探検します。
放課後になると、私たちは前に教科書を買った老店主のいる書店へと急いだ。
「いらっしゃい。おや、先日の」
入り口を潜ると頭髪も髭も真っ白な柔和な店主が、カウンターのむこうから迎えてくれた。私のことも覚えていてくれたらしい。にこりと優しく微笑んでくれた。
今は他の客もいないので、私とラードはカウンターの前で大地の実発見当時のことについて聞いてみた。
「ああ、大地の実か。懐かしいできごとじゃの」
「ご主人はこの街にずっと住んでらっしゃいますよね。あの発見者の方に会ってお話を聞きたいのですが、この街のどなたかが発見者か知りませんか?」
「知っておるが、君たちは大地の実を探しているのかの?」
「はい。どうしてもあれが必要なんです」
「じゃが、あれは地下深くにあって採取するには危険が伴う」
こちらの意図を図っているのか、前髪のように垂れ下がった濃い眉の奥から真っ直ぐな瞳が私たちを見据えた。なんでも見通していそうな澄んだ青い瞳だ。
特に嘘をつく必要なんてないのだが、誤魔化すことなく目的を答えるべきだと思った。
「友達を助けるためにどうしても必要なんだブヒ」
「そうか……」
ラードも私と同じことを思ったのか、彼の口から率直な答えが出る。
店主は髭を撫でて少し考えていたが、私をじっと見ておもむろに口を開いた。
「うむ、君がいるなら大丈夫じゃろう」
「え?」
眉毛越しの澄んだ瞳が私の顔に向けたまま店主は何かを確信したのか小さく頷き、話を続けた。
「あれを発見したのわしじゃよ」
「え!? そうなんですか!?」
「若い頃は冒険が好きでの、しょっちゅう地下に潜とった。殆ど研究機関とかに譲ってしまったが、この店に飾ってある骨董品はその冒険の戦利品じゃ」
自分の背後にある棚に並べられた骨董品たちを店主はちらりと視線で指し示す。その中にはあの不思議な石板もあった。ただ、大地の実はその中にはないようだった。
「あ、あの! こ、ここに地下の地図があるんですけど、どの辺で発見できたか分かりますか!?」
目の前に本物の発見者がいてラードは興奮したのか、言葉をつっかえながら鞄からバサバサと地図を取りだしてカウンターの上に広げた。
複雑に入り組んだ地下構造を眺める店主。当時のことを思い出しているのか、しばらくじっと眺めていたが、すっと一ヶ所を指差した。
「この辺じゃな」
そこは地図上では最深階層の2つ上の階層、第5階層の一角だった。最深部ではないとはいえ、かなり深度だ。危険な魔獣も多いだろう。先ほど店主が「危険だ」と言ったのも頷ける。
しかし、行かないという選択肢はないのだ。指された箇所を見つめるラードの横顔にも怯む様子は一切ない。
「じゃが、この地図では心もとないな。どれ、わしのを貸してやろう」
ラードが指された場所に印をつけようとしたところで、店主がカウンターの足元からガサガサと古びた地図を出してきた。
「これ、第5層の地図ですか?」
「そうじゃ、少々古いがこっちの方が役に立つわい」
ラードの地図は全階層がそれぞれ紙一面に並べられていたが、どの階層も大雑把な概略図だった。一方、店主の出した地図は第5層だけだが、その分精密に描かれたもので、未知の階層に足を踏み入れるならこちらの方が断然心強い。
「こ、こんな高価な地図を借りてもいいんでブヒか!?」
「ああ、構わんよ。地図も冒険をしたがっているからね」
どうやら地図も精密なものほど情報量が多く高価なようだ。ラードの驚きかたからして、相当の値打ちものらしい。
礼を述べて地図を拝借すると、店の出口へと向かった。ラードが先に出て、私も出ようとドアに手を掛けたところで店主が声を掛けてきた。
「大地の実を手に入れるのは簡単ではないじゃろう。じゃが、メリット、君なら大丈夫なはずじゃ。あの石板の絵が見えた君ならばな」
