金の力は偉大なり
梅雨真っ盛りの部室にて。僕たちはいつものように部活動をしていた。いつものようにっていうのはミトとシズは執筆を、僕は彼女たちに指導とアドバイス、それに空いた時間で『カメショー』を脳内構想することだ。ふと手を休めたミトがイラついた声を出す。
「あ~~なんかジメジメしてはかどらない!」
「まっ、梅雨だからね」「梅雨ですからね~」
「そんなのわかってるわよ! 年中ナメクジのようにジメジメしているあんた達とあたしを一緒にしないでよ!」
SM仮面をもぎ取って床に投げつける。やけに疳に障ったようだ。だけど、ここで意見言うとよけいにイラつきそうなので僕は口を紡ぐのだ。
シズも近頃はミトの性格がわかってきたのか以前のようにすぐに碧眼モードで言い争ったりしなくなった。
「この部室って元々会議室だったわりには空調設備がまったくないですね」
シズが口を尖らせた。
「ホントよ! この学園ってお金ありそうに見えて意外にないのかしら。校門のところの創設者かなんか知らないけど、訳のわからない銅像建てるくらいならこの学園自体ドームで囲って年中過ごしやすいように空調設備を入れてほしいくらいだわ」
さも当然の顔をするミト。それはお金かかりすぎるというか、荒廃した町を大気汚染から守るシェルターレベルだろ。
「古くからある学校だからね。この校舎自体明治時代くらいにできたのを何度も改装して存続してたらしいよ。だけど二年前に今の新校舎を造ったから用済みになったこの校舎は縮小リノベーションして部室用にしてるみたいだよ」
「そうなのですね。部長、お詳しいですね」と感心した様子でシズが言った。
「ホントどうでもいいことに関しては無駄に物知りなのね」
ミトはあきれた様子。
この二人、入学した当時の部活説明のときまったく聞いてなかったな。まあ、僕みたいに学校の歴史に興味をもつ生徒のほうが珍しいかもしれないけど。
「そんなことより白夜、あんた部長なんだから部員が快適に過ごせるように部室にエアコンを取り付けるように学校側に要求してよ。こんなの夏や冬がやってきたら熱中症になったり凍死してしまうわよ」
熱中症は昨今の夏の暑さを考えればわかるけど、凍死は言いすぎだろ。しかも……こういうときだけ部長と言われるこの始末。
「学校側って誰にお願いしたらいいの?」
「そんなの知らないわよ」
「生徒会とかではないでしょうか?」
「生徒会……無理無理無理無理無理無理! 交渉事なんて僕にできるわけないよ!」
「あんたこういうときくらい役に立たないとただの変態キモオタメガネザルよ」
ミトは見下した目をして言った。毎度おなじみの毒説だな。
「じゃあ、あたし帰るわね」
「えっ帰るの?」
「こんな密林湿地帯にいたらいいアイデアも浮かばないし、頭もどうにかなりそうだし、バイトにでも行って快適に過ごしやすい場所に行くほうがよっぽどいいわよ。じゃあ、白夜空調の件よろしくね!」
ミトはそう言い残して部室を出ていった。相変わらずの自己中……おいおい「よろしくね!」って言われても無理なんですけど……僕はシズに視線を飛ばした。
「部長! 頑張ってください!」
両手でガッツポーズを作るシズ。
「シズも一緒に生徒会室に……どう?」
シズは目を泳がせてから右目を閉じた。
「わ、われはこの城を仕切る者たちとはいにしえより対立しておるのでな。奴らに嘆願するなぞこの身が裂けてもできないのだ」
遠まわしに行きたくないってことなんだろうが、よくわからないことを言うな。この城っていうのは学校のことなんだろうけど仕切る者って生徒会のことなんだろうか?
