気が付きます。
「う~ん、あのお店はちょっと量が少なかったでブヒね。デザートも追加すれば良かったブヒ」
昼食を食べ終えて、本屋に向かう道すがらラードが丸っとした腹を撫でながら言った。私も彼とは別の意図で自分の腹を撫でながらそれに答える。
「いや、あれぐらいでちょうど、というか少し多いだろ……ちょっと胸やけがするぞ」
「メリットは小食だブヒ」
「そういうレベルの話じゃない気が」
談笑しながら小道を抜けると、あの本屋の前に着いた。
いつもどおりその老舗は、長年の風雨にさらされ、変色したり削れたりしたブロックの外壁がアンティーク調の味を出す店構えだ。
しかし1つ、いつもと違う。
「え……閉まってる、ブヒ」
扉に“CLOSE”と看板が掛けられていた。
「今日は定休日か何かか?」
「う~ん、毎日来てるわけじゃないから分からないけど、この本屋が休みだったのって聞いたことないブヒね」
「どうしたのだろう。主人に話さえ聞ければいいんだが……」
私は、ガラス窓から店の中を覗いて見た。
やはり主人は不在のようだ。店の中から人の気配はしない。
ちょうどその時、店の中を伺う私の視界に、レジ後ろの棚に置かれた石板が目に入った。
この前来た時と同じで絵が描かれている。
それを見て、私は「そうそう、あれが例の絵だ」とラードに説明しようと口を開いたところで、ある変化に気づいて言葉を止めた。
石板に描かれた願いを叶える秘宝を示す円とそれを囲む4つの菱形、その菱形全てに“色がついている”のである。
前回見たときは、色が塗られた菱形は3つで、それぞれ青、緑、黄の3色で塗られており、残りの1つは線で菱形をかたどっただけであった。つまり、透明の菱形だったのだ。しかしそれが、今は赤色に変わっている。
「どうしたブヒ」
「ラード、あのレジの後ろにある石板なんだが。絵が描いていあるだろ?」
「う~ん、石板は見えるけど。絵なんて書いてないブヒよ」
「そんなはずは……もしかしてラードには見えない?」
「なんか馬鹿にされてるみたいでむっとするけど、見えないのは確かブヒ。絵なんてないブヒ」
どうしてラードには見えないんだ。
私は困惑しつつも、よく考えてみた。そこであの絵を初めて見たときのことを思い出す。たしか、店主は『君は見えるのか』と言って驚いていた。
きっと石板の絵は万人に見えるわけではない。ということは、この石板には何らかの特殊な力が働いているのだろうか。
「いったいどんな絵が描いてあるブヒ?」
「あの石板には、願いを叶える《秘宝》を表す円とそれを囲む菱形、そして、それを崇める人々が描いてあるんだ。菱形には、青、緑、黄の色が塗られていて、この前まで4つ目は線だけの透明だったんだ。でも、今は赤に塗られている」
「4つ目の菱形に色が塗られていると……」
ラードは転がっていた小石で地面に、私が口で説明したような図を描いていく。
「この図が、あの秘密の部屋にあった手帳にも書いてあったんだ。この変化は何を意味していると思う?」
「う~ん……」
「それって、鍵が全て揃ったってことだと思います」
少女の声が真横からして、ぎょっとして振り向く。
「れ、レベッカ!?」
私の隣にいつの間にかレベッカが立っていた。地面に描かれた図を覗き込んでいた顔を、私の方に向けてにこりと微笑む。
「あ、いや、シュミット先生、どうしてここに?」
「街に出てたら、偶然、グレンザール君たちを見かけまして、奉仕活動をさぼってるのかと思ってついてきました」
「ちゃんと終わらせましたよ」
「ふふふ、冗談ですよ。それで、グレンザール君に地下の遺跡の話を聞いて、あれからいろいろ調べてみましたが、古い文献にこの図が出てきました。この菱形は宝の部屋に続く扉の鍵を意味するようです」
