回想します。(1)
レベッカが本の内容を読み始めた途端、私の視界は白い光に満たされ、次の瞬間には別の景色が映っていた。
突然変わった目の前の景色、私が立っているのは夜の草原である。静かな闇の中にさわさわと草が揺れ、虫たちの鳴く声が心地よく響く。
その草原の一角、草が生えていない場所にたき火を囲んでいる人たちがいた。私はその火を囲む輪を一歩離れたところから眺めている。
『ジン、これはいったい何だ?』
――“回想”ってやつだ。
「あの物語で過去を振り返るやつか?」
――そうだぞ。レベッカちゃんから伝記を読み聞かせてもらうってのもよかったが、今回はお前さんの記憶を“詳細に”とり戻すことが目的だ。指輪はお前さんが“思い出した”ということを“回想”という形にして経験させることにしたんだな。
「うん……分かったような、分からないような」
――主人公がどんな経験をしてきたか、よく分かるようにしてくれたってことだ。お前さんは、ただ見てればいいんだ、気楽にな。
ジンが喋り終わると、目の前の景色が再び動き出した。
“ただ見てればいい” とジンが言った通り。私の意識がそこにあるだけで、触ったり喋りかけたり出来ないようだった。まるで演劇でも見ているように、たき火を囲む人たちが喋るのを眺めているだけだ。
そして、その演劇の登場人物たちが見知った顔ばかりだった。勇者一行である。当然、私、つまり剣士メリットもいる。
「お、焼けたぞ。ほれ」
「あんがと!」
体格のいい男が、串にささった肉を焚火の傍から取り上げ少年に渡した。男の方は戦士のグスタフ、肉をがっついている少年の方が勇者クラインである。
「ぼんで、つぎば、もぐもぐ……どぼにいぶん……もぐもぐ」
「食べながら喋らないでくれ」
肉を頬張りながら喋るクラインを、メリットが窘める。へへっと無邪気に笑うとクラインは肉を咀嚼し、ごくんと飲み込むと改めて話し出した。
「それで、次はどこに行くんだっけ?」
「はぁ? あんたバカなの!? 昨日も話したでしょ!」
気の強そうな黒衣の女が、眉間にしわを寄せてクラインに吠え掛かった。
そうそう、勇者は結構“抜けている”奴だった。いつもこうやって、魔導士のアマンダに怒られていたっけ。
それで、助け舟を出すのがこの人だ。
「ふふふ、クライン様ったら。魔王城への手がかりを捜しにエリモンの街に行きます」
僧侶のエリスが優しく微笑んで、勇者の肉で汚れた口元をハンカチで拭いてあげた。慈愛に満ちた優しい女性だ。ちょっと勇者に過保護な気もするけど。
「もう魔王軍の四天王は倒しましたし、彼らから魔王城に続く道を開くための“鍵”も手に入れました。あとは、その鍵穴を見つけるだけです」
「あ、そうか! そういえば」
「しかし、エリモンの先には、“死の森”が広がってるって話じゃねぇか。ぜってぇ、その森を越えることになるだろ。つうか、鍵穴は森の中な気がするぜ」
グスタフが口を挟む。
「じゃあ、その森に行ってみよう!」
「はぁ? バカなの!? アホなの!? 死ぬの!? 死の森は入ったら生気を吸われて死んじゃうのよ? 前の村でもその話きいたでしょ!?」
「アマンダ……そんな言わなくても……」
「ちょ、しょげないでよ。悪かったわよ、言い過ぎた。森の中を捜すにしても、森を抜けるにしても何か手段はあるはずよ。その手段もエリモンの街で探すの」
「なるほど! それが魔法的な手段だった時は、頼むぞアマンダ!」
勇者がにかっと笑ってみせると、アマンダは「当然でしょ」と言って顔を背けてしまった。その背けた顔が赤く、にやけているのはいつものことだ。勇者は気づいていないが。
そして、それをむすっとした目で見るエリスがいることも、勇者は気づいていない。
焚火の前のメリットは、その日常の風景にはぁっと呆れたようにため息をついていた。
その後、勇者一行はエリモンの街の着くと情報収集を行ったのだが、そこで、ひょんなことからティファという妖精の少女を助けることになり、捜していた情報はこのティファから得ることが出来た。
