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回想します。(3)

 “命の鈴”を手に入れた勇者たちは、その後、妖精の国を出て“死の森”を目指した。この時、一行には、妖精の国の姫であるティファニアが加わっていた。


 彼女は、魔王軍に捕らわれた兄であり妖精国王子のオルニスを助けるため勇者たちに同行すると言ったのである。

 当然、妖精王は大いに反対したのだが、国で一番治癒魔法に長けた自分なら勇者たちの助けになること、そして、国宝であるセレンティリオスを“貸与する”ので、持ち主の自分は、その管理・監督する義務がある、と半ば強引に説き伏せたのであった。


 しかし、勇者たちはティファニアを連れて意気揚々と妖精国を出たまでは良かったが、魔王軍の妨害にあい、真っすぐ“死の森”には向かえなかった。

 “死の森”直前の街エリモンに抜ける唯一の道が大岩によって塞がれていたのである。

 そのため、迂回するトンネルを掘るためにドワーフの里に頼みに行ったり、ドワーフの里に着いたら着いたで人助けをしたりと、紆余曲折があった。結局、エリモンの街に着いていざ“死の森”という頃には、妖精国を出て2週間が経ってしまっていたのである。




「皆さん、ごめんさい……」


 翌朝には“死の森”に向かうという深夜、皆が寝静まった頃に、ティファは1人宿を抜け出した。

 気配を殺し、足音を消して、月明りに照らされた静かな夜の街を歩く。彼女は“手紙”によって招かれていた。

 その手紙は日中、街で買い物をしている時に入れられたのだろうが、気づかぬ間にカバンの中に入っていたのである。そして、その手紙には、こう書いてあった。


『深夜、街の東にある広場まで1人で来い。オルニスについて情報を教えよう。なお、このことは他言せぬように』


 明らかに怪しい内容だった。魔王軍の罠であることも十分考えられる。

 しかし、封筒に一緒に入っていた物を見て考えが一変した。同封されていたのは、兄オルニスの紋章――エーデルワイスの紋章が彫られた指輪だったのである。

 本物の王家の指輪だった。

 この差出人は、兄について何か知っている。

 危険だと分かっていても、愛する家族のこと、誘いを無視することは出来なかった。藁をもつかむ気持ちで、ティファは誘いに乗った。


「参りました。手紙にあったとおり1人です」


 誰もいない広場に着くと、ティファは虚空に向かって呼びかけた。すると、少しの間があって、月に照らされてできたモニュメントの影の中から、まるで水面に浮いてくるように、人型をした別の“影”がぬっと伸び上がった。

 その不気味な光景に、ティファは小さく悲鳴をあげる。


「怖がらなくていい。私が君に手紙を出したものだ」


 影は目も口もない顔をティファに向けて、どうやっているのか分からないが、重くのっそりとした声で話し掛けてきた。


「あ、あなたはいったい……」

「失礼、私はデルオス。魔王軍の幹部だ。といってもこの姿は仮初だがね。ごきげんよう、ティファニア殿下」


 魔王軍ときいてティファの緊張が高まる。


「ああ、別に君を罠に嵌めようとかそういうんじゃない、警戒しないでくれ。今日は“取引”に来ただけだ」

「取引、ですか?」

「そうだ。手紙で言っていた、君のお兄さん、オルニスに関する情報を提供する代わりに、君にやって欲しいことがあるんだよ」

「ふざけないで! お兄様はあなたたち魔王軍が捕えているのでしょ! そんな者たちと取引なんて!」

「そうか、それもそうだな。では、彼の身柄を引き渡そう。これでどうかな?」

「何ですって!?」

「実はね、オルニスの身柄は、今、私の手元にあるんだ」


 するとデルオスの隣に並ぶように、モニュメントの影から甲冑を着こんだ騎士が浮かび上がってきた。

 その騎士は、ティファにも見覚えがあった。砦で勇者たちと壮絶な戦いを見せたあの騎士である。


「彼はガウェイン。前に一度会っているね。ガウェイン、兜を取ってくれ」


 言われた通りガウェインが兜を脱ぐと、その晒された素顔を見てティファは言葉を失った。

 ガウェインの兜の下には、兄オルニスの顔があったのである。


「彼はなかなかの逸材だったからね。私が、強化と洗脳を施して、最高の剣士になってもらった」


 オルニスの目には生気がなく、姿勢よく直立しながらも人形のようにぼおっとどこかを見ている。それが洗脳によるものなのは、いやでも分かった。


「お兄様! お兄様! 正気に戻ってください!」

「無駄だ。私の洗脳は完璧だからな。だが、君が取引に応じてくれるなら、これを元の状態に戻してお返しする、というわけだ」

「……ひどい……そんなお兄様……どうしてこんな酷いことを!?」

「酷い? 殺さなかったんだ、感謝して欲しいくらいだが」


 ティファは返す言葉も吐かず黙ってデルオスを睨みつける。


「やれやれ、冷静に考えてみたまえ。圧倒的に有利なこちらが“取引”しようというんだ、とても歩み寄った譲歩だと思うがね。それとも、ここで殺された方がいいかね?」


 突然、デルオスの声色が威圧的なものに変わる。ティファはその迫力に体をびくりとさせた。

 恐怖に体が小さく震え自分の体を抱きすくめる彼女に、デルオスは話を聞く姿勢になったと納得したのか、「うん、よし」と頷いて話し始めた。


「取引っていうのは、これをメリットという剣士に身につけさせてほしい」


 デルオスの手から離れた輪っかが宙を滑って、ティファの眼前で止まる。


「……腕輪……ですか」

「そうだ。君から渡せば奴もつけるだろう。それを身につけさせてくれさえすれば、オルニスを解放する。簡単だろう?」

「この腕輪を嵌めたら、メリットに害がありますよね」

「それはそうだ。しかし、どうなるかは君が知らなくていいことだ」

「勇者様ではなく、メリットを狙うのは」

「それも知らなくていい」

「……光の剣ですね。光属性という域を超越した技」

「なんだ、気づいていたか。そうだ、普通の光属性の魔法と違って、あの剣は高位魔族にとっても危険だ。だが、まだ未完成でもある」

「だから今のうちにメリットを消す……」

「そういうことだ」

「そんなことに――」

「そんなことに加担するわけない、か? そう言うと思っていたよ。では、もう一つ“判断材料”をあげよう。 

 この先の“死の森”は、私の魔法によって森を変容させたものだ。生命の息吹を消し去った瘴気の満ちた森にね。

 そして、君たち妖精族は、妖精の国を覆う森が命の源なのだろ? 森が枯れれば君たちも死ぬ。

 つまり、私は、その気になれば、君たちの森も“死の森”に変えて、国ごとを君たちを滅ぼせるのだよ。今まではミスリルの錬成技術のために、この手段はとらなかったがね。

 さて、よく考えて決めたまえ、オルニスと祖国か、それともメリットか。ただ、腕輪は“死の森”を抜けるまでに着けさせたまえよ。それが期限だ」


 そこまで言って、デルオスとオルニスの体が足元の影の中にずぶずぶと沈んでいく。ティファは消えゆく兄の姿に、「お兄様!」と叫ぶも、オルニスは眉一つ動かすことはなく、デルオスとともに影の中に消えていった。

 苦渋の決断を迫られ愕然として座り込むティファの足元にはいつの間にか、浮いていたはずの腕輪が転がり、月の光を鈍く反射していた。



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