足を踏み入れます。
「これは……すごいな……」
「……うん……第5層ははじめてだけど……驚いたブヒ……」
明るくなった第5層を目の当たりにして、私もラードも息を呑んだ。
第5層は今までの階層とはまったく様相を異にしていたのである。人が10人横に並んでも通れるような広い通路。見上げるほどに高い天井。壁も床も垂直にカットされた巨大な立方体のブロックで形成され、まるで宮殿の中のようである。
「ここが放棄されている場所なのか……」
私はきょろきょろと辺りを見回しながら、5層の奥へと歩を進めた。
想像と違う。さきほどラードが言っていたことから考えるに、もっと荒れた場所を思い浮かべていた。
「その筈なんだけど、僕も来るのは初めてだからよく分からないブヒ」
「しかし、これは地下道というより何かの遺跡や神殿のようだ」
「う~ん、でも第5層がこんなになっているなんて情報はないんだけどなぁ……こんな歴史的価値がありそうな場所、調査が入って新聞なり本なりに載ってそうだブヒ」
「ラード、地図はあってるか?」
「あ、そうだった。えっと、今この階段をおりめきたから……うん、真っ直ぐの一本道が続くね」
地図は合っているようだが、ラードにも意外な景観だったようだ。2人とも眉を寄せながらあちらこちらに首を振って周囲を眺める。
奥へと進む通路は広くて荘厳だが、それ以外にはこれといって特に何もなかった。当然、お目当ての大地の実も。
しばらく広く長い通路を進むと、開けた空間に出た。いや、空間と思ったが、十字路であった。
その広場と勘違いするほどの十字路もこれまたスケールが違う。自分が小さくなってしまったのかと錯覚するほどに、部屋を形成する柱や壁が巨大なのだ。
「す、すごいブヒね……なんて広さブヒ……この天井って上の階層に届いてないブヒ?」
「ああ、それにこの床。ますますただの地下道じゃないな」
広大な面積の床には、円をいくつも重ねて、さらにその中に複雑な模様をあしらった巨大な床絵が描かれていた。魔法陣とも違う何かの紋章の様にも見えるが、あまりにも巨大すぎて全体像が見えない。
「この十字路を右に入って少し行った先が、大地の実の発見場所ブヒ」
「まずはそこに行ってみるか」
床絵の手前から右の通路の方に足を踏み出した時だった。
突然、床から黒く細長いものが1つ、すっと伸び上がった。高さはおおよそ2メートル位か。
その黒い物体は、ぐねぐねと歪んだかと思ったら手足が生えた人の形になり、更にそこから形を変えていく。そして、あっという間に造形を完成させた。
「ひいっ、お、おばけ!?」
姿を現したのは鎧を来た騎士だった。重厚なフルプレートの甲冑を纏っていて、強者の風格を醸している。
しかし、一目見てその騎士が“生者”ではないと分かった。兜の下から見える顔が髑髏なのである。
そしてなにより、この騎士には“色”がなかった。全身、黒いペンキをかぶったように真っ黒で、唯一、色がある目だけ落ち込んだ眼底の奥から怪しい赤い光を放っていた。
「あれは……スカルナイトか?」
私は主人公の記憶から、似たような見た目の魔族を思い出した。かつて戦った魔族の軍勢の中に、鎧を着て動く人骨がいたがそれに酷似している。ただ、骨にしろ鎧にしろ色はあったと思うが。
考えている間に、黒いスカルナイトは手に持った剣を構えてこちらに向かって来た。
速い。走って来るというより、滑るようにして接近し、私たちを自分の間合いに呑み込んだ。
「ぐっ!」
振り下ろされた剣を、私は咄嗟にセレンティリオスを抜いて弾く。
「ぼ、ぼぼぼ亡霊が出たブヒ!」
「落ち着けラード、剣は弾けたんだ。おそらく武器は効く」
「おそらくって!」
「下がっててくれ、ラード!」
私の後ろでラードが絶叫する最中、再びスカルナイトの剣が迫る。それを剣で受け、ラードに離れるように叫ぶ。
剣撃と剣撃の応酬。金属の甲高い衝突音が高速のリズムを刻む。