彼女からの情報では、魔王城への道は死の森を超えた先にあること、そして、死の森を超えるには妖精の国で作られる“命の鈴”を身に着ける必要があるということだった。
しかし、命の鈴を作れる妖精の国は、今、魔王軍の侵攻を受けていて苦しい状況にあるという。そのため、妖精の国に行き、攻め込んできている魔王軍を倒してほしいとティファから懇願され、勇者たちは妖精の国へ向かうことになったのだった。
ティファの案内で妖精の国に着くと、まず妖精王の城に行き、王に謁見した。
至る所クリスタルで構成された神秘的で美しい城、その玉座に腰かける妖精王は、ティファの姿を見るなり立ち上がり王妃とともに彼女に駆け寄る。
「おお! 戻ったか、ティファニアよ」
「心配しましたよ」
「お父様、お母さま、申し訳ございません。しかし、魔王軍と戦ってくれる勇者様たちをお連れしました」
驚いたことにティファは、妖精族の姫だった。
魔族と戦っている勇者がいるという噂をきいた彼女は、勇者なら魔王軍によって劣勢に立たされている状況を打開できると考え、城を密かに抜け出して勇者たちを捜していたらしい。
大人しい性格の女の子だが、なかなか肝が据わっていると思ったものだ
その後、「よく来てくれた」と手厚い歓迎を受けた勇者たちは、大臣より妖精国の現状について説明を受けた。
「魔王軍は、妖精族が錬成する“ミスリル”の錬成技術を奪うために、この妖精国に侵攻してきました。戦いが始まった当初は、攻め入る魔王軍を退け、優勢を保てていたのです。それもこれもオルニス殿下の活躍があったからでございます」
「オルニスって王子様か? そんなに強いやつだったのか?」
「ちょっと、言い方が失礼でしょ!」
アマンダがクラインのわき腹を肘で小突いた。王は「よいよい」とにこやかに頷いて、勇者の態度を特に気にしていない様子を示し、大臣は話を続けた。
「はい、勇者殿。誠実にして気高く、文武両道、軍略にも通じるまさに英雄たる器をもったお方でございます。しかし……」
そこで大臣が口淀んだ。
「殿下は前線に立って戦いを指揮されておられたのですが……敵の奇襲を受け、捕えられてしまったようなのです。優れた指揮官を失った我が軍は、それ以来、じりじりと押され続け、今では劣勢の状況でございます」
「なるほど、状況は分かったぜ。魔王軍を倒せばいいんだな!」
「いや、そうだけど、そうなんだけどさ……クライン、私たち5人で真正面から魔王軍に挑むわけじゃないからな」
「え? そうなのメリット?」
「そうだよ。この場合、私たちは遊撃部隊として、敵の本陣にいる指揮官を叩くのと、王子を救出することが求められる、と思うけど」
「さようでございます。勇者殿たちには、今、おっしゃった役割を担って頂きたい。魔王軍は雑兵ばかりなのですが、指揮官の魔物が兵たちの力を増幅させているようなのです。ですから、司令官を失えばやつらは弱体化し、我々が一気に盛り返せます」
「なるほど。それで、敵の本陣は?」
「本当に分かっているのか……」
「こちらをご覧ください」と言って大臣が勇者たちの頭上に、魔法で大きな“窓”を開いた。宙にぽっかりと開いたその窓からは外の景色が見えている。
国を囲んでいる緑の美しい森が続いているが、途中から岩だらけの荒廃した土地が広がっていた。その荒地の真ん中には、黒く禍々しい形をした砦が立っている。
「我らの森を切り開き築いたあの砦が、やつらの本陣にございます」
「よし、ここを攻めればいいんだな」
「本当に大丈夫かしら……」
「大丈夫ですよアマンダさん。クライン様はやれば出来る子なんですから」
「そうやってエリスはクラインを甘やかすんだから」
そんなやり取りが面白かったのか、ティファがくすくすと笑った。笑う彼女に気づいてメリットがそちらに目をやると、ティファも彼の視線に気づき目が合った。
笑顔のティファがなんとも可愛らしくて自然と微笑んでしまう。すると、ティファは顔を赤くして俯いてしまった。
