終結します。
神殿での出来事があった翌日、何事もなかったように学園では授業があったし、街もいつも通りに人々が生活していた。
それもデルオスが秘密裏に計画を進めていたのだし、神殿は地下深くにあったのだから当然ではある。
ただ、妙な話を耳にした。
それは私が廊下を歩いているとき、他クラスの男子生徒たちの立ち話が偶然きこえたのだが――
「あの小道を入ったところに、古い本屋があるだろ?」
「ああ、あの老舗な。お前、あの近くに住んでたよな」
「そうそう。で、登校する時にさ、いつもは爺さんが開店準備してるのを見るんだけど、今日はさ、違ったんだよ!」
「何が違ったんだ?」
「爺さんじゃなくて女の人が開店準備してたんだ。しかも、すっげぇ美人! 『おはよう』って挨拶されちゃったよ。俺、あの本屋かよっちゃうかも」
どういうことだろう。ガルズエルは天界に帰ったから、あの本屋は店主を失って閉店のままのはず。新しい店が開かれたのか……しかし、それにしては早すぎだ。
この話をラードやフレイヤにも話してみると、私と同じように首を傾げた。
結局、確かめに行ってみようということになり、放課後を待って、街に繰り出すことにした。
「ええ!? 昨日そんな凄いことが起きてたの!? くっそ~いっしよに行きたかったぁ、部活がなかったらな~」
顔をしかめて悔しさを表すのは、フレイヤやハピスの友人のラヴィである。
「ラヴィちゃん、わたしもぉ気を失ってたからぁ全然覚えてないんだよぉ。せっかく幽霊さんを見るチャンスだったのにぃ」
ハピスもいつも通りのほわほわした口調で無念さを口にした。
彼女は事件の最中、デルオスに操られて神殿内部の道案内をしていたみたいだが、その時のことは覚えておらず、また、私たちが到着してからもずっと意識がなかった。つまり事件のことは最初から最後まで彼女の記憶にはないらしい。
そのことについて、フレイヤたちと転移で学園に帰って来てすぐ目を覚ました彼女は、身の安全を喜ぶより悔しがった。
幸い後遺症や呪いの類も残っておらず、至って元気に今日も登校していた。
例の本屋に向かう一行は、フレイヤが行くならとハピスとラヴィも加わって、気づけば大人数になっていた。
「無事だっただけ幸いに思いなさい。まったく、わたくしたちがどれだけ必死になったか」
「ねぇ、メリットくぅん、今度一緒に幽霊探しに行こうねぇ」
「ちょっと、ハピス、無視するんじゃありませんわ! それと、メリットに近いですわよ! あ、こら、手を握るんじゃありませんわ!」
本屋への道すがら、わいわいと昨日の神殿での出来事で盛り上がる。
「ブヒ?」
いつもの小道を抜けて、本屋の前に出たところで、ラードが何かに気づいて言った。
「ベッキーちゃん、こんなところで何しているブヒ?」
「ああ、これは奇遇ですね。こんなところで会うなんて~」
店の前で、左方向からやって来たレベッカにばったり遭遇した。
しかし、「奇遇」だというレベッカの言葉が妙に演技臭い。風で乱れたのか髪の毛も少し逆立っているし、息も少しだけ上がっているように見える。
おそらく、先回りして待っていたのだろう。
「ベッキーちゃん、学園の仕事はいいブヒ?」
「ちょっと研究用資料を買いに出てきたんです。メリット君たちもこの本屋に用事でしょ? さあさあ、入りましょ」
話もそこそこに、レベッカに押されるようにして本屋の入口をくぐった。
「いらっしゃいませ~」
作業中だったのか、本棚の陰からひょっこりと顔だけ出した女性がにこやかに迎えてくれた。が、そこにいるはずがない人物の顔に私は驚きの声を漏らした。
「ガルズエル様!?」
「ああ、メリット君。それに友人たちも。よく来たね」
「な、なんで貴女がここに!? 天界に帰ったんじゃ」
「ははは、帰ったさ。でもまぁ、立ち話もなんだ。今日は天気もいいし、庭の方でお茶にしよう。どうせ客も来ないしな」
店主であるガルズエルは私たちを連れて店を出ると、店の裏手に回った。そこには通りに面して柵に囲われた綺麗な庭があり、門を開けて中へと入っていく。どうやらここは居住用の家のようだ。
その大きくはない庭の一角に、クラッシックな作りのテーブルとちょうど人数分のイスがあり、ガルズエルは私たちにそこに座るように言った。
「来るとは思っていたが、想像していたより早かったな。だから、あまりもてなしの用意がないが、そこは許してくれ」
そう言ってガルズエルが指を振ると、ティーセットや菓子が乗った皿がテーブルの上にどこからともなく現れた。
「それで、どうして我が天界ではなくここにいるか、だったか」
「そうです。もしかして、まだ帰れないのですか?」
「ははは、違う違う。天界には帰ったんだが、休暇をもらたんだ。“働きづめ”だったからな」
「休暇ですか?」
「ああ、そうなんだよ。天界で女神に会ったんだけど、あの年増、やっぱり私に下した命令すっかり忘れてやがったよ」