こいつ強いな……。
剣を合わせて抱いた感想だった。しかし、勝てない敵ではない。
巨躯なスカルナイトは、剣も重量のある両手持ちの剣だ。スピードに勝る私は、手数を一気に増やしていく。すると捌ききれなくなったスカルナイトに隙が生じた。
そこで一気に仕掛ける。
私の斬撃は袈裟懸けに決まり、スカルナイトはぶわっと黒い砂のようになって空中に消えた。
「やっぱり凄いな、メリットは。とんでもなく強いブヒ」
ラードが私のもとに戻って来て興奮ぎみに言った。
「昏睡状態だったって言ってたけど、そうなる前は小さい頃から剣を修行してたブヒか?」
「え? あ、ああ、そうなんだよ」
「相当に過酷な修行をしたんだブヒね~伝説の剣士と同姓同名は伊達じゃないブヒ」
「あはは……」
そういえば私は、最近になって昏睡状態から目を覚ましたことになっていたんだった……嘘は言っていないが、良心が痛むな。
キラキラと眩しい瞳から視線をすっと逸らしたところで、私の視界にあの床から伸び上がる影が映った。しかも、1つでない。7つか8つ、それらが一斉にスカルナイトへと形を変え始めた。
「うわああぁ……」
「流石にこの数は厳ししいな……ラード走るぞ!」
完全にスカルナイトの形になりきる前に、私たちは右側の通路向けって全力疾走した。途中、進路の上に変形を終えた影が立ちふさがったが、走りながら切り伏せ、駆け抜ける。
その後、右の通路に入って十字路を抜けると、スカルナイトたちは追ってくることはなかった。ただ、それに気が付いたのは、しばらく通路を走ってからだった。
「はぁ、ぜぇはぁ……ぶひ~なんなんだブヒ! 大昔の亡霊が出たブヒ!」
「ラード、亡霊ってあのスカルナイトみたいなやつらか?」
「スカルナイト? それは良く分からないけど、あいつらは昔の魔王軍の亡霊だブヒ。魔王軍には、ああいった動く骨とか鎧とか、ゾンビとかアンデット系の兵士がいたんだブヒ」
どうもラードはアンデット系を見るのは初めてだったようだ。話す口調がとても慌ただしい。本当に幽霊を見たような慌てぶりである。
しかし私にはそれが解せない。魔王軍にいた者たちなら、そのアンデット系の特性をもった魔人が現代にいるだろうに。だからそこまで驚かなくてもいいと思ったのだ。
「えらく驚いているが、今だってアンデット系の魔人がいるんじゃないのか?」
「え? 何言ってるんだブヒ?」
話がかみ合っていないようだ。ラードは眉を寄せて首を傾げた。
「アンデットは人魔融合計画から外れているブヒ。こんなの初等部で学ぶことブヒ」
「え、あ~ちょっと不勉強で……」
「メリットって本当に変なやつブヒね。アンデットは、死霊魔術によって生み出される存在で、ゾンビとか骨とか、あと動く鎧とか、そこに魂を定着させただけなんだブヒ。つまり、生物ではないんだブヒね。だから人魔融合計画から外れたんだブヒ。しかも、倫理的な理由で死霊魔術自体が法律で禁止されているブヒ」
「だからあんなにラードは驚いていたんだな」
「そうブヒ。500年前の兵士がまさに亡霊になって表れたんだブヒ。腰が抜けるかと思ったブヒ」
ラードがぶるるっと身震いした。
500年前の兵士か……ますますこの地下道は訳が分からないな。
ラードの息が整ったので、再び通路を進み始めた。また、何もない広い通路が続くかと思ったが、歩き始めて数分後、通路の壁の一角に変わった場所を見つけた。
「あ! あそこが大地の実の発見場所だブヒ」
ラードが声を弾ませて指さす先、通路の壁に部屋の入口らしき壁を四角く切り抜いた横穴が見えた。
今、メリットの挿し絵を描いているんですが、剣を持ってる絵って難しいです。
人間とか動物とかも複雑な形で難しいけど、剣とか鎧とかって少しパースが狂うとすぐに違和感が強くなる。
しかも自分のデザインした武器や防具だから参考資料がない。
人物の姿勢に対して不自然にならないように描くって難しいなぁ。