「では、勇者殿、それに皆様、作戦の詳細についてお話させて頂きます」
「うん、ちゃちゃっと決めてくれ」
その後、作戦について話し合い、夜の闇に乗じて砦への侵入することに決まった。作戦は、狙ったかのようにちょうど新月となる今夜に決行される。
夜が耽るのを待ってから、新月の闇に紛れて勇者たちは、魔王軍の砦にむかった。
王の反対を押し切って同行してくれたティファが案内し、敵の監視にも見つかることなく侵入を果たすことが出来きた。そして、侵入後は抵抗にあいながらも、砦の中を指揮官のいる部屋目掛けて一気に駆け抜けたのである。
指揮官の部屋に辿り着いた勇者たちは、そこで苦戦しながらも指揮官である巨大な魔物を倒すことに成功した。しかし、オルニス王子の姿はすでに砦にはなく、魔物は死に際に「王子は捕虜として魔王軍の本拠地に連れて行った」と語った。
思わぬ事実に落胆しながらも、指揮官を排除することには成功した勇者たちは、狼煙をあげ妖精軍に知らせようとした時だった。勇者たちの前には恐るべき新たな敵が姿を現したのである。
「我が名は、暗黒騎士ガウェイン。魔王軍最強の剣士なり」
鎧を身にまとったガウェインと名乗るその騎士は圧倒的な強さを持っていた。
指揮官の魔物との戦いで疲弊していたとはいえ、勇者たちは次々と膝を折っていく。
それほどにガウェインの剣は、鋭く速く、疾風の如きものであった。
ただ、その太刀筋を見て、回想を眺めていた私の意識下に閃きが走った。
ガウェインの太刀筋が、旧校舎で襲ってきたあの漆黒の騎士と同じなのだ。しかし、鎧の形状が大分違うし、色も黒ではない。
「ふん、勇者とてこんなものか」
膝をつく勇者たちにティファが必死で治癒魔法をかけるが、傷が深くなかなか回復しない。
それを見ていたガウェインの剣が彼女に向いた。
「妖精国の姫か……無駄な足掻きだが、煩わしい。魔王軍に楯突く妖精どもの見せしめとして、貴様から殺してやる」
「させるかっ!!」
ティファに振り下ろされるガウェインの剣をメリットが受け止める。
「ほう、まだ動けるか」
そこから一騎打ちが始まった。ガウェインのスピードについていけるのは、メリットしかいない。
両者の目にも留まらぬ斬撃の打ち合いは、剣同士がぶつかるたびに凄まじい衝撃波を放つ。
嵐のようなぶつかり合いは何十合にもおよんだ。
しかし、最後にはメリットの剣が折れてしまった。壮絶な剣技の応酬に彼の剣は耐えられなかったのである。
「どうやら、これまでだな。死ねっ!!」
折れた剣を手にしたままのメリットに、ガウェインの剣が振り下ろされる。その時、メリットが咆哮した。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
雄々しく叫ぶ彼の手の中には、光の剣が握られていた。折れた剣の先から、光の刃が形成されているのである。
そして、メリットは叫びながらその光の剣を切り上げた。
ガウェインの剣を断ち切り、そのまま胸の装甲をも裂いた。
「な、なにっ!?」
ガウェインは思いもしない攻撃に思わず飛びのき、狼狽えた。が、その直後、様子が一変する。
「ウガアァァァァっ!!」
ガウェインが頭を抱え苦しみだしたのである。そして、少しの間もがき苦しんだ後、転移の魔法で姿を消してしまった。
その様子をメリットはぼおっと眺めていた。眺めているしかできなかったのである。その時のメリットは、光の剣はとうに消え失せ、精魂尽きかけ、半ば気絶した状態で立っていたからだった。
その後、ティファの治癒魔法で、メリットも重傷だった勇者たちも回復してもらい、全員が動けるようになる頃には、ちょうど日の出を迎えた。
勇者たちは砦から狼煙をあげ、それを合図に妖精たちの総攻撃が始まり、その日のうちに妖精族側の完全勝利が決まったのだった。
グスタフって名前の“戦士”にしっくりくる感は、凄まじい(笑)
重量感があるんだよなぁ。
回想はもう少しつづきます。