思い出して頭にきたのか、途中から口調が変わっている。彼女は、ヤケ酒でもあおるようにグイッとカップの中のお茶を飲み干すと、びくびくする私たちを無視して語り続けた。
「女神のやつ、初見で『あ……やべぇ忘れてた』って顔して、そのあと悪いと思ったのかご機嫌取りに『何か望みはありますか』なんて聞いてきたから、休暇くれって言ってやったわ。それで、やっぱりこの街には愛着あるし、戻ってきちゃったわけだ。あははは」
最後はカラカラと笑い出した。どう見ても今の彼女は酔っ払いにしか見えない。
「ほれ、知りたいことがあるならなんでも聞いてくれ」と威厳などというものは打ち捨てて気さくに話を振る姿からは、あの壮絶な戦いをした力を司る天使だとは想像できない。
ただ、せっかく今回の一件に詳しい彼女が目の前にいるので、私は気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの神殿はどうなるのですか?」
「あれはもう消去したよ。もう存在する意味もないし、大分、ガタがきていたからね」
「なにか不具合が出ていたのですか?」
「ああ、あれは異次元に作った地下神殿で、一定以上の力がある者だけが地上の入口から入れるというような設計なんだ。だが、どうも最近は空間固定の結界が老朽化したのか、地下5層にメリット君みたいな力がある者が足を踏み入れると神殿に入れてしまう誤作動を起こしていた」
「では、デルオスも神殿に入れる条件はクリアしていたと?」
「そういうことだ」
「あの、いいですかブヒ」
恐る恐るラードが話に加わった。
「ああ、なんだ?」
「あの神殿で出る黒い魔物は何なんですかブヒ。旧校舎にも出たし、魔族の亡霊なんですかブヒ」
「いや、亡霊ではない。生物を創ることは天使の我では出来なかったからな、あれはこの世界の記憶から起こした一種の“模写”だ。その“模写”たちに神殿の番人をさせていた。色が黒いのは、まぁその……模写するのが楽だったからだな」
「あはは、模写するのも大変なんですね」
「ごほん……我は力の天使なんだ。芸術などは司っていない」
私やラードたちが苦笑いをするのを見て、ガルズエルは気まずそうに口を尖らせた。
ちなみに旧校舎にも“模写”が出たのは、それも結界の誤作動だったらしい。
本来の入口は旧校舎のあたりにあり、私たちが旧校舎にいた時にデルオスが地下の神殿に入っていて、顕在化した神殿と一緒に地上の入口を守っていた番人も顕現してしまったということだ。
また、何件もある旧校舎での幽霊目撃も、どれもデルオスが神殿に入るたびに起こった“模写”の顕在化が原因だった。
「お化けではなかったのですね」
「ええ~残念、幽霊じゃなかったんだぁ」
がっくりと頭を垂れるハピスの肩にラヴィが手を置いて慰める。その後、フレイヤの方ににんまりと笑って向いた。
「でも良かったね、フレイヤ、もう出ないってさ」
「うるさいですわよ、ラヴィ! べ、別に私は何も。それより、旧校舎といえば、マクバーン先生はどうしてガウェインの死霊なんて従えていらしたのかしら? しかも、そのことを秘密にして」
フレイヤの疑問に、隣に座っていたレベッカが口を開いた。
「マクバーン先生は、ガウェインの死霊を使って生徒たちを守っていたんですよ」
「本当ブヒか? ベッキーちゃん」
いつもの愛称に、レベッカが眉をひそめた。
「シュミット先生だってば……旧校舎付近で幽霊の目撃情報が出たとき、マクバーン先生はご自分で調査して、その幽霊が誰かが召喚している“死霊”だと判断したんです。そして、もし生徒たちが襲われることになったら危険だと考え、死霊退治をすることにしたんだそうです」
そこからレベッカは、傷が回復して目を覚ましたマクバーンが語った内容を教えてくれた。
それによると、光属性魔法がない現代では死霊退治は難しく、死霊でしか死霊を倒すことは出来ない。
くわえて、学園に出た死霊たちは、旧魔王軍の兵士の見た目同様にかなりの戦闘能力を持っていた。
そこでマクバーン先生は、死霊たちを凌駕する強い力をもったガウェインの死霊を召喚したということだった。
「マクバーンは死霊魔術師だったブヒか」
「先生はぁ、もとは死霊魔術取締官なんだよぉ。取締官はぁ、死霊を使って死霊と戦うんだぁ」
ハピスの口から出た先生の意外な経歴に、皆一斉に「え!?」と驚きの声を上げた。しかしなぜハピスがそんなことを知っているのか、当然それについても質問が及ぶと、さらに意外な回答が返ってきた。
「お父さんの先輩なんだぁ」
さらに「ええ!?」と驚く。
「ハピスの父上は死霊魔術の取締官だと前に聞いたが……そうだったのか」
「うん、随分前に取締官を辞めてぇ、得意だった薬学の先生になったらしいけどぉ」
そこまで聞くと、先生がガウェインの召喚を秘密にしていたことが理解できた。
