授業を受けます。
授業開始のベルが鳴り、昼食前の午前最後の授業が始まった。受講するのは魔法薬学だ。
ドアが開き、担当の教師が一歩教室に入った途端に飛び交っていた雑談が鳴りを潜め、空気が微かな緊張を帯びた。
マクバーン先生である。厳しくて怖い先生というのが生徒全体の認識らしいことは、教室の空気が教えてくれた。
加齢により痩せた顔は頬骨が出て、落ち込んだ目の奥には鋭い目がぎろりと光る。白髪のオールバックの途中からは、羊のようなカーブした角。纏う黒いマントも相まって、私には魔王軍の上級魔導士を思い出させた。
その先生が、のっそりと威厳たっぷりに壇上まで歩いていき、教壇に上ると見た目通りの重く低い声で話し始めた。
「本日より第2学年の魔法薬学の授業を始めるが、その前に諸君に言っておくことがある。先日も無許可での侵入が禁止されている薬草の森に立ち入った者たちがいた。同一の生徒か分からないが、今までも何度となく森に入り込む輩が出ている。知っているとは思うが、あの森には貴重な薬草が沢山ある。凡庸な生徒とちがい、替えのきかない貴重な薬草たちであるからして」
鋭い視線が教室を見回す。
「諸君らに買えるような安い薬品の材料とはわけが違うのだ。そんな貴重な薬草が、価値の分からない愚昧な生徒に踏み荒らされたりするなど言語道断。生憎、立ち入った者たちは取り逃がしたが、今後、侵入を見つけた場合は厳罰に処すので留意すること」
言い方に棘があると言うか、生徒を何だと思っているのだろうか。彼は先生というより学者なのかもしれないが、やや癇に障る。
ラードが言っていた、この先生の“ネチネチと説教をする”というのも何となく想像できた。願わくばそんなものは受けたくないな……。
教室を睨み回すような先生の視線が私のところで、一瞬止まった、気がした。
まずい……先日の一件で顔を覚えられたのだろうか……。
「それでは、授業を始める」
良かった。大丈夫だったみたいだ。
――しかし、悪人面だなこのおっさん。この後、黒幕でしたってオチじゃないか?
『ジン。人を見た目で判断するのは良くないぞ』
――いいこちゃんのだねぇ。でも、お前さんもさっきのおっさん話聞いて、苦手になっただろ? 生徒の安全より薬草かよってな。
『まぁ、そうだが……というより、さっきの言い方だと、ジンは黒幕とか分かっていないのか?』
――うん、分からん。お前さんの選択で結末は変わるからな。俺っちはガイド役専門なんだ。それに、昔、『お前はおしゃべりだから結末は教えない』ってソロモン様に言われちった。てへっ。
「では、グレンザール。この違いを答えてみろ」
「え? あ、はい……」
しまった……一時停止かけないでジンとの会話をしていた。まさか突然、指されるとは。
全く分からないぞ。あ~助けてラードぉ~……
「申し訳ありません……分かりません」
「ふん。こんなものも分からんとは」
「先生、そこは1年時の教科書では応用の範囲となっていて、授業でやってません」
ラードが助け舟を出してくれた。
「応用だろうと習得しておくべきである。まったく最近の学生は、この程度の知識も応用などに分類して学ばないのか、嘆かわしい。私の学生の頃は今の2倍は学習範囲があったものだ――」
説教が始まってしまった。教室の全員が辟易とした顔をしているが、だれも先生の方を見ようとはしていない。私のような犠牲者になりたくないのだろう。
説教が一段落ついて、再び先生の視線が教室全体を撫でる。
「やれやれ、こんな程度の低さまで伝統ある我が校は下がったか……他に分かる者はおらんのか」
「はい」
「……では、チャールストン」
「はい。2つとも同じ痺れ治癒の効果ですが、ムラサキマル茸を使った場合は遅効性で、その後、一定時間は痺れ毒に耐性ができますブヒ。一方、ベニマル茸を使った場合は、即効性ですが、副作用として心拍数を増加させますブヒ。心臓への負担を考えると、日に何度も使用できませんブヒ」
「……うむ、正解だ」
薬学においては流石ラードだ。そんな彼の正解が先生は面白くないのか、眉間に微かに皺を寄せる。
