試験を受けます。
やって来た学園は、私が想像していたよりも大きく立派なものだった。敷地は大きく、その中に森や小川が見えるし、校舎も綺麗で立派な外観だ。
私は、その壮大さに圧倒されてきょろきょろしながらレベッカに案内さるまま校長室の前に到着した。
彼女がノックすると、「どうぞ」と低い男性の声で返事があり、レベッカは私をつれて校長室に足を踏み入れた。
「ベッキーたん! 会いたかったよぉ~もう、森に調査に行くなんてパパ心配で、心配で」
レベッカの姿を見た途端、中年男が一気に駆けてきて彼女に飛びついた。迷惑そうな彼女をよそに、これでもかというくらい頬ずりをして再開の喜びを表現している。
「あ、あの学園長……もう、お父さん! ちょっと聞いてほしいんだけど」
「え? なになに?」
「紹介したい人が――」
「いや、やめて! その先聞いたらパパ死んじゃう! あかんやつ! 即死呪文!」
「ちゃんと聞いてよ」
「あーあー聞こえません~ベッキーたんに彼氏なんて、認められません~」
「まったく何言ってるの。編入させたい生徒がいるんです!」
「……なんだ、そんなことか。ウホン、で?」
「はぁ、やっと聞いてくれた。この方、メリット・ソル・グレンザールさんを編入させる許可をください」
私は紹介を受けて、レベッカの父に「よろしくお願いします」と頭を下げた。彼は私をじっと見て、私自身を見極めようとしているようだった。先ほどまでの緩んだ表情が一気に引き締まって厳格な雰囲気に変わっている。
「私は学園長のデューク・シュミットだ。さて、君は伝説の剣士と同じ名前のようだが、本名なのか?」
「はい」
「ふん、同姓同名とは、そのおかげで随分と娘には気に入られているようだな。それで編入試験は何点だったんだ」
「いえ、試験は受けていません」
「なに? 話にならないな」
学園長の顔が険しくなった。
「どうせ、娘の伝説の剣士好きに付け込んで上手く入学しようという腹だろ」
「いえ、そんなことは」
「どうだかな。ここはハイレベルな生徒たちのための最高の教育機関だ。皆、ここに入学したくて必死なっている。誰でも入れるところではないんだ。今、君の魔力を見てみたが、魔法を1発も打てないほど低いじゃないか。むしろ魔力があるのかすら疑わしい。そんな奴がこの学園に入れるわけがない」
学園長は人の魔力を見ることが出来る力があるらしい。
しかし、そんなことより、ショックだった……
物語の中ぐらい魔法を放ってみたかったのに。こっちでも私は魔法が使えないのか……くそ!
「でも、お父さん、彼は剣の腕がとても立つんです」
「ほう、名前の通りというわけか。しかし、ダメだ。特例は認められん! 来月末の編入試験を受けて合格することだ。まぁ、その魔力では無理だと思うがな」
「……もう、お父さんと口きいてあげない」
「そ、そんなぁ、ベッキーたん……パパ、それこそ死んじゃうよぉ」
「じゃあ、彼を入学させて」
「で、でもね~パパも立場ってものがあって、無条件で入学させちゃったらみんなに怒られちゃうんだよ」
「無条件じゃなければいいのね」
「え?」
「では、特別推薦制度を利用するわ。私も教師だから彼を推薦できるはずよ」
「う、う~ん、まぁそれならなんとか……チっ」
ほとんど黙って親子2人の会話を聞いているうちに何やら話が纏まっていた。私は、“特別推薦制度”とやらが何なのか分からないので、レベッカに聞いてみた。
「特別推薦制度というのは、教師が優秀な人物を推薦し、いつでも編入試験を受けられる制度です。しかも、その編入試験は1科目“から”でいいんです」
「1科目から? それはどういうことですか?」
「学問、魔術、武術で3つに分かれている分野が、座学と実技を合わせて合計12科目に分かれていますが、そのうち何科目受けるか選択するんです。編入試験は合計900点とれば合格で、1科目100点満点ですが、この制度での試験の時だけ、1科目の点数上限が1000点満点に変わります。つまり、1科目で900点だせば即合格なのですよ」