きっと先生は、既に取締官ではない者が死霊魔術を使っているのはまずいと思って、秘密にしていたんだろう。
それでも、秘密にしながら旧校舎では私たちを助けに来てくれたし、攫われたハピスをいち早く気づいて1人神殿に向かったわけである。
厳しい先生だが、生徒のことを思っているのだと私は感心した。
その後、あれこれと話に花が咲き、ガルズエルが天使だということも忘れ、茶会は大いに盛り上がった。
「ガルズエル様は、今後しばらくこの街にいらっしゃるんですよね? その姿のまま過ごされるんですか?」
「ああ、そうだ。表向きは店主の孫で、2代目店主になったという設定さ。あ、名前はどうしようか……さすがにガルズエルなんて一般的な女子の名前ではないしなあ」
顎を撫でて思案に耽るが、いい案が浮かばなかったのか、傾けた首を元に戻すと私をちらりと見た。
「メリット君、君が決めてくれ。なんという名前がいい?」
「え、私ですか!?」
「そうだ、可愛らしいのを頼むぞ」
期待の目が痛い。
そんな気の利いた名前なんて……うーん……ガルズエル……エル……
「……エルシィ、なんてどうでしょうか?」
恐る恐る答えてみる。
「おお! いいな、それ。では、我はこれからエルシィだ。あ、いや、この喋り方も女子らしくないか……えっと……わたしエルシィ、よろピクね!」
エルシィは、ウィンクをしながら顎にピースサインを添えるポーズで言った。見た目は美しい女性の彼女だが、ちょっとその仕草は年齢にそぐわないというか、無理して若くしようとしていうように見える。
一瞬、全員が絶句した。
「……いや、それ見た目の年齢に合ってなくて変ですよ。もっと普通で」
「え、そうか? 昔、女神が鏡の前でやってたんだけどな、これ。メリット君はこういう女の子が好みではない?」
「私の好みは関係ないでしょう。もっと普通でいいって言ってるんですよ」
「じゃあ、どんな子が好みなんだ?」
そこまで言って急にエルシィが頬を赤らめ、私の耳元に顔を寄せて囁いた。
「……君好みの女になるぞ?」
冗談、ではないらしい。
他の女性たちから寄せられるじとーっとした冷たい視線が痛い。
私は、あははと笑って誤魔化しながら、視線を青く澄んだ春の空に泳がせた――
その青い空が、ぱっと真っ白に変わった。
視線を落とすと辺り一面真っ白で、先ほどまでいた庭の景色も、テーブルを囲んでいた皆の姿もない。完全に白一色の世界だ。
突然の変化に戸惑っていると、頭の中にジンの声がした。
――ここは最後にある“余白”だ。おめでとう。お前さん、結末まで辿り着いたぜ。
『もう終わりなのか? 何かが身についた気は全くしないが』
――ああ、この手の物語は1冊が薄いからな。それに簡単な内容だし、学習効果も薄いわな。
『また、“この手の物語”か。しかしまあ、言われてみれば、入る前に見たこの本の分量はそれほど多くはなかったかもな』
――でもな、続きがあるんだよ。
『この手の物語には?』
――そういうこと。なんせまだ4月だからよ、学園生活はまだまだ続くわけだ。ちなみにな、次の巻では、なんと……
『なんと?』
――あのティファニア姫が学園にやって来て大騒動だってばよ! 他にも色んな女の子が出てくるぜ! よ、憎いね色男!
『色男って嬉しくないぞ』
――あれ? 反応薄くね? まぁ、気が向いたらよ、また遊びに来いよ。学園生活をエンジョイしようぜ。
『ふふ、考えておくよ』
気が付くと、メリッサはいつもの執務室で、仲間のデスクの前に立っていた。
散らかったその机には、さきほど入り込んでいたあの小説も転がっている。
(そういえば、デスクの上から偶然、あの『虚偽の指輪』を見つけて……)
物語に入れる代物としらずに何気ない好奇心から嵌めてしまった、その時の記憶が蘇った。
ボーン、ボーン……
あれこれ思い出して、状況を整理していると執務室の振り子時計が鳴った。
見れば、時計の針は物語に入る前から3時間ほど進んでいた。窓からは微かに赤みがかった光が差している。
するとちょうど、ガヤガヤと仲間たちが執務室に近づいてくる音がした。外に出ていたのが帰ってきたようだ。
メリッサは急いで指輪を外すと、“自分の”机の引き出しの奥にしまった。
最後にいろいろとネタ晴らしすることになって、エピローグなのに分量が多くなってしまいました。
結局、マクバーン先生はいい人で、1人ガウェインを使役して学園に出没する“番人”と戦っていたんです。
ただ、最強の時のガウェインを呼び出したものだから、狂戦士状態なため旧校舎でメリットを見つけて暴走したんですね。
あと、裏ボスのいる裏ダンジョンの敵って、今までの敵の白黒版とか特殊な色使いのイメージなんで、神殿に出る敵は黒一色という設定にしてみました。
ちなみに、地下5層は、メリットとかデルオスみたいな力がある人が入らないと神殿に変化しません。
最後までお読み頂きありがとうございました。