「それってどういうこと?」
シズは冷や汗をたらたら流す。
「わわわわれは今宵は野暮用があるのでわが城に戻らねばならぬゆえ、さらばだわが右腕」
シズは慌てて執筆用のパソコンを片付けて出ていった。なんかまずった質問だったのか。それにしても結局僕一人かよ……僕にとってはSランク級のミッションだよ。
はあ~どうしよ……このまま何もしないで帰ったらミトにどやされるだろうし……一人で生徒会室に行く勇気なんてこれっぽっちもないし……僕は『カメショー』の執筆を忘れるくらい悩んだ。そして、悩み抜いた末、ひとつの名案にたどり着いたのだった。
次の日、「これどうしたの?」部室に入るなり、ある二つのダンボールを指差してミトが尋ねてきた。シズも執筆の手を止めてこちらに目を移す。
ダンボールの中身は最新式の除湿機とこれまた最新式の冷風機だ。僕はあらかじめ用意いておいた回答を口にする。
「昨日、生徒会長と交渉した結果、エアコンは室外機を取り付けるのは難しいからこれならいいということで買ってきた除湿機と冷風機だよ」
「お金はどうしたのよ?」
ミトが不思議そうな顔をする。
「部活動費として出してもらったよ」
「そうなんだ。よく新設したばかりの部にだしてくれたわね」
「うん……まあ……」
「さすが部長です!」
シズがいつもの崇め言葉を発した。
「新設だから無理だと思ってたのに……」
えっそうなの? それなのに僕に無理難題押し付けて帰ったのかよ!
「白夜のくせになかなかやるじゃない! 今回は素直に褒めてあげるわ」
そりゃどうも。
「ところで部長、さすがなのですが、どのようにしてあの女から活動費を引っ張りだしたのですか?」
あの女? そういえば生徒会長って女だったな。しかも確か一年生だ。四月に入学したばかりの一年が生徒会長って普通に考えるとおかしいけど、この学園の理事長の親戚かなんかだから異例で生徒会長に抜擢されている。
僕らの鳳学園は中等部と高等部があって、各学年にひとクラスだけエリートクラスというものがある。そこを卒業した者はあらゆる政財界に通ずるらしい。この学園の理事長が著名な財界人でもあるからだろう。
いわゆるそういったエリートやセレブの肩書きを持った人たちのクラスがエリートクラスなのだ。エリートは生まれながらにしてエリートの道を歩むということだ。
むろん、生徒会長はエリート中の超エリートだ。エリートは校舎も僕ら一般の生徒とは別で、基本的に学園のイベント以外では彼らをお目にかかれない。シズはそんなエリートの女の子と知り合いなんだろうか。
「シズは知ってるの? 生徒会長のこと」
「し、知りませんよ」
シズは視線を合わさず言った。そのとぼけ方怪しすぎるんですけど。うまいとは言えないポーカーフェイス。気になるが、今日のところはこれ以上ツッコんでこちらも深く訊かれても困るので深追いはやめておこう。
「普通に交渉しただけだよ」
「そうなのですね……」
「そんなことより早く開けなさいよ。相変わらずトロいわね」
僕はダンボールから二つの機械を取り出して、説明書を読み始めた。するとミトはスイッチをオンした。
「ほんとトロいわね。トロい仕事は誰にでもできるのよ。こんなのさっさとボタンを押せばいいのよ」
じゃあ、初めから自分でやってくれよ。爽やかな気候がジメジメした部屋を支配していく。
「これで快適に執筆作業に入れるわね」
ミトは上機嫌になった。
「なんという心地よい風だ。魔界にいたあの頃を思い出す」と碧眼シズ。
魔界って気候良いんだ……。
まあなんにしても二人が喜んでくれてよかった。
種を明かすと、実はこの二つの家電、昨日二人が帰ったあとに僕は急いで近くの家電量販店に買いに走ったのだ。それを一人で二回往復してこっそりこの部屋に運んだ。オタの僕にとってそれは凄まじい運動だったのは言うまでもないだろう。
もちろん、生徒会室には行ってないし、そもそもシズの言うあの女(生徒会長)とも話していない。
生徒会と、いや誰かと交渉するなんて僕にとって絶対クリアーできない無理ゲーをクリアーするより遥かに無理ゲーなのだ。
このリアル無理ゲーをクリアーするにはお金で解決するしかない。幸い今の僕には普通の高校生がアルバイトするよりかは収入がある。
そうカメショーの印税だ。
この現況を乗り切るにはこれを使うしか方法がなかった。今回は金の力で危機を脱してやったぜ! ありがとう! お金! 売れてくれてありがとう! カメショー!
この二人が僕のウソを知ることはないだろう。われながらナイスな名案だった。
しかし、このウソがバレかけることをこの時の僕はまだ知る由もなかった。




