進路を決めます。
「はあ~本物だ~」
レベッカの目がさらに輝きを増した。
「本物? その伝説の剣士というのはどういう……」
「覚えていらっしゃらない?」
「すみません、記憶が混濁していまして」
「あなた様は、500年前、魔王を倒しに旅をした勇者パーティーの一員で、剣の腕においては比類なき強さを持っていたという最強の剣士様です!
その強さもさることながら、麗しい容姿! そして、魔王に挑む一歩手前で、愛する者をかばって石化の呪いにかかり眠りについてしまったという漢気と儚さ! 今でも様々な劇や戯曲で演目にされたり、モチーフにされたりと、500年たっても語り継がれる伝説の剣士様であらせられるのです!」
「う、うん……」
なんか彼女の妙なスイッチを押してしまったようだ。
私は相当の有名人で、彼女は私のファンなのだろうが、レベッカの興奮具合が凄い。正直、ちょっと怖かった。
「勇者たちか……」
彼女に言われて思い出してみると不思議なことに、会ったこともないはずの勇者や他の仲間の顔が頭に浮かぶ。彼らとの思い出もだ。記憶も物語の登場人物として与えられたものなのだろう。
「少し思い出してきました。私はずっと石になっていたんですね」
「はい。勇者様たちでも解けない強い呪いだったみたいです。でもまさか、剣士様の石像が本物だったとは思いませんでした。ずっと誰かが置いたただの石像だと言われていましたから。突然、動き出した時は心臓が飛び出すかと思いましたよ」
「驚かせてすみませんでした」
その時、ぐう~とお腹が鳴った。私のお腹の音だ。しかもかなり大きな音。
うぅ、恥ずかしい……
自分が蘇ったと実感したとたん、なんだか急に空腹を覚えたのである。
「あ……ふふふ、500年も飲まず食わずだったんですものね。助けて頂いたお礼に私の家でご馳走しますよ」
「いえ、そんなお構いなく」
そうは言ってみても腹の方は正直で、また大きな音を出して催促してくる。
「う、お言葉に甘えさせてもらいます……」
こうして私はレベッカに付いていくことにした。
少し歩くと、森の中にぽつりと一軒建っているレンガ造りの小さな家があった。そこがレベッカの家なのだろう。
古風だが汚いというわけではなく、アンティークのような風情を感じさせる。
家にあがると彼女は、大したものはありませんが、と前置きをしつつパン屋やシチューをふるまってくれたのだが、空腹の私には十分なご馳走だった。あまりにも美味しくて掻き込む様に食べてしまったほどだ。
「ご馳走様でした、レベッカ。とても美味しかったです」
「ふふ、メリットの口に合ってよかったです」
この頃には、私たちは森を歩く間に名前で呼び合うぐらいには打ち解けていた。
食事をいただき人心地がつくと、私は彼女の家を見回し質問を振った。
「レベッカは、ここに1人で住んでいるんですか?」
レベッカは小さく華奢で、14、5歳の少女に見えていたので、明らかに1人で暮らしているようにしか見えない生活ぶりが不思議ではある。
両親や他の家族はどうしたのだろうか。もしや、まずいことを聞いたかもしれない……。
「ここにいるのは、まだ4日ほどですね。今は学校が休みなので、研究のためにここで生活してるんですよ」
「ああ、学生なんですね」
「えっと、私これでも学校で教師をしてまして……」
「え!? あ、ごめんなさい。てっきり」
「いいんです……私、幼児体系のちんちくりんですからね……ははは、生徒にも“ベッキーちゃん”なんてあだ名で呼ばれるし」
彼女をしょんぼりさせてしまい、私はあわてて話を変えた。
「えっと、あ、なんの研究を?」
「ええ、考古学ですね。この森は、歴史のある森ですので、調べがいがあるんですよ。いつもは学校の職員寮にいるんですけど、今は春休みなので、新学期前の休暇を利用してフィールドワークを。ここはその拠点です」
「なるほど、どうりで本が多いわけ――」
家の中を見回していると、窓の外に干してある洗濯物が目に留まった。
黒いレースでスケスケの布が干してある。
ああ、彼女はちゃんと大人でした……。
「え? あああ、見ないでください!! ち、違うんですよ! フィールドワークの時は勝負下着って決めてるんです! 普段は普通のって、ああ! そ、そうじゃなくて!」
レベッカは顔を真っ赤にしながら慌てて黒いスケスケを取り込むと、タンスの中に押し込んだ。
「そ、それより、メリットはこれからどうするんですか?」
「私は魔王を倒しに行かないといけません。私が目覚めたのは何か理由があると思うのですが、おそらくそれは魔王の討伐かと」
「えっと、魔王はすでに亡くなっていますよ」
「え? そうなのですか。勇者は立派に魔王を倒したのですね」
「いえ、老衰で200年ほど前に」
「え、老衰!?」
あれ? 勇者は何してたんだろう。
「では、魔王が復活して――」
ふふふ、分かる分かる。死んだ魔王が、再び蘇り、それを伝説の剣士である私が討伐に行くんだな。絶対、その展開だろう。
「いえ、そういったのもないですね」
「な、なに? じゃあ、新しい魔王は?」
「それも現れてないです」
「そ、そんな……では、私はなんのために石化を解かれたんだ……何をして生きていけば……」
「あのぁ、それなんですけど、メリットって17歳ですよね?」
「え? はい」
私に与えられた記憶が、主人公の年齢を教えてくれた。
「でしたら、この時代のことを学ぶため、それと今後身を立てるためにも学園に通いませんか?」
「学園ですか?」
「はい。学生寮も完備してますし、当面の生活は問題ないかと。それにもう少しでちょうど新学期が開始ですから、タイミングもばっちりです。私の父が学園長をしてますので、お願いすればすぐにでも入学できますよ」
随分とぐいぐい来るな。
心なしかレベッカの顔が近くなってる気がする。
――おい、メリット。一応、初回だからサービスで教えてやるぞ。
『ジン。どうした?』
――ここはターニングポイントだからな。この物語はお前が望んでるような“剣士の冒険活劇”ではないぞ。本の表紙を思い出してみろ。
『えっと、やたらと女の子が大きく描かれた絵だったな。主人公の男が小さかった』
――そこじゃねえよ! 服は何を着ていたよ。
『あ、制服っぽい恰好だったな』
――そうだ。この物語は学園ものだ。だから、今、取るべき選択は分かるだろ。
「ね? 学園に行きましょうよ」
「えっと、じゃあ、やるべきことが決まるまで学園に通おうかな」
「やった!」
喜びの声をあげた後、「……これで伝説の剣士様と一緒にいられる、うふふ」と、レベッカは思惑をぶつぶつと漏らした。
なるほど、やたらと入学を勧めたのはこれが理由か。聞こえてないと思っているようなので、あえて触れないであげた。