。ミトのは論外もいいところで、これ誰って感じの似ても似つかないイタコだ。イタコの武器である木刀だけがかろうじてイタコをあらわしている。


 絶対やる気なかっただろ。  


 最後に僕も披露する。


「うぉ!」


 スバルが驚きの声をあげた。


「……ヤシロくん! これはすごいよ。このシーン、完璧に本の挿絵と一緒だよ! 見ながら模写してもこんなにそっくり描けるかどうか……すごいよ!」と興奮気味のミケさん。


 ミトはしてやったりのドヤ顔で僕のイタコをみつめている。

 僕が描いたイタコは『カメショー』最新刊でイタコが霊神阿修羅閃光斬を繰り出している挿絵のシーンだ。このシーンは何度もスピカ先生と話し合って描いてもらったシーンだ。僕のお気に入りのシーンでもある。このイラストだけはくっきりと頭の中に焼きついている。


「これ、もう弄るとこないですよ」

「そうだね、ヤシロくんのイタコへの想い入れが伝わってくるね」

「あんたやるじゃない! これでいきましょ!」


 三人が納得して僕らのグループは僕の描いたイタコで勝負することに決まった。

 投票の仕方は一人一票で自分のグループの作品以外に投票する方式。


 ………………で結果はミトの思惑どおり僕らのグループが圧倒的票数を獲得して勝利した。だけど……ここからミトの企みは誤算を生じた。


 優勝発表のあとミケさんがマイクを通して、


「僕、個人的にこの素晴らしいイタコを描いたヤシロくんにこのカレンダーを贈呈したいと思います。みんな賛成してくれるかな?」

「いいともー!」


 終了したお昼の某人気番組のように全員が声を揃えた。いや、違う……正確には一人だけ驚愕の表情で口をあんぐり開けている女の子がいることを僕は見逃さなかった。



 帰り道、僕は行きと同じように電車に揺られていた。右手には贈呈されたカレンダーが入った紙袋。自分のサインが入ったカレンダーを持っている自分が変な感じだ。


 しかし、重苦しい……ずーんと重苦しい空気がこの車両には漂っている。その原因は同じ車両に乗っている朝凪認世。当然、僕から離れた場所に座っているが、空気の重さが半端ない。ここは精神と時の部屋なのか……。


 だってあの状況受け取るしかなかったんだよ。みんなが拍手してくれてミケさんにああいう風にもっていかれたら僕には成す術なしだったんだよ。あそこで断ったら空気読めない奴になってしまうし……。

 ミトは放心状態で時折視線を飛ばす。やめてくれよ、その魚の死んだような目……睨まれるより辛いものある。凄まじいプレッシャーを感じる。落胆しすぎて彼女はニュータイプに覚醒したのかもしれない。

 ミトは立ち上がり、ゾンビのような重い足取りで電車から降りた。どうやらここが最寄りの駅らしい。僕の最寄り駅は次だが彼女のあとを追った。


「ミト!」

 怒られる覚悟で声をかけた。ミトが振り向く。


「なによ! こんな不特定多数がいるところで呼ばないでよ。学校のコにでも見られたらあんたと知り合いだと思われるじゃない! 今日は仮面をつけてないのよ」

「ごめん……だけど……これあげるよ」


 僕は紙袋を差しだした。ミトは手を途中まで差し伸べたが止める。


「……別にいいわよ! あんたがミケさんからもらったんだから」


 そう言いながらもすごく物欲しそうな表情はしている。


 やっぱりこうなるか、素直じゃない奴……僕に貸しを作ったりするのも嫌なのかもしれない。まあ、それが朝凪認世なんだが……仕方ない、とりあえず受け取りやすいように電車で考案した作戦を決行する。


 作戦1……おだてる。


「でも、ミトが今日誘ってくれたからこれもらえたし」

「ま、まあそうだけど」

「ミトが声をかけてくれたからぼっちにならずに済んだし」

「まあ、そうよね」

「ミトと同じグループになったから僕の絵が認められたし、他のグループだったら僕は描いてなかったかもしれないし」

「まあ、そうかもね」

「ミトのおかげで今日は楽しく過ごせたし」


 そう、これは本当だ。なんのしがらみもなくいろんな人と話せたり、ああやってグループになって何かをしたり、絵の発表のあと、たくさんの人が褒めてくれたり(仕事以外で)っていうのは今まで味わったことのない楽しさだった。ミトが来るように命令してくれたからだ。


「まあ、その通りね」

「だから……これあげるよ」


 ミトは紙袋に手を伸ばしたが寸でのところでまた引っ込めた。


「あんたがせっかくミケさんやみんなから認められてもらったんだからやっぱりいいわ」  


 僕は単純にびっくりした。ミトにしては正当な断り方に、だ。ミトもこんな気遣いできるんだ。てっきり、「当たり前よ」とでも言って、当然の如く、受け取ると思っていた。そのための作戦1だったのだが。


 う~ん、どうしようか……やはりこれしかないな。まさかこうなる確率は低いと思っていたけど、一応考えといて良かった。作戦2決行だ!


「……僕、実はこれ持ってるんだ」

「えっ!?」


 ミトは目を見開いて驚く。


「ウソ、ホントに? 超レア物よ。この世に三つしか存在しない限定物よ。あんたも当たったっていうの? あたし、あんなに応募したのに……」

「うん、なんかああいう雰囲気だったから持ってるって言いにくくて……はは」

「はは、じゃないわよ! それなら早くそう言ってよ。あいっかわらずトロいわね!」

「だから、今日は感謝の意を込めて受け取ってよ」

「まあ、それならもらってあげてもいいわ」


 ミトは内心は嬉しいんだろう、顔を綻ばせながら受け取った。


「……ミケさんやみんなには内緒ね」


 ミトは人差し指を口元に当ててそう言った。


「うん」


 ミトの性格を知ってるみんなは僕から奪い取ったと思われるかもしれないからな。次の電車がやってきた。


「じゃあ、また明日部活で」

「用が済んだんなら早く帰りなさいよ」


 なんだよ、その言い方……僕は電車に乗ろうとする。


「でも、ありがと……」

「えっ、なんて」


 電車の到着で駅のホームが騒がしくはっきり聞こえなかったというのもあるが、ミトが信じがたい言葉を発したので、もう一度聞きたくて聞き返した。


「なんにもないわよ、バカ! 早く乗りなさいよ!」


 ミトは頬を赤らめて出口の階段へと走っていった。

 僕は電車に乗り込み、ひと駅電車に揺られながら今日の楽しかったことを反芻した。

 特に最後のミトの「ありがと」って言ったときの表情が頭の中から離れなかった。


 このあと、数日間ミトの機嫌が良かったことは言うまでもない。シズは不思議がっていたけど……。

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