胸の魔力
翌日、部活に向かう途中「わが右腕」という声と共に僕の腕に晩代が自分の腕を絡ませてきた。
僕はドキッとした。
女の子に腕を組まれるなんて人生初体験。第一印象は静かな真面目タイプだと思っていた(碧眼モードは別)が、こんな肉食系の一面もあったのか。それとも碧眼モードだとその辺りは緩いのかな。
「部長、そろそろ私の作品を描いていただける心変わりはしましたか?」
碧眼モード解除で上目遣いの晩代。うっ、かわいい、見惚れてしまう。
この角度と距離で三次元の女の子を見ることができる日が来るなんて幸せすぎなんですけど。
「わが右腕、顔が赤くなっておるぞ。熱でもあるのではないか?」
緊張と恥ずかしさからつい舞い上がってしまっていたようだ。
「だ、大丈夫だよ」
「それなら良いが、そろそろわが暗黒魔法の呪文を図式にしてみてはくれまいか?」
晩代はニヤリとする。作画しろってことね……。
碧眼モードでさらなる上目遣いでギュッと腕を絡みつかせる。
僕は恥ずかしくて目を背けた。同時になにか柔らかい感触が肘から上腕にかけて感じる。
これは……まさか……まさかあれなのか!?
「ほら、どうだ? わが右腕。これでも『うん』と言わないか?」
さらに胸を押し当ててくる。柔らかい感触が増す。その感触はありきたりだが、マシュマロをイメージさせる。
女性にしかついていないあの神秘の二つの丘。着痩せするタイプなのか見た目以上に大きいみたいだ。
これがリアルおっぱいなのか。
晩代の手に堕ちそうになる僕……ダメだ正気を保たなくては。なんとか持ち直して晩代に目を移す。
碧眼モードでいじらしい顔をしている。
くそっ!
女性耐性防御力ゼロの僕には成す術がない。このまま彼女の手に堕ちてしまいそうだ。
「か……き……ま……」
晩代の術中に堕ちる寸前、ミトが冷ややかな視線を僕に浴びせながら横を通り過ぎていった。
僕はわれに返った。
晩代の絡みつく腕を払い、「せん!」
「ちっ」と晩代から舌打ちが聞こえた。
「ほら、ミトも行ったし、早く部室に行くよ」
「……うむ」
つまらなそうに晩代は了承した。僕たちはミトのあとを追うように部室に向かう。
ちょっともったいなかったな。柔らかくて、弾力があって永遠に味わっていたい感触だった。
しかし、リア充カップル共は日常茶飯事的にあんなシチュエーションがあるんだろうか。なんとも羨ましい限りだ。
そんな風なことを考えていると、晩代が突然立ち止まって、尋ねてきた。
「部長、先ほど、どうして朝凪先輩は私たちに声もかけずにいったのでしょうか?」
「さあ」
僕は首を傾げてとぼけた。
「それと重要なことを訊くのを忘れていたのですけど……」
「ん? なに?」
「私たちの部はどうして仮面がついているのですか? 仮面の意味がよくわからなくて。部活動的にはただの小説部でいいような……朝凪先輩だけ着けていましたし」
その通り。仮面……そう僕らにとっては必要のないものだ。リア充のミトにだけ必要極まりないアイテム。
だけど、ミトがリア充共に自分だと気づかれないために、と説明するのも変だしな……。
「部長?」
晩代が不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「……そうそう、『カメショー』の主人公チカゲは仮面つけているだろ? だから仮面の意味は少しでもチカゲの気持ちになれたらいいなっていうか……そのなんていうか……」
われながら何を言っているかよく意味がわからない。
「なるほど、一種のコスプレみたいなものですね」
「まあ、そんなようなものかな……ははは」
なんかいい方向に解釈してくれた。
晩代は通常時は控えめな美少女なだけに見えるから、部室以外でも、彼女がミトに話しかけても大丈夫だろう。片目だけカラコンというのは置いといて……。
「部長は着けないのですか?」
「えっと……ほら残ってるの馬くらいしかないし、そのうち合うのがあればね」
基本的に絶対着けることないと思う。
「そうなのですね。それにしても朝凪先輩はハードな仮面を着けてますよね」
「そ、そうだね。晩代さんは別に無理して着けなくてもいいからね」
「私も合うのが出てきたらにします」
「うん、じゃあ急ごうか」
ミトを待たすとなに言われるかわからないからな。
「部長!」
晩代が唐突に叫んだ。
「ん? なに?」
「われのことはシズと呼んでくれたまえ」
僕は早歩きしながら頷いた。ここ数日で下の名前で呼べる女の子が二人もできた。なにかの災厄の前触れだろうか。