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遭遇します。

 一瞬、温度はないが、水面に触れるような柔らかい感触があって、鏡の向こう側に完全に体が入る。潜るときに軽くつむった目を開けると、鏡越しに見えていた景色が広がっていた。


 どこかの一室。本にびっしりと埋め尽くされた本棚に囲まれ、部屋の中央には机が一式、それと何か分からない道具がガチャガチャとあちこちに置いてある。

 実験室のようであり、書斎のようでもあるが、さほど広くはなく教室とは違う個人の場所という印象を受けた。


「出入り口は、この鏡一つか」

「そうみたいブヒね。だれがこんなもの、まるで隠していたみたいブヒ」


 ラードの抱いた疑問を同様に私も抱く。ハピスほどではないが好奇心もあり、考えを巡らせながら、先に入って部屋の奥の本棚を物色しているハピスのもとに向かった。すでに何冊か引っ張り出し、開いた本を睨みながら「ふむふむ」と頷いている


「この部屋が何なのかわかるか、ハピス?」

「う~ん、詳しいことは分からないけどぉ、この部屋自体は異空間に作った場所だねぇ。で、研究しているのは“死霊魔術ネクロマンス”だよぉ」

「え!? 死霊魔術ネクロマンスブヒか!?」


 思わぬ単語に、机の方を物色していたラードが声を上げ、私もどきりとした。


「うん、ここにあるのそういう本ばっかりだもん」

「だからあんな風に隠していたのか……しかし、ハピスは随分と詳しいな。オカルト好きだからか」

「メリット君、幽霊とかのオカルトと死霊魔術ネクロマンスは全く別物だよぉ」

「ああ、そうだったな。すまない」


 説明されても感覚的には、どうも違いが分からん。

 ハピスは、頬をぷくっと膨らませて少し怒って見せた。気に障ったようなので、謝ると「いいよぉ」と言って表情を戻し、話を続けた。


「お父さんがぁ、死霊魔術ネクロマンスの取締官だからねぇ。小さい頃から、『こういうのは読んじゃダメなんだぞ』って実物で教えられてねぇ」

「いや、それ結局、お父さん読ませてるから」

「だからわかるんだぁ。本だけじゃなくてぇ転がってる道具なんかもぉ、死霊魔術ネクロマンスで使うものだよぉ」


 ハピスが死霊魔術ネクロマンスに関して詳しくなった経緯はさておき、この部屋自体が隠されていたのは、禁制である死霊魔術ネクロマンスを研究するためで間違いないだろう。秘密の研究室といったところだ。


「特に幽霊とは関係ないようだし、そろそろ――」


 さっきからフレイヤは「もうおうち帰りたい……」と呟いてめそめそ泣いているし、この部屋はオカルトとは関係ないことも分かったので、もお外に出ようかと言いかけたところで、ラードの「こ、これ!」という驚いた様子の声がした


 振り向くと、ラードが机の端に置かれた小ぶりな本を指さして目を見開いている。どうしたのかと駆け寄ると、「こ、これ……」とひきつった声で机上の本を見るように訴えた。


 この本がどうかしたのだろうか……覗き込むと、それは本ではなく手帳やノートといったもので、中には白紙を塗りつぶさんばかりに小さな文字がびっしりと書き込まれている。そして、文字だけでなく、そこかしこに魔方陣も描かれている。


「この部分なんだけど……」


 開かれたページの一部分をラードが指し示す。


「どうやって死霊軍団を復活させるか研究したことが書いてあるんだブヒ……」

「死霊軍団……デルオスの軍勢か」

「そうだブヒ。あの10万を超える不死身の軍団を、このノートの持ち主は現代に蘇らせようとしてるんだブヒ。そして、その軍団を使って世界を支配するつもりでいるみたいブヒ」

「世界征服のために死霊魔術ネクロマンスを研究しているというのか?」

「この部屋の主は、相当ヤバい思想の持主だブヒ」

「う~ん、でもあの軍団を復活させるなんて無理じゃないかなぁ」


 ハピスが話に加わってきた。どういうこうとか問うと、ウェーブ掛かったくせ毛の先を指で弄びながら答える。


「あの軍団を召喚するのもぉ、維持するのもぉ、そんな魔力がある人今の世の中にいないよぉ」

「あ、確かにそうブヒ。ブヒヒ、部屋の雰囲気に呑まれてちょっと驚いたけど、結局、拗らせちゃった人の妄想ノートかもしれないブヒね」


 けろりと笑うラードをしり目に、私は少し考えを巡らせていた。


 確かに、人魔融合のせいで魔人の魔力は平準化され、かつての魔王軍幹部のような桁外れた魔力の持ち主は生まれなくなった。だから、ハピスの言う通り死霊軍団の復活なんてものは夢物語だと言える。

 ただ、こんな隠し研究室まで設けて研究する人間がそんな簡単なこと分からないわけがない。それとも、ノートの最後には研究の結果『死霊軍団の復活はできない』という結論に辿りついているのだろうか。


 ぺら、ぺらっとノートのページを捲る。すると、あるページの描かれた図形に目が留まった。

 円を囲むように並んだ4つの菱形。

 その図形の横には『万能なる力』と書いてある。一瞬、魔方陣かと思ったが、違う。見たことのある図形だ。どこで見たのだろうか……。


「メリット君、もう行こうぉ? ここは幽霊さんとは関係ないよぉ。この部屋のことは後で先生に任せればいいしねぇ」


 考えているとハピスが私の顔を覗き込んできた。


「ん? ああ、そうだな」


 我に返って返事をすると、ハピスがにっこり笑って私の手を掴んだ。

 そこで頭の中でぐるぐると渦巻いていた思考が一度止まった。


 ハピスは、まだ涙目のフレイヤの方に私を引っ張り「フレイヤちゃんをよろしく」と彼女の手を握らせた。すると、フレイヤは怯える子供のように無言で私の腕にしがみつき、私の腕には再びあの痛みが……頭の中で止まっていた思考が完全に散り散りになって消えた。 



 ◇  ◇  ◇



「ここで最後ブヒか」

「中庭だな」

「そうだよぉ。置いてある校長先生の像が動くって言われてるのぉ」

「いやぁぁ!」

「いたぁぁ!」


 鏡の中にある隠し研究室という思わぬ発見はあったものの、目撃現場を巡ってもどこにも幽霊の姿はなく、私たちは最後の目撃現場である中庭の前へと辿り着いた。


 中庭に続く扉、それにあしらわれたガラス窓から中庭を見える。が、やはり幽霊は見当たらない。とはいえ、窓から覗いたぐらいではハピスは納得しないので、扉を開けて中庭に出ることに。

 中庭は室内とは違い、重なり合った枝の隙間から微かだが光が差して多少は明るい。薄気味悪いのはあまり変わらないが。


 しかし、ハピスはそんな空気もお構いなく中庭の真ん中まで行き、「お~い、幽霊さ~ん」と呑気に呼びかけ始めた。私たちも彼女の後を追って中庭の中心に向かう。


「う~ん、やっぱりダメなのかなぁ」


 ハピスの呼びかけのかいもなく、幽霊が姿を見せる気配すらない。ハピスは、残念そうに眉尻を下げた。


「そ、そそうですわよ。幽霊なんていませんわ! ほら、もう帰りましょ?」


 フレイヤが震える声で訴えた直後、私たちを囲むようにして2つの影が地面から伸び上がった。ただの柱のような形だった影たちは、ぐにゃぐにゃと形を変えて、あっという間に手足をもった人型へと姿を変えた。


「あ! ぼ、亡霊ブヒ!」


 ラードが叫ぶ。彼同様に私にも見覚えがある影たちだ。

 ペンキを頭から被ったのかと思うような漆黒の体に、目だけが赤く光っている。地下で見たやつらと同じ。

 しかし、今目の前にいる亡霊たちは地下の亡霊とは少し違った。

 前は全てスカルナイトらしい形をしていたが、今は蛇の頭が生えたスネークソルジャーやカマキリの様な姿のキラーマンティス、私や勇者たちがかつて戦ったことのある魔王軍の兵士の姿をしていた。

 とはいえ、どれも今はいない魔族たちだ。これらもやはり亡霊なのだろうか。


「うわぁぁ! 幽霊さんだぁ!!」

「いやぁぁっ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もうおうち帰るぅ!」


 ハピスとフレイヤの対照的な叫びが同時に響く。しかし、喜んだり怖がったりと感情に浸っているような呑気な状況ではない。

 地下の時同様に、亡霊たちは武器を構えて私たちに襲い掛かってきた。


 私はセレンティリオスを抜きざまに高速の一太刀を浴びせてキラーマンティスを葬り、すぐに切り返してラードたちに迫るスネークソルジャーの剣を受け止めた。

 しばし、ギリギリと刃を擦り合わせていたが、弾き飛ばして、体制が崩れた一瞬で切り伏せた。


「さっすがメリットだぶひ!」


 背後でラードが喜んだのもつかの間、前方に更に4つの影が伸び上がった。


「みんな走れ! 校舎を出るぞ!」


 3人を守りながらは無理だ。そう判断した私は叫んだ。

 まだ幽霊を見ていたいと視線が釘付けのハピスに、怯えて縮こまるフレイヤの2人を、ラードがなんとか入ってきた扉の方へと引っ張ってくれた。


 私は前方の4体をひきつけ、ラードたちの退路を確保する。

 しかし、2体まで減らしたところで、ラードの悲鳴が聞こえた。見れば、3人の進路にさらに2体の亡霊が現れている。

 私は目の前の交えていた剣を跳ね上げ、ラードたちの方に走る。が、彼らの前に立ち塞がる亡霊は手に持った剣を振りおろした。


「やめろぉっ!」


 叫ぶ私の視界の中で、ラードに剣が届く寸前、剣を振るう亡霊の方が真っ二つに裂かれた。

 間髪入れずに横のもう一体も一撃に沈む。

 切られて崩れ去る亡霊の陰から姿を見せたのは、鎧を着こんだ騎士だった。


 漆黒の鎧を着ていて、顔も完全に覆われ人相は分からない。亡霊たちと同じようにも思えるが、ところどころ銀の装飾があり、完全に真っ黒な亡霊たちとは違って見える。何より、亡霊を攻撃しているのだから別物であろう。

