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入寮します。

 入学が決まった私は、室内練習場を後にして、早速、自分の暮らすことになる寮に向かっていた。私を案内すると言ってきかないレベッカだったが、入学に必要な諸々の手続きがあるからと父親のデュークに引っ張られていき、私には学園の地図が書かれたパンフレットと入学証書が渡された。

 だから、今は1人で学生寮のある区画を歩いている。




 ――しっかし、アシスト使わずにあの動き、お前さん強いんだなぁ



 歩く最中、ジンが話しかけてきた。

 どうやら、物語を進行しながらでも会話はできるらしい。私は、歩き続けながら心の中でジンと会話する。



『もともと、物語の外でも剣を振るっていたからな』


 ――それにしたって、あの剣捌きは並の剣士じゃできねぇよ


『おだてても何も出ないぞ。そういえば、剣技の記憶があって使ってみたんだが、あれは?』


 ――おう、技の記憶自体は主人公の記憶みたいだな。


『みたいだなって、適当な案内役だな』


 ――うっさい、俺っちも最近の本を案内するのは初めてで、必殺技なんてよう分からんわ。

 でもまぁ、今回は記憶を頼りに、お前さんが自力で技を繰り出したのは確かだな。


『なるほど、そこは剣士が主人公の物語だったからよかったわけか。ああ、あと、筋力とかはどうなってるんだ。あまり元の世界と違いはないと感じたが』


 ――そいつぁ、初期設定のままで現実世界と同じだぜ。そこも普通はアシスト使うんだけどなぁ、まったくお前さん何者なんだい?


『ふふ、ただの警備会社の社長だよ』





 ジンと会話している間に、目当ての建物に辿り着いた。


「あ、ここだな……」


 何棟か建っている色違いの寮はどれも7、8階建ての立派な建物で、これだけでもこの学園の凄さが伺える。私の寮は外壁が薄茶色のものだった。


「えっと、寮のカギは入口で入学証書を見せれば、出してくれるって言ってたな」


 寮の玄関に入るとすぐ横に受付があったが、無人だった。見ると張り紙が貼ってある。


『鍵の発行は右手の自動発行機をご利用ください』


 どうやら新入生向けに春休み前に貼ったものだろう。一ヶ所、ピンが取れて床に転がっている。

 どうもこういうのは見て見ぬふりは出来ない。私はそのピンを拾って張り紙に刺し直した。


 ――お前さん、真面目だな。


『こういうのが捨て置けない性分なだけだ』


 ジンに返事をしながら、自動発行機の表面に掛かれた操作方法にならって入学証書をかざした。すると、発行機に備えられた台座の上にぽんと鍵が現れた。

 こんなところでも物質の発現魔法とは、この世界の魔法技術の高さに驚かされる。

 まあ、物語の中だからと言えばそれまでなのだけれど。


 カギを受け取り、そこに書いてある番号の部屋へと向かう。階段を上る途中、すれ違った生徒たちに妙な目で見られた。

 それもそのはずだ、マントと剣を腰に刺した500年前の剣士の恰好なのだから。

「あれ、コスプレ?」とか「演劇部か?」とかひそひそ聞こえる……早く学生服に着替えたい。

 焦燥に駆られながら足早で3階の角部屋の前に辿り着くと、先ほどのカギを使って開錠し、扉を開ける。


 ――ガチャ


 部屋には既に人がいた。私と同じ17歳くらいの女生徒だ。

 驚いた表情でこちらを見て固まっている。まぁこの恰好だものね。寮は2人一部屋のようだ。これからルームメイトになる人に、変な奴と思われただろう。


「ああ、気にしないでくれ。お邪魔するよ」


 私はそそくさと部屋に入って自分のクローゼットに向かう。制服は既に私のサイズに合わせたものが用意されているとか。用意が早いのも、もちろん魔法の力だろう。


 さ、早く、人目につかない服――学生服に着替えなければ。

 同室となる彼女は着替えの途中だった。シャツははだけ、スカートはこれから履くところだったのか、可愛らしいピンク色の下着が見えている。

 同じ女性として、発育よくそれでいて健康的なプロポーションに、少し、少しだけ羨ましいなぁっと思う……


「えっと、私の学生服はっと……あった、あれ?」


 クローゼットに掛かっていたのはズボンにブレザー。

 なんで、男物なんだ?





 ……男?






