終業報告します。
ラードがいなくなって、私は1人でオーガスタに戻った。
社長は寝ていて相変わらず無人かと思ったが、店の中に入るとカウンターの向こうに若い女性が座っていた。
「いらっしゃいませ」
女性はにっこりと笑って私を迎えてくれた。
「あの、本日アルバイトの応募に来て、採用試験代わりに依頼された駆除をしてきたんですけど」
「あら? アルバイトさん? 採用試験って……ちょっと待ってて。社長! 社長!」
話の途中で彼女は店の奥に行ってしまった。奥から大声で社長を起こす彼女の声が聞こえる。
暫くして彼女に続いて、社長がのそのそと出てきた。
「おお~メリットぉ~おはよう~」
「社長、もう夕方よ」
「ああ~そうかぁ~そんでぇ……………ズー」
「寝ないの! ほら、いつまでもアイマスクなんか付けてないで、だらしない」
眼帯だと思っていたのは、ズレただけのアイマスクだった。
「……んあ? そんでぇ、駆除の方はどうだったぁ?」
「もう! しょっぱから駆除なんてさせたの!? 面接とか業務の説明とか色々しないと、だから新しいバイトの子すぐ辞めちゃうんですよ」
「え~だって眠かったしぃ」
「あの、これが駆除の成果です」
社長を受け付けの女性がキーキーと叱っている中、私はメガラットの歯が入った袋と依頼書をおずおずとカウンターの上に置いた。
「ああ、ごめんなさいね。私は受け付けのエリン、普段は私が駆除依頼の管理をしてるの」
「メリットです。よろしくお願いします」
「ふふ、メリットって随分と礼儀正しいのね。ではさっそく、成果の方を見せてもらうわね」
エリンは依頼書を見て依頼内容を確認すると、袋の中の歯を取り出して一個一個注意深く眺めはじめた。
真剣な表情で黙々と歯の“鑑定”をしていたが、数分のうちに終わった。
「うん、全部今さっき駆除した本物で間違いない。お疲れ様」
「じゃあ、採用試験は合格ということで」
「ふふ、うん、見事合格よ。それとこれが報酬ね」
「え? お金が出るんですか?」
「駆除の仕事をしたんだから当然よ」
報酬の入った封筒を受け取った。人生初のアルバイトの給金と考えると、なんだか感慨深い。封筒が重く感じる。
「あら、なんだか感慨に浸ってるわね。そんなに多くないわよ、それ」
「あ~よかったなぁ、メリットぉ、そういやぁ~一緒に来てた~ラードはどうしたぁ?」
「えっと、ラードは……」
一瞬、下水道でのことを話そうか躊躇った。
しかし、彼の最後の言動がどうも気になる。本当に彼は、あんなひどい男なんだろうか。
たった数時間だったが、彼の親切な姿勢や優しさは打算だったようには思えない。私は本当のことを確かめたいと思い、社長たちに全てを語った
「あの子も複雑なのよね……」
「そうかぁ~ラードがぁ~なぁ~……あいつにはなぁ、どうしても金が必要だったんだ~」
「ちょっと、社長! 個人的なことを話しちゃ――」
「それは、どういうことですか?」
「あいつは貧乏で、兄弟も多くてよぉ。だから学費を稼ぐために必死だったんだよぉ~」
「あの、友人を置き去りにしたっていうのは、本当なんですか?」
「ああ、あれね……あれは――」
ラードの家は兄弟が多く、あまり裕福ではないため、親に迷惑を掛けたくないと学費を自分で稼いでいた。そのため彼は金を稼ぐことに貪欲になっていたのである。
当時、ラードには、金になる魔獣の部位を目当てに勧誘した仲間が3人いた。
全員、学生ながらそれなりの力をもった者たちで、ビルはその中でも一際腕の立つ仲間だった。
ラードは報酬の分け前が減るので仲間たち全員で駆除に行くことはなく、それぞれを交代交代に誘って2人で駆除に行っていたのだが、ビルだけはいつも彼の方からラードを誘っていた。
というのも、家が貧乏なことを話したがらないラードだったが、ひょんなことから事情を知ることになったビルは、部位の抜き取りがラードの役に立つならと協力を申し出ていたのである。
その日も、ラードとビルだけで駆除に向かっていた。
深い階層にいる魔獣を駆除する難易度の高い仕事だったが、ビルは難なく対象の魔獣を討ち取り、いつものようにラードに換金できる部位を回収させた。
目的を達成し、いざ帰ろうとした時だった。思いもよらない強力な魔獣が出現したのである。
明らかにこちらの力でどうにか出来る相手ではない。2人で逃げることも難しい。
その時、ビルは言った。
「ラード、俺が引き付ける、君は逃げろ! 行って助けを呼んできてくれ!」
ラードは友を残して必死に走った。力のない彼に出来るのは、それぐらいだった。
しかし、深い階層に入っていたのが災いした。
地上に上がり助けを呼んで戻ってきたときには、ビルは酷い傷を負い、生死を彷徨っている状態になっていた。
その後、病院へと搬送したが、ビルは一命は取り留めても目を覚ますことはなかったのである。
しかし、ラードにとっての本当の不幸は、この後からだった。
彼の鞄から依頼達成の証拠部位とは異なる、換金性のある部位が出てきたのである。
もちろん部位を抜き取るのは違法ではなく、駆除者の中には換金性の部位を知っていて、小遣い稼ぎ程度に抜き取って行く者もいる。
ただ、この換金性の部位が出てきたことで、ラードの抜き取りが常習的に行われていたことが露見し