「剣術だけで900点を出すということですか?」
「はい。大丈夫、あなたなら絶対にできます」
「ふん。随分と私のベッキーたんに信頼されているみたいだな。言っておくが、未だかつて1科目合格なんて出来たやついないからな。後で吠え面かくなよ!」
レベッカの笑顔が眩しい。どんなことをやるか分からないが、相当に難易度の高いことをしようとしているのは確かだ。しかし、物語のためだ、やるしかない。
その後、室内練習場に移動した。
練習場でありながら、コロシアムのように2階には客席を有する巨大な施設であった。学園長が最高の教育機関というだけのことはある。
今はその誰もいないだだっ広い空間の真ん中で、レベッカと私の2人だけ。ここに入る直前で「試験管役の教師を呼んでくる」と言って分かれた学園長を待っていた。
「待たせたな」
数分で学園長がやって来た。隣には2メートルを超える大男を伴っている。
しかもその大男が、普通じゃない。
肌の色は水色で、服の上からでもわかるほど全身筋肉がみっちり詰まっている。そして何より普通じゃないのが、体が6本あり、スキンヘッドの頭には目がいくつもついていたのである。
彼の特徴から「ヘカトンケイル」という魔族の名前がなんとなく浮かんだ。
魔人の存在を聞いていても、この見た目は驚かざるを得なかった。しかし、これが普通なのだろう、失礼のないよう顔に出ないよう努めた。
「試験官を務めてくれるケイルズ先生だ。先生は、サウザンド流免許皆伝の腕前だ。武芸百般、あらゆる武器に精通しているぞ。お前なんか一瞬でひき肉だ、どうだ、辞めるなら今のうちだぞ?」
「お父さん、試験でひき肉にはしないでしょ」
学園長は無理やりケイルズ先生を連れてきたのだろう。連れてこられた先生の方は、学園長を見下ろしながら呆れたようにため息を吐いた。
「やれやれ、突然に特別業務だといって引っ張ってこられたが、編入試験ですか?」
「そうだ。ちゃんと特別手当は出す。あいつをコテンパンにしてやってくれ」
「こてんぱんって、学園長……」
「でもあいつ、特別編入試験で剣術だけしか選択してないんだぞ? ふざけてるだろ」
「大方、お嬢さんが彼を推薦したのが気に食わないってとこですね。でも、この私を相手に900点を取るつもりということですか。面白い……」
ケイルズ先生が、ぱちりと指を鳴らすと、突然いくつもの木製の箱が現れた。魔法で出したのだろうが、それだけで私には驚きだ。
しかし、彼らには普通のことなのだろう。「わっ」と声を出してしまった私を先生は多少訝しみつつも、そこには言及せず箱から武器を取るように言った。
「練習用の刃を落とした武器だ。好きなのを使え。まぁ、その腰に下げてる真剣でも私はかまわないけどな、ははは」
さすがに試験で真剣は使えないので、私は箱の中から練習用の剣を一振り選んだ。片手で扱える刀身の細い剣――普段、私が使っているものに近い。
「これでいきます」
「そうか。では、試験を始めるとしよう」
私が武器を選び終わると、先生も6本の腕に剣や槍など様々な武器を装備し終え、準備は完了していた。
武器の入った箱が消え、双方が構える。
「時間は10分、途中棄権もできるからな。それでは、いくぞっ!」
ケイルズ先生が自ら開始の合図を発した。その直後、彼の巨体が一気に私の間合いに入り、剣が振り下りおろされる。
私はそれを身をそらして躱すが、別の方向から別の剣が迫った。
――キン!
今度は躱すことなく剣で弾く。
あの巨体だけあって一撃が重い。こちらの手にずしりと衝撃が響いた。
そこから、さらに前後左右、6本の腕を駆使した無数の攻撃が途切れることなく仕掛けられた。
こちらは、1本の剣で弾いたり受け流したりしながら凌ぐ。
「ははは、どうした? 防戦だけでは合格点はやれんぞ」
――おい、メリット。戦闘アシストを使うか?