 は……はは……

 私、今は男だったんだ……ということは……


 先ほどの相部屋となった彼女の方へと、ゆっくりと顔を向ける。


 既にシャツを着てスカートも履き終わっていた。

 そして、手を前にかざし、火球らしき魔法を放つ準備も万端。



 表情はもちろん…………鬼の形相です……。



「あ、あの……は、話せば分かる、冷静に――」

「こんのぉぉ変質者があぁぁぁ!!」


 閃光と同時にベランダに続く窓を吹き飛ばす爆炎。

 私の身体は、窓ごと外へと吹き飛ばされた。

 ただ幸いにも、下には背の高い木が植えてあったので、その枝を蹴って地上に上手く着地することが出来た。


「あちち、あ、マントに火が!」


 バタバタとマントを叩いて消火していると、さっきの女生徒の怒声がした。


「逃がしませんわよ! 変質者め! わたくしの着替えを覗いて、生きて帰れると思わないことね」


 3階から飛び降りた彼女の体は、地上すれすれでふわりと下降を止め、ゆっくりと着地した。

 ただ、彼女の私に向ける怒りは、その着地のようにソフトではない。

 その怒りたるや烈火の如く……いや、もう烈火を纏ってるね、うん、比喩でなく……


「あ、あの、誤解だ! 私も今日からここの学生で! 寮もあの部屋を指定されたんだ!」

「だまらっしゃい! そんな妙な格好した学生がいますか! コスプレ変質者!」

「いや、この恰好にも訳があって、うわあぁぁぁ!」


 問答無用とばかりに、火球が雨あられと飛んでくる。

 燃やされてはかなわないと私は必死に逃げ回った。


「このっ! ちょこまかと! ゴキブリ変質者め」

「ごめんなさい! ごめんなさい! でも、誤解なんです!」

「でも、見たでしょ!? わたくしの着替えを! 見たでしょ!?」

「め、滅相もない! 見てません! 視界に入ってません!」

「嘘をつきなさいっ!!」

「ひっ、ご、ごめんなさい!! 見ました! 謝りますから! 着替え見たこと謝りますからぁ! ピンクの下着見たことは謝りますからぁ!!」



 ――必死なのは分かるが、それ火に油だぞ?


『え?』



「っ、死ねえぇぇぇ!!」


 さらに火球の数が増えた。

 寮の庭が綺麗な芝の緑から紅蓮に染まる。


 すると――


「こらあぁぁぁぁ!! 誰だ、寮の庭で焼き畑農業なんか始めたやつは!!」


 新たな怒号とともに小柄な女性がすっ飛んで来た。


「何してるんだい! お前ら!!」

「寮母さん! この男、変質者です! 私の着替えを覗いたのです!」

「ちょいと、その前に火を放つのをやめておくれよ!」


 緑の肌をした鷲鼻の女性はどうやら寮母らしい。

 その寮母の登場で、攻撃の手が止まった。

 はぁ……助かったぁ……



 ◇  ◇  ◇



「で、入学後、僅か数時間の間で問題起こしてくれたわけか……」


 再び訪れた学園長室で、デュークが苦々しい顔を私に向ける。

 私の横には、炎魔法の女生徒がいる。


「お、お父さ、いや、学園長、問題というかこれは事故なんじゃ」

「事故じゃありません! 事件です!! ベッキーちゃん! このフレイヤ・バルミリア・ド・ラグーンの着替えを覗いたんですのよ」

「またベッキー……ちゃん……うぅ」


 たった今名前を知ったが、この子はフレイヤというらしい。そのフレイヤに、フォローに入ったレベッカは簡単に撃破されてしまい、隅っこでいじけだした。

 もう少し頑張ってくれても……


「しかし、ラグーンさん。実際、彼、えっとグレンザール君が今日付でここに入学したのは事実だ。そして、その住まいとして、寮のあの部屋を割り与えられたのも事実でね」

「なんですって!? こんなコスプレ変質者が学生!? というか、グレンザールって伝説の剣士と同じ……どこまでコスプレに本気なんですの!?」

「うむ、誠に遺憾ながらうち学生だ。で、そういうわけだから、彼は変質者や覗き魔ではなく、今回の一件も事故だと言えるだろう」


 学園長が庇ってくれた。

 やっぱり学園の長だけはある。しっかりと生徒たちの話を聞いて、ちゃんと判断してくれる。この人も立派な教育者なんだ。


「しかし、学園長! わたくし納得いきません!! こんな奴がこのまま同じ学生なんて」

「ん? 納得いかない……そうだな、君が怒るのももっともだ。うら若い乙女があられもない姿を見られたのは事実だしな。うむ、禍根を残すのはよくない」


 おやおや? 学園長、口元がにやけてますよ?


「そこでだ、魔人らしく“決闘”で話をつけるのはどうかね?」


 おいおい、何を言っているんだこの中年は。


「よろしくってよ! 私が勝ったら彼を退学にしてくださいな!」

「うむ。それでよかろう」


 よかろう、じゃない。

 レベッカは……部屋の隅でいじけてて弁護を期待できない。


「ちょっと待ってください! 私は決闘なんて――」

「被告人はだまらっしゃい」

「そうだぞ。古来より魔族は決闘によって、両者の言い分の真偽を決めた。まして、君は彼女の着替えを見たことは事実で訴えられた側だ。選択する権利はない。受けないのなら不戦敗で有罪だ。クククク」


 お、おのれ……学園長……


 なんたることか。これも物語の導きか、たんなる学園長(悪魔)の嫌がらせか。

 自分の名誉と学園生活をかけて、決闘をすることになってしまった。

 まったく覗き魔の変質者とは……私、もともとは女性なのになぁ……



もはや様式美ですね。

ラッキースケベからの決闘!

学園バトルものにはつきものなんだけど、血の気が多すぎませんかね(汗)


ちなみにメリッサは、マジックアイテム回収を裏稼業、警備会社を表稼業にしてます。女性社長です。

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