先生に座るよう言われ着席する直前、ラードが一瞬こっちを振り返って、にっと笑って「してやった」という顔を見せてくれた。
授業が終わり、昼食を食べようと食堂に向かう廊下で、ラードと先ほどの授業について雑談に興じる。
「さっきのマクバーンの顔は傑作だったブヒ。分からないと思ってわざとあんな難しいこと聞いて来たけど、僕に答えられて悔しそうだったブヒね。ブヒヒ。メリットの仇は取ったブヒ」
「ふふっ、仇って死んでないぞ。しかし、ラードは凄いな。よく答えられたもんだ。地下道の時といい、なんでそんなに薬学に詳しいんだ?」
「ああ、ビルを治すために沢山本を読んだからかも。知識だけはいっぱいついたブヒ」
「本当に凄い。尊敬するよ」
「ブヒヒ、やめてくれブヒ。恥ずかしいブヒ」
ラードはにやけながら身をよじった。
「あ、でも先生の言っていた何度も森に入る輩って、あれラードだろ?」
「え、な、なんのことブヒか?」
図星か。
横を歩くラードの視線が私の方から前方に逸れた。どうやらラード特性の便利な薬品の材料はあの森が出元なのだと、なんとなく察した。
「そ、それよりもマクバーンには注意するブヒよ。あいつに目をつけられると、色々面倒くさいブヒ。あいつはやばいやつブヒ」
「目をつけられそうなことしているのは、ラードだろ」
「そ、それは置いといて。マクバーンを怒らせると、“呪い”をかけてくるって噂なんだブヒ」
「呪い? 随分と物騒だな。でも先生の担当は魔法薬学だろ」
足を止めたラードが声を潜めて話を続けた。
「違うブヒ。担当は魔法薬学でも、あいつの得意分野は黒魔術で、中でもとりわけ死霊魔術が得意なんだブヒ。だから呪いなんてお手のもの。今まで何人もの生徒を呪ったり、死霊に襲わせたりしてるんだブヒ」
「噂だろ?」
「いやいや、実際に幽霊を見たとか事故にあったとか、マクバーンを怒らせた生徒が悲惨な目に合ってるんだブヒ」
確かにマクバーン先生の見た目は闇魔術師のそれだが、だからといって呪いを使って生徒を苦しめるなんて。単なる被害者の逆恨みによる根も葉もない噂ではないのか。
怪訝な表情の私に、ラードはこれが決め手だとばかりに、顔を近づけて言った。
「あいつの祖先は、なんと、あの魔王軍最強の死霊魔術師、“デルオス”なんだブヒよ。これは本人も認めている事実だブヒ」
思わぬ大物の名前に私の眉が無意識にぴくりと動いた。
デルオスは、魔王軍の参謀を担った男である。直接対峙したことはないが、彼の知略により何度となく人間軍の抵抗作戦が潰されたし、私がいた勇者の一行も、彼の策略で幾度となく危険な目にあった。恐ろしい切れ者だ。
しかし、彼が最も恐れられるのはその頭脳ではなく、闇魔術に対する才能と魔王に並ぶともいわれた桁違いに大きい魔力であった。
魔王軍には、ゾンビや骨の兵士、動く鎧などアンデットと呼ばれるモンスターだけで構成される死霊軍団というものが存在した。数にして10万の勢力である。
その10万を超える死霊軍団を一人で生み出し、手足のごとく操れたのが最強の死霊魔術師と謳われた、デルオスなのであった。
軍団には、アンデットたちを小隊や中隊などに分けて現場で操ることの出来る死霊魔術師も存在し、彼らもアンデットを作り出すことは出来きた。しかし、せいぜい20体そこらしか作れないのである。このことからも、デルオスが恐るべき力を持っていたのははっきりしていた。
「デルオスか……」
「ね、マクバーンはおっかないやつでしょ?」
過去何度もその名を聞いたデルオスに思いを馳せていると、ラードが私の顔を覗き込んできた。正直、マクバーン先生のことなど頭の中から消えていたが、「あ、ああ」と曖昧に頷いて話を一段落させると、また食堂へ歩き出した。
学園ものなんて書くの初めてといのもあるけど、授業なんて退屈なもの、特に書くことがない。
結果、学園ものなのに授業風景があまりないという事態に陥った(-_-;)
移動教室とかにして、授業そっちのけでキャラどうしを駄弁らせでもしないと、尺がもたないな。




