怒られます。
ルームメイトのいない私の部屋で、空のベットの上に腰かけ「まったく、もう」と頬を膨らませて紛然としているのは、レベッカである。
「私が取りなさなかったら停学だったんですからね」
「ごめんなさい」
部屋にやって来るなり「ちょっと座りなさい」というレベッカの指示に従い、ベットの前の床に正座して見下ろされている私は、座った姿勢で頭を下げた。
旧校舎からマクバーン先生によって連行された私たちは、担任であるレベッカ立ち合いのもと、マクバーン先生からネチネチと長いお説教を受けたのである。
罰則として“停学”にするべきとも話が出たが、そこはさすがにとレベッカが庇ってくれて、休日を使った“奉仕活動”をすることで何とか収まったのであった。
「薬草の森だけでなく、旧校舎にまで忍び込むなんて」
「……それは、さっきマクバーン先生の前でも謝ったじゃないか」
「悪いことしたと思ってるんですか!?」
「お、思ってますとも……でも、教師が生徒の部屋に夜来るのはいいのかな……」
「何か言いました!?」
「い、いえ!」
確かに悪いことをしたとは思うが、レベッカが怒っているのは何か違う理由のような気がする。私は余計な怒りを買わないように恐る恐る訳を聞いてみることにした。
「その、シュミット先生……」
「レベッカ!」
「えっと、レベッカ? なんでそんなに怒っているんだ?」
「だって……だって、私を冒険に連れてってくれなかったから!」
「え?」
予想していなかった理由に私は目を丸くした。いや、理解できていないという方が正しいかもしれない。
「私だって伝説の剣士メリットと冒険したかったの!」
「え……いや、旧校舎に幽霊探しに行っただけだから」
「そんなの関係ない! 私が、どれだけ勇者の伝記や物語を読んだと思ってるの!? メリット様と一緒に冒険出来たらどんなに素敵か、どれだけ妄想したと思ってるの!?」
思ってるの!? ってそんなの知らないよ……とは思うけど、鬼気迫る形相のレベッカには言えないので、「ごめんなさい」と呟くのみだ。
「私に言ってくれれば、森や旧校舎に入る許可だって取れたのに……それをコソコソと」
「いやぁ、幽霊探しに許可なんか降りないかなぁって……」
「だまらっしゃい。いいですね、次にどこかに冒険に行くときは私も誘ってください!」
「は、はい」
最後に言ったことが、レベッカがわざわざ私の部屋に来てまで言いたかったことなのだろう。怒りを吐き出し切った彼女は少し落ち着き、取り乱して悪くなった体裁を取り繕うように「ごほん」と小さく咳払いをした。
「それで……」
「ん?」
「旧校舎では何があったんですか? 一緒には行けませんでしたが、お話ぐらい聞かせてください……あなたの冒険には興味がありますし……」
怒った手前気恥ずかしいのか、レベッカは赤みが差す顔を逸らしてごにょごにょと言った。
「では、話すから普通に座っていい?」
「ええ」
「良かった、ちょっと正座はきつかったん、のぁっ!?」
お許しを得て立ち上がった時だった。足の裏をじーんという痺れが襲った。その痺れによろめき、姿勢を崩す。
「ふ、ふにゃっ!?」
そして、目の前のレベッカに向かって倒れ混んでしまった。
結果、レベッカをベットに押し倒す形になる。
「申し訳ない、足が痺れて、あはは」
かっこ悪いのを誤魔化すように笑いつつ、ぐっと腕に力を入れて体を持ち上げる。レベッカに比べて体が大きい私が彼女に乗ったら重いだろうと思い、急いでどくと、彼女からは「あ……」と名残惜しそうな声が出た。
「大丈夫?」
「え、ええ……」
体を起こし座り直した彼女の顔は赤く、ぼーっとしている。本当に大丈夫だろうか?
――フー! お約束が分かってるね。お前さん!
『何がだ?』
――あれ、分かってない? ベットに押し倒してるんだよ?
『ああ、怪我がないか心配だ』
――ヘイヘイ、レベッカちゃんは女の子、今のお前さんは、O・TO・KO、つまりそれが押し倒したってことだぜ? ドゥーユーアンダスターン?
ちょっと考えて、理解し、そこから私の顔も一気に真っ赤になるのが自分でも分かった。
「ごごご、ごめんなさい。え、えっと……」
私が慌てて謝ると、レベッカも一気に恥ずかしくなったのか顔を背けてしどろもどろにしゃべり始めた。
「い、いいいえ! じ、事故ですから! そ、そそそれより、き、旧校舎では何が?」
「あ、そそうだ。旧校舎には隠し部屋があるだ」
「……え? 隠し部屋、ですか?」
「そうなんだ。西階段の踊り場に設置されている大鏡なんだけど、あれが異空間に作った部屋に繋がっていたんだ」
その後、旧校舎で見つけた秘密の部屋について説明すると、レベッカは真剣に耳を傾けて聞いていた。途中まで頷いたり相槌を打ったりしながら聞くことに徹していたが、手帳の中に書いてあった「死霊軍団」の部分に話が及ぶと驚いて口を開いた。
「死霊軍団の復活、ですか……」
「ああ、何者かは知らないが、そんなことを企んでいる者がいる。あの研究室は最近まで使っていたようだから、その者は現在も死霊軍団の復活を企んでいるのだろう。しかし、そんなことは魔力が足りなくて不可能だとハピスは言っていたけど」
「はい、普通、無理でしょうね。でも、研究室を持ってまで死霊魔術を研究をする者ですから、その不可能を可能にする方法を研究していたのでは?」
「ああ、私もそう思う」
「もし、死霊軍団が復活した場合、世界は簡単に征服されちゃいますね……」
「それだ。アンデットは確かに脅威だが、“光”属性の魔法があれば太刀打ち出来るんだ。ラードやレベッカたちがそんなに脅威に感じるのは、少し不思議なんだが」
レベッカの表情が曇った。
「メリット。今の時代に、光属性の魔法を使える魔人はいないんです」
「いない?」
「光属性は、魔法と言ってはいますがその根源は魔力ではなく、“人間”だけがもつ生命エネルギーを放つもの。だから魔族が混じっている魔人には使えません」
「じゃあ、アンデットと戦う手段がないのか?」
「物理攻撃や魔法も、相当な威力があればアンデットにも効くでしょう。それ以外となると、アンデットでもってアンデットを倒すしか。同じ波長の闇属性であれば攻撃は通ります。でも、10万の軍勢相手では」
「現代の魔人が扱えるアンデットの数なんてたかが知れている、というわけか」
全世界からみればたかだか10万の兵でも、ほぼ弱点なしの不死身の軍勢である。レベッカたちが深刻になるのも頷ける。
何かとんでもない企てが知らないところで進められていることに、レベッカも危機感を感じたようで「私も色々と調べてみます」と神妙な面持ちで言った。
「それで、旧校舎で他に何か変わったことはありましたか?」
「ああ、あと中庭で幽霊に囲まれて、襲われた」
「幽霊に囲まれた!?」
私は幽霊の特徴を説明する中で、併せて、遺跡のような地下5階層で同じような特徴の“幽霊”と戦ったことも話して聞かせた。
話し終わるとレベッカの目がじとっとした恨みがましいものになっていて、それで私を睨みつけている。
「ど、どうしたんだ?」
「……そんな地下なんて楽しそうなところにも冒険に行ってたんですね」
「ご、ごめん。その時はラードのためで」
「もういいですよ」
レベッカは、ふくれっ面で「ふんっ」と鼻を鳴らすと、素に戻って「でも、変ですね」と言葉を続けた。
「地下の第5層にそんな遺跡みたいな場所は、ないんですよ」
「本当に?」
「ええ。私も歴史研究の一環で地下道についても調べたことありますけど、そんな遺跡があったら覚えてますもん。あるなら、ぜひ調べたいぐらい」
今のレベッカの発言で、私は顎に手をあて呻いた。さらに謎が増えてしまったからだ。
秘密の部屋の次は、謎の地下遺跡。あちこちで出没する黒塗りの幽霊も加えて、まったく謎だらけだ。これらが全て関係しているのか、それとも関係ないのか、今の段階では分からない。
じっくりと考えたいところだったが、レベッカに話を続けられて、思考するのをそこでやめた。
「地下遺跡には今度連れて行ってもらうとして、幽霊に囲まれてどうしたんですか? メリットの剣技で切り抜けたとか?」
「それが、突然、漆黒の鎧を纏った騎士が現れて、幽霊を一掃したんだ」
「へぇ、どなたか知りませんが助かりましたね」
「だが、その後、急に私に襲い掛かってきた。私の名前を叫んで、怒り狂ったように猛烈に攻撃してきたんだ」
「ええ!?」
レベッカが驚きの声を上げる。私が押される展開になったほどに、漆黒の騎士が恐ろしく強いやつだったと説明すると、さらに大きい声で驚いた。それがちょっと恥ずかしかったか、咳払いをしてから、落ち着いたトーンに戻して話を続けた。
「メリットの名前を知ってるってことは、知り合いだったんですか?」
「甲冑を着こんでいたから分からない。しかし、私はあの騎士を知っている、と思うんだ。太刀筋に見覚えがある……何度か剣を交えたことがあると思う」
「思い出せないんですか?」
「どうも石化する辺りの記憶だけが、頭の中に霧が掛かって思い出せない。おそらく、その霧の中にあの漆黒の騎士の記憶もあると感じるんだが……」
「ふむ……なるほど……」
今度はレベッカが顎に手を当てて何やら考え始めた。少しの間そうしていたが、急に「よし」と言って手を打つと、片手を広げ「ほっ」と軽く声を発した。すると、その手の上に本が一冊、どこからともなく現れたのである。
私は、いきなりの発言魔法に驚いてしまったが、私のリアクションなど気にすることなく、レベッカはその本を私の鼻先にぐいっと突き付けて言った。
「思い出せないなら、私が読み聞かせましょう!」
「え?」
「勇者様の伝記に沿って、記憶がない部分を読み聞かせ、思い出していけばいいんですよ」
「いや、それは――」
「メリットと伝記の検証をしたかったんですよねぇ~」
私の反論を聞く間もなく、レベッカは「この辺からかなぁ」などと言って上機嫌にページを捲り始めた。
彼女の手の中の本は随分と色あせ、何回も読込んでいることが分かる。その大好きな本の中に出てくる人物が、一緒にその本を読んでくれるというのだから、舞いがっているのだろう。
私も歴史が好きだが、歴史の偉人が隣にいて当時の話を出来るなら楽しいだろう。そう考えれば、どこから読むか決めるのに夢中になっているレベッカの横顔が微笑ましい。
私は記憶の回復を彼女に任せて見守ることにした。
次回は回想です。
ちょっとシリアスかな。




