本屋に行きます。
教科書は十数種類におよび、個人商店の多いこの街では、一店舗で全て購入するのは出来なかったず、そのため、全て揃えるのに結局3軒も回ることになってしまった。
最後に入った書店は他の店より一層古めかしい雰囲気の店だった。おまけに、そこの主人は店にぴったりといった感じの老翁で、豊かな長い髭と眉毛が顔の半分を覆っている仙人のような店主である。
ラードが教えてくれたが、この街一番の老舗で、ずっと昔からここで本屋をやっているらしい。
扱っている本も古文書のようなものが多く、古いものが好きな私には居心地のいい場所だ。ラードは退屈だからと、向かいのお菓子屋にふらふらと行ってしまったが。
「全部で1万4千セクトじゃ。寮に配達にするかい?」
「お願いします」
会計をしている間、私はその主人の後ろの棚に、石板らしきものが置いてあるのに気が付いた。
石板には絵が描かれている。丸い形をした白い何かだ。その周りには水晶だろうか、4つの色が異なるひし形が描かれている。青、緑、黄色、最後の1つは黒い枠線だけで透明を表現しているのだろうか。そして、下の方にはそれを崇めるように座る人々。
この絵は、何を表したものなのだろうか。
遺跡や遺物のような古いものを見るとついつい気になってしまう。じっと眺めていると、店主が声をかけてきた。
「どうしたのじゃね?」
「あ、いや、後ろの棚にある石板が気になりまして。随分古いものみたいで」
「ああ、ただの石じゃよ。ほほほ、君には何か見えるかい?」
「なんか絵が描かれてますよね。丸い何かとひし形、あと人間」
「……君、あの絵が見えるのかい?」
「え、ええ」
「そうか……」
一瞬、老店主は驚いたような眉をピクリと動かしたが、すぐにもとに戻り、髭を撫でて感慨深そうに呟いた。
「あれはね、その昔、女神様が人間にお与えになった宝物を表しているそうじゃ。なんでも“願い事を叶える”という代物だとか」
「願い事を叶える宝物? それって、あの真ん中にある白い丸ですか?」
「そう、あれは鏡なんじゃよ。女神の大いなる力を宿した鏡じゃ。女神はこの地に神殿をつくり、その鏡を収めたそうじゃよ。ずっとずっと昔、まだ魔王と勇者が戦っていたころの話じゃ。魔王に苦しむ人々に神がお与えになったのじゃろうなぁ」
店主の話を聞きながら思った……初耳だと。
記憶を探ってもそんな鏡が話に出てきたことはない。
勇者はあれでも女神に選ばれて加護を受けた身であり、そのお陰で時々、女神からの啓示を受けていた。その啓示により困難を乗り切ったこともある。
しかし、そんな願いを叶える鏡なんて“便利グッズ”の話は、彼から聞いたことがない。
「この地って、学園があるこの街ですか」
「そうじゃよ。まぁ昔話じゃから、信じるも信じないもあなた次第ってやつじゃな」
知らないことばかりだし、与太話かもしれない。が、こういった古代の秘宝みたいなものは大いに心が惹かれる。
しかし、もっと店主から話を聞きたいと思ったところで、向かいの店からラードが戻ってきてしまった。
「メリット、買い終わったブヒか」
「え? ああ、終わったよ」
「じゃあ、早くお昼にするブヒ! この時間ならジーロのランチに並べば食べれるブヒ!」
ラードが私の手を掴んで引っ張って行ってしまい、話は聞けずじまいで店を後にすることになった。
店を出るとき、店主はにこやかに手を振ってくれたので、私も振り返す。
「随分とあの店の爺さんに気に入られたみたいブヒね」
「ああ、店主の後ろに石板があっただろ? あの絵について色々教えてもらったよ」
「石板の絵? 棚に色々とガラクタは置いてあった気がするけど……ああデカい石はあったかも」
「それに絵が描いてあっただろ? 丸とかひし形の」
「う~ん、前にも買い物に来たけどそんなものあったかなぁ~。まぁいいや、それより今は昼食ブヒ。そこの角を曲がったら――」
ラードは私の話にぴんときていないようだったが、今の彼には昼食が全てらしく、石板の話は角を曲がってお目当ての店の前に着くと同時に消え失せた。
「おお! まだ15人しか並んでないブヒ! ついてるブヒよ!」
「え? そうなのか? 15人って1時間はかかるんじゃ」
「何言っているブヒ。普通は2時間待ちが当たり前ブヒよ」
「はぁ、そうなのか」