「4つあるということ、ですか?」
「はい。迷宮に隠された4つの鍵を集めることで、扉は開きます。ですから、グレンザール君の言う、色が変わったというのは、誰かが鍵を手に入れたということを示しているのではないでしょうか」
「ええ!? 黒幕は4つとも鍵を手に入れちゃったブヒ!?」
その時、ラードに「ああ」と返した答えを「メリット!」という呼び声がかき消した。
声の方を向くと、本屋前の小道にフレイヤの姿があった。
ここまで走って来たのだろうか、軽く息が上がり、ほんのりと汗の浮かぶ顔は困った表情をしている。
「どうしたんだ、フレイヤ」
「ハピスがこちらに来ませんでしたか?」
「いや、奉仕活動が終わって別れてからは、彼女に会っていないな」
「そうですか……」
「はぐれたブヒか?」
「いえ、私とハピスも、着替えてから街に行こうって話していたんですが、なかなか待ち合わせに現れなくて、もしかしたらメリットたちが行くと言っていた本屋に1人で向かったのかと。あの子、思い立ったら何も言わずに行動してしまいますから」
「心配ブヒね」
「まぁ、好き勝手行動するのはいつものことなんで、多分、夕食どきには戻ってくるかと」
少し冷静になったフレイヤは、いつものことだからと苦笑いを浮かべ、そこまで深刻に考えるのをやめようとしていた。
しかし、私には懸念、いや、嫌な予感がしていた。
「フレイヤ、物騒なことを言って悪いが、ハピスは連れ去られたかもしれないぞ」
ぎょっとするフレイヤに、先ほどまで話していた『最後の鍵が黒幕の手に渡った』ことについて説明し、そのうえで推論を述べる。
「鍵を手に入れた黒幕は宝の場所まで分かっていなかったが、ハピスの霊的な力が見る能力で、宝のところまで行くつもりじゃないだろうか。もし、杞憂で終わるならそれでいいが、あり得ない話ではない。私は、すぐに地下5階にハピスを捜しに行ってくる!」
「わたくしも!」
「ちょっと落ち着いてください!」
レベッカが声を上げた。
「闇雲に探してもダメです。こういうことは先生に任せてください」
「ベッキーちゃん……」
「そこは、シュミット先生って呼んでください、ラグーンさん……ごほん、緊急用の追跡魔法を使いましょう」
「なんですかそれは?」
「教員にしか知らされていませんが、生徒たちに何かあった場合に、安否や場所が分かる特殊な魔法があります。それを使うんです」
「……いいんですか、私たちにその存在を教えちゃって」
「もう! 緊急なんだからいいの! ちょっと黙ってて」
レベッカは目を閉じ、詠唱を唱えた。彼女の体が淡く光る。その後、目を閉じたまま何かを探っているように黙っていたが、少しして目を開いて言った。
「……グレンザール君の懸念どおりかもしれません。今、彼女は地下にいます。深度から言って、地下5層」
「ベッキーちゃん、この地図にハピスの位置情報を映すことは出来ないブヒか?」
ラードが差し出したのは、本屋の店主に借りた第5層の地図ある。あの時借りたままだったため、今日、返すつもりだったらしい。
「だからシュミット先生と……はぁ」
レベッカが地図に手をかざし呪文を唱えると、地図の一角に青く光る丸が浮かび上がった。
「青い光であるうちは、命に危険はありません。黄色、赤と変わるにつれて、重篤な状態になります」
「今はまだ大丈夫ということですわね」
「でも、移動しているブヒ」
「黒幕に連れられて宝に向かっているのだろう。急いで後を追うぞ!」
「メリット、そっちは学校の方角ブヒ。逆ブヒよ」
走り出そうとした私をラードが呼び止める。
「いや、いいんだよ。学園には第5層まで直通の抜け穴があるだろ」
そう言うとラードは少し考えてから「ああ」と手を打った。




