ぼっちは勘違いをする
次の日の放課後、部室に向かっているミトをみつけた。どうしよう、今話しかけるべきか、このまま一定の距離を保って部室まで待つべきか……昨日のミトが帰ってからの事のあらまし(晩代に注意したこと)を伝えておくほうがいいかな。
教室でも廊下でもないから大丈夫だろう。僕は仮面小説部がある旧校舎前でミトに話しかけた。
「ミト!」
ミトはチラリとこちらに目をやり、すぐに何事もなかったように前を向き直してそそくさと旧校舎に入っていった。
あれ!? 確かにこっちを見たよね。
疑問を抱きながら少し遅れて僕もあとに続く。ミトは仮面小説部がある二階の踊り場で待ちぶせていた。怒気を含む赤いオーラを発しながら仁王立ちで……。見た瞬間まずったと思ったが時すでに遅し。
「あんたね、あたしに話かけていいのは部活動中だけって言ったでしょ! もしくは仮面を着けている時だけよ! 知り合いにでも見られたらあんたと友達だと思われるじゃない。それにあんな所だとあたしがカメショー部に所属しているってバレるかもしれないじゃない! あんたバカなの?」
「カメショー部?」
「仮面小説部の略よ」
ああ、そっちの『カメショー』ね。
「……き、気をつけるよ」
「ホント、そうしてほしいわ」
髪をサッと払ってミトは言った。
そうだ、僕は勘違いしていた。ぼっちの習性、ちょっとしたことで喜んでしまう必殺の勘違いぬか喜び……このせいでいったい何人のぼっちが傷つけられただろうか。
こいつは友達でもなんでもない。ただの部活限定キャラなのだ。名前で呼び合ったりしてたからこういう勘違いが起きてしまっただけだ。
今後、部外ではミトに話しかけないようにしようと固く心に誓った。ミトは別世界の人間、リア充なんだから。
部室に入ると晩代がすでに着席して本を読んでいた。読んでいるのはミトが部室に資料として置いてあるラノベの一冊だ。
晩代が顔をあげる。
「お疲れ様です、部長…………と朝凪先輩」
「なによ、そのついで的な言い方は」
やばい、また怒りだしそうな口調。さっきのイライラが収まりきっていないんだろう。
「ミトが後ろだったから見えなかっただけだよ。ねっ、晩代さん」
僕は晩代に目配せする。
「……そ、そうなのですよ。気を悪くされたのなら謝ります」
「ふん、ならいいけど」
「……ところで少し拝借させていただきましが、ここにあるラノベ、センスがいいですね! さすが部長です」
話題を変えたかったんだろうけど、そこ褒める相手が違うよ、晩代さん!
「それ、あたしのなんだけど」
僕が否定する前にミトが言った。
もともと白い肌が強調されている晩代からさらに血の気が引いていくのがわかる。苦笑いで取り繕う晩代。僕も苦笑い。
「そ、そうだったのですね。素晴らしいチョイスだと思います」
「ふん、当たり前でしょ。あたしが選りすぐったもんなんだから。まあーその良さがわかるとこからあんたの趣味も悪くはなさそうね」
「汝もなかなかのものだぞ」
その口調、まさか!? 僕はすかさず晩代を見る。案の定右目を閉じていた。
「晩代さん! 目を開けて!」
開けてくれないと昨日みたいに部室が戦場と化してしまう。
「あっ、すいません……つい……」
ミトは僕らのやり取りを横目にSM仮面を着ける。どうやらラノべセレクションを褒められて、さっきの晩代の碧眼モードは怒りの逆鱗に触れなかったらしい。
ほっ。
「今日から部活らしいことするわよ」とSM仮面のミト。
「部活らしいことって、ラノベを執筆していくってこと?」
「その通りよ。でも、その前に白夜、あんた昔の作品持ってきた?」
「まだ持ってきてないけど……」
すっかり忘れてたよ。
「なによそれ、せっかく素人が書いた作品でも参考にしてあげようと思ったのに」
「部長も作品書いているのですね」
横から晩代が嬉しそうに言う。
「ま、まあね」
「ぜひ読ませていただきたいです」
素直な晩代をジト目でミトが凝視する。
「ところで部長、私の作品読んでもらえましたか?」
「ああ、読んだよ」
昨日、家に帰ってから『カメショー』の執筆作業の合間に息抜きがてら読んでみた。漫画の読みきりのような短編だったのであっさり読めた。感想は……
「面白かったよ」
「本当ですか!」
そう言って晩代の顔の表情は綻んでいる。
僕は頷いて、
「キャラがもう少したてば、もっと面白いものになると思うよ。ストーリーや設定は引き込まれるものがあるし、だからキャラさえ魅力が出ればかなり良い作品になると思うよ」
お世辞でもなんでもない、本当に思っていたより良かった。
「……さすがわが右腕。なんという的確な助言なのだ」
また碧眼モードになってるけど……。
「ちょっとちょっと、白夜! なんの話してんのよ。このコの作品を読んだってなによ」
寝耳に水だと言わんばかりのミト。
「昨日ミトが帰ったあと、晩代さんが自分の作品を詠んでほしいって渡されて……ミトも読んでみる?」
「し、仕方ないわね。白夜は持ってきてないし、暇つぶしに読んであげるわよ」
暇つぶしって……すごい興味ありげだったくせに。
「晩代さん、ミトにも読んでもらってもいいかな?」
「うむ、よかろう」
僕はミトに晩代の作品をかばんから出して渡した。
ミトはその原稿を静かに読み始めた。
晩代は初め、ミトの様子を伺っていたが彼女がノーリアクションなので手持ち無沙汰になり、部室のラノベの続きを読み始めた。僕も暇なので頭の中で『カメショー』の構想を練り始めた。帰ったらスムーズに執筆作業に入るために。
その途中、何度かミトに視線を移したが彼女は意外にも集中して読んでいた。