並んでいる客がみんな大柄な人ばかりなのが、若干、気になるが、行列ができるぐらい美味しいお店なのだろう。グルメたちにとって知る人ぞ知る名店ということだ。否応なく期待が高まる。
しかし、この時の私は何も知らなかった。
この店がグルメというより、大食いという猛者たちの集う戦場であり、暴力的な量の料理が出てくることで有名な店だということを。
◇ ◇ ◇
「いや~美味しかったブヒ~」
「……うぷっ」
「メリット、大丈夫ブヒか?」
「……ましまし……怖い……」
「メリットは小食なんでブヒね。ベンチで少し休んでいくブヒ」
「……ああ、そうさせてくれ」
かなり危なかった。もう少しで胃に詰めたものが、外の世界に召喚されるところだった。
ベンチに座って休んでいると、ゆっくりだが強烈な満腹感が薄らいできて、だいぶ楽になった。
「ああ、そうだ、さっきメリットが本屋で会計している間に、こんなものをもらって来たブヒ」
ラードが冊子をバックから取り出して、私に差し出した。
今は、グルメ雑誌など見たくもないと思ったが、よく見たら違ったようだ。
「これは?」
「この付近の商店で募集しているアルバイトの情報ブヒ。君、働きたいんだろ?」
「ありがとう。助かるよ」
「うちの学園はアルバイトを禁止してないから、自分にあった仕事を探すといいよ。ただ……」
「ん?」
「そこには載ってないんだけど、短期で沢山稼げる仕事があるんだブヒ」
ラードが声を潜めて言った。
「それって怪しげな仕事じゃないのか?」
「違うブヒ。社会の役に立つ素晴らしい仕事ブヒ。ただ、危険な仕事だから給料が高いんだブヒ」
「ふ~ん。で、どんな仕事なんだ?」
「お? 興味ある感じ? 魔獣を退治するんだブヒ」
「魔獣?」
また知らない単語が出てきた。
名前を聞く限り、確かに危険が伴いそうな仕事の気がするが、いったいどんな生き物を相手にするのだろう。
私が魔獣について思い当たらず首を傾げていると、その様子からラードが察して説明してくれた。
「メリット、魔獣を知らないブヒか?」
「ああ、えっと……」
「変わっているブヒね。魔獣っていうのは、昔、魔族が人間界にやって来た際に持ち込んだ魔界の動物のことブヒ。それが野生化したんだけど、中には危険な生物もいてたまに人が襲われるブヒ。だから、そういった危険な魔獣を駆除するんだブヒ。あと、生態系を維持するために駆除することもあるブヒ」
「外来種か」
「まぁ、そういう風にもいえるブヒね。で、どう? メリットなら腕もたつし、きっと活躍できて沢山お金を稼げるブヒ」
「う~ん……」
確かに危険な生物は相手にしたこともあるし、遅れを取ることはないだろうが、悩むところだ。
なぜなら、私自身、アルバイトというものをしたことがない。そもそも学校にも行っていないのだ。全て家庭教師から学んだ
だから学生らしい生活に憧れていたし、アルバイトもやってみたいと思っていた。
そして、初めてのアルバイトは……出来れば、出来ればだけれど、ひらひらの可愛い恰好ができる仕事がしたいなぁっと、すこ~しだけ思ってたり、思ってなかったりする……うん。
今、手に持っているアルバイト情報誌にとっても可愛い制服のお店があった。このお店の募集も気になる……。
「ん? メリット、その募集が気になるの? 確かにこんな可愛い恰好の女の子たちと仕事できたら楽しいけど、ここ男は採用してないブヒよ?」
「え? 私は…………」
――お前さん、男だぜ?
『……そうだった。今の私は男だった……さらば、可愛い制服……うう』
「このお店にはお客として行って楽しむブヒ。そのためには、お金を稼がないと。それに駆除は即日即金ブヒよ。ヒモ野郎からもすぐに抜け出せるブヒ!」
「ヒモ野郎って言うな。分かったよ、魔獣駆除の仕事に応募するよ」
「おお! ありがとうブヒ!」
「ありがとう?」
「い、いやいや、何でもないブヒ。さぁ、魔獣駆除の会社に早速行くブヒよ」
ラードに引っ張られる形でベンチから立ち上がった私は、まだ若干重いお腹を抱えてぶらぶらと街の中を歩き始めた。
お話に出てきた料理屋のジーロに偶然にもそっくりな名前のラーメン屋さんに、私は行ったことがあります。
5口くらいしか食べられなかった……
あれは無理だ。
1口目で脳が「お主の胃腸レベルでは死ぬよ~」ってアラート鳴らしまくりです。
え、残したらギルティ? ごめんさい。