「え? ありがとうございます」
激励なのだろう。優しく微笑む老店主に、私は軽く頭を下げて店の外に出た。
◇ ◇ ◇
書店から出てから、一度、魔獣駆除会社オーガスタに寄って、ロッカーに置いてあるラードの探索道具を引っ張り出した。その際 一応、地下に潜る大義名分として駆除の依頼を受けておいた方がいいかと思ったが、ラードは過去に何度も探索だけを行うために地下に潜っているので、受付のエリンも心得ていて何も言わず送り出してくれた。
その後、先日、メガラットの駆除のために使ったのと同じ、裏路地にある四角形の人工的な窪地にある入り口から地下に降りた。
「僕も第3層のほんのちょっとまでしか降りたことはないんだブヒ」
階段を下りながらラードが言った。
「情けないことに、僕の力じゃそこまで行くのがやっとだったブヒ。だから今からいく第5階層なんてまったく分からないブヒ。誘っておいてごめん」
「分からないから一緒に探索するんだろ? 気にするなよ」
「ありがとうブヒ。でも、第4階層より下は何十年も前に造った施設で、今は放棄されているから管理されてないブヒ。駆除もそこまで行かないし。何が出るか分からないから用心してほしいブヒ」
「ああ、気を付けるよ」
「あとこれ、振りかけておくといいブヒ」
そう言ってラードが、リュックから香水の瓶のような容器を取りだして私に渡した。
「これは?」
「魔獣避けだブヒ。調べて作ったんだブヒよ。魔獣から認識され辛くなるんだブヒ」
この時代の薬品調合がどういうものか知らないが、主人公の記憶では魔族や魔獣を避ける薬の作成はそれなりにスキルのいる薬だったはず。
それを学生が作れるとは、ラードはけっこう凄い才能があるのかもしれないと思った。
「ありがたく使わせてもらうよ」
私はその魔獣避けを体に振りかけた。
う、なんか変な臭いがする……材料に何使ってるんだろ……。
私はあまり深く考えないようにした。
地図を見るラードの案内にしたがって地下道を進む。継ぎはぎで広がっていった地下道だけあって、普通の建物のように階段が一ヶ所にかたまった効率的な構造をしていない。下の階層に降りるには、多少その階層を歩いて違う階段を探さなければならなかった。
やや面倒くさい。しかも下水道特有の生臭くねっとりとした空気が充満しているのだ。その中を歩くのは気分がいいものではなく、出来れば早く終わらせたい。
それでもラードのサポートのおかげで、最短のルートかつ魔獣に遭遇することもなく5層までたどり着くことができた。
「やっとたどりついたブヒね……」
「ああ……」
ラードが固唾を呑んだ。
第4層から階段で降りた先には、重々しい木製の扉があった。今までの階層ではお目にかからなかったその扉は、まるで放棄した施設に無理矢理した”蓋”を想起させた。この先に探している大地の実があると同時に危険が待っているわけか。
私は、目の前の大きな扉を慎重に両手で押した。グ、グ、グと古びた木特有の乾いた重い音を響かせてゆっくりと道が開けていく。
扉を押し開きながら向こう側へと足を踏み入れた時、ぶおっと地下道の奥から突風が吹いた。風が顔に直撃して私の視界が一瞬歪む。
「……ん」
「どうしたブヒ?」
「いや、なんでもない」
「そうブヒか? って、うわ!?」
「なに!?」
ラードも私も同時に驚きの声をあげた。ラードが私に近寄って敷居を跨いだ瞬間、壁に掛かった松明に次々と火がついたのである。誰かが点火したわけではない。ひとりでに火がついていき、あっという間に第5層の中を煌々と照らし出した。
若いときは「魔物避けなんて軟弱なもの使わないぜ! 見敵必殺!!」なんて思ってたけど、大人になって時間が惜しくなるとすぐに魔物避け使うようになってしまった。