『なんだ、ジン、こんな時に。戦闘アシストとは?』
――戦闘アシストってのは、お前さんに戦闘に最適な動きをさせる指輪の機能だ。この指輪は体験型学習装置だ。熟練した達人の動きを覚えるためにも、最初は補助としてこの機能を利用するのをお勧めするぞ。
『操られるってことか?』
――まぁ、そうだな。
『じゃあ、いらないな』
――でもお前さん、守るので精一杯で攻撃すら出来ていないじゃないか。
『確かに攻めあぐねているな。ただ、分からないんだ。なあ、ジン、この世界の剣術は、どこに打ち込んだら勝負ありの判定になるんだ?』
――え? お前さん……それなら――
「どうした、どうした。このまま、何もしないまま時間切れか?」
「いきますっ!」
ケイルズ先生の一撃を躱すと同時に、私は連撃を繰り出した。
――ズダダダダダダ
両脛、両もも、胴、胸、6本の腕全ての甲と下から順に、昇って行くように斬撃を打ち込んでいく。
そして、最後に首に軽く一撃を入れた。
「秘剣〈天昇連撃〉!!」
なぜだか今放った技の名前が頭に浮かんできて、それを着地と同時に口にしていた。これは、主人公の記憶によるものなんだろう。少々、恥ずかしい…………でも、気持ちいい、かも。
「そこまで」
まだ時間はあるが、先生から試験の終了を告げた。
「見事だ。まさかここまでの実力とは……最後の一撃は手加減までされたからな、正直悔しいが、試験の方は満点をやろう」
「ありがとうございます。あ、あれ、大丈夫ですか!? 打ち込んだところが変色してます」
「ん、ああ、これは試験用の武器は切れない代わりにマーキングされるんだ。お前そんなことも知らないのか? まったく変な奴だな、ははは」
「あ、あははは……」
「あははは、じゃない!! ダメ、まだ合格点には至っていない!!」
和やかにまとまりかけた空気を、学園長の怒号が吹き飛ばした。
「ちょっと、お父さん! ケイルズ先生が満点だったって言ったでしょ!?」
「いんや、認めません! ダメです! あれぐらいで満点はありません~。配点が甘過ぎる!」
「往生際が悪いわよ?」
「ええ~い、これを倒したら満点にしてやる! 出でよ、アシュラマシン3号!」
学園長が手を前にかざすと地面に大きな魔法陣が現れた。直後、魔法陣をすり抜けて地面から生えるように巨大な影が顕現した。
ケイルズ先生より大きく、腕もさらに2本多い、機械の人形だった。
「ふふふ、このアシュラマシンは私の長年の研究により完成した最強の戦闘マシンだ! これに勝てたら合格を認めてやる! ただし、強さの設定は最高クラスの“ジェノサイド”だがな、あーはっはっはっはっはっは」
「お父さん……完全に悪役じゃない、最低」
「ゆくぞ! ぽちっとな」
学園長がアシュラマシンの起動スイッチを入れた。
「ギギギ、ガガガ、セントウニイコウ、イコ、イゴゴゴゴゴゴ」
ガタガタとアシュラマシンが震えだした。明らかに様子がおかしい。
開発者の学園長も「あれ?」とか、不安になるようなことを言っている。
すると突然、90度向きを変え、レベッカの方に暴走しだしたのである。
「ジェジジジ、ジェノ、ジェノサイド、ジェノサイドドドド」
「きゃああああっ!!」
危ない!
私は咄嗟に走り、そして、腰の剣を抜きざまにアシュラマシンの胴体に向かって一閃――真っ二つにしていた。
「レベッカ、怪我はありませんか?」
「あ、はい……」
腕の中の――走り抜ける中で抱きかかえた――レベッカに安否を確認すると、返事が返ってきた。ちょっと顔が赤くてぼうっとしているが、怪我はないようだ。
彼女が無事なのを見た学園長はその場にへたり込んでしまった。
「はあぁ……よかった……」
「学園長、もう認めざるを得ないでしょ。彼の実力は本物ですし、彼ほどの逸材を逃すのはわが校にとっても損失かと」
「ケイルズ先生……分かりましたよ。入学を認めましょう」
こうして、私はガルズエル学園に入学を果たしたのだった。
普通戦ってる時って必殺技名って口にしないだろうけど、漫画とかで「○○切り!」とか「○○波ぁ!」とか叫んでても違和感感じないのは何でだろうか?
小説だと……違和感あるかなぁ?