 突然現れた漆黒の騎士は、あっさりとラードたちに迫る亡霊を片付けると、凄まじい速さで疾駆し、またたくまに私が対峙していた亡霊たちも切り捨ててしまった。


(なんて剣さばきだ……)


 漆黒の騎士の剣技に背筋がぞくりとするのを感じた。

 恐ろしく速く、そして、研ぎ澄まされた鋭い剣筋。相手を葬ることだけを追求した、まるで氷の刃を思わせるその剣は、数太刀しか見ていないが、間違いなく強者のそれだった。


(しかし……この剣捌き、どこかで……)


 私はどこかでこの漆黒の騎士の太刀筋を見たことがある、気がした。思い出そうと記憶を探るがもやがかかって上手く思い出せない。

 頭の中を手探りしている間に、視界の中で漆黒の騎士がこちらにくるりと振り向いた。向こうも兜越しに私をじっと見ているようだ。

 私は「ありがとう」と助けてもらった礼を述べようと口を開いた。その瞬間――


 ガキンッ!


 殺気を放つと同時に騎士の剣が私の首に目掛けて迫っていた。

 咄嗟に自分の剣でそれを受け止める。

 ばちっと火花が散った。


「メリットオォォーーーー!!」


 直後、騎士が私の名を叫んだ。今まで感情らしいものを感じさせなかった騎士が、一転、憎悪の籠った重く腹に響く咆哮を上げたのである。

 そして、その咆哮と同時に嵐のような猛烈な連撃を私に浴びせた。

 上下左右、目にも留まらぬ速さで繰り出される斬撃。私はそれを必死に剣で受ける。


「くっ、なんなんだ!?」

「メリットオォォーー!!」


 騎士から伝わるのは怒りや憎悪、それがどうしてなのか私には訳が分からない。その猛襲に対して防戦一方になってしまう。


「メリット!」


 狼狽えるラードたちの声が耳に入る。が、彼らの方を見ている余裕なんてない。一瞬でも視線を逸らせば命取りだ。それほどにこの漆黒の騎士は強い。この世界に来てから対峙する一番強い、いや、別格に強い相手だと言えた。


「ウオォォォ!!」


 一際強い一撃が私の剣を弾いた。大きく上方に跳ね上げられるセレンティリオス。隙を作ることになった。

 しかし、それも目論見どおり。防戦一方の状態からでも戦局を変えるカウンター技を繰り出せる。


 迫る騎士の突きに対して、体を翻し、返しの一撃をまさに繰り出す――その直前、騎士の動きがぴたりと止まった。


 咄嗟に私も剣を止める。何が起こったのだろうか。戸惑い訝しむ私の目の前で、先ほどまで放っていた業火の様な殺気も消え、騎士からは感情というものを一切感じない。


「……申し訳ありません、マスター」


 漆黒の騎士が直立の状態に佇まいを直すと、兜の下でぼそりと呟いた。そして、後方に跳躍すると、旧校舎の壁を蹴って屋根に上り、後ろの森へと消えていった。


「メリット! 大丈夫ですか!?」


 残された私の傍に、フレイヤたちが駆け寄って来た。


「ああ、私は大丈夫だ。フレイヤたちこそ、怪我はないか?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「それよりメリット、あいつ何だブヒ!? むちゃくちゃ強かったブヒ」

「分からない。でも、私はあいつを――」

「貴様らぁ! そこを動くな!」


「知っている」と言おうとしたところで、背後から響く怒号に止められた。体をびくっとさせ振り向くと、中庭の入口にマクバーン先生が立っていた。


「あ、やばっ! マクバーンだブヒ!」

「マクバーン“先生”だ! たわけ」


 黒いマントを揺らしてのしのしとこちらに近づいてくる先生は、こめかみに青筋を立てた険しい表情だ。全員、その鋭い眼光に睨まれたせいだろうか、逃げられない。


「あ、先生……これはですねブヒ……」

「黙れ。この森および旧校舎への無許可侵入。その現行犯の言い訳など聞かぬ。しかし、まさかラグーンまでもが侵入者とは、まったく嘆かわしい」

「あ、あの申し訳ありません……そ、それより先生、幽霊が、それに黒い騎士が――」

「黙れと言っている。校舎に戻るぞ、ついて来い」


 しゅんと落ちたトーンで「……はい」と全員同時に返事が出る。

 私たちは、マクバーン先生に連行される形で現校舎の方に戻り、皆が帰った教室でみっちり説教を受けることになったのだった。


全然関係ない話だけど、最近イラストの教本を買った。

知らない技を見るたびに、早く試したいと腕が疼く(  ̄▽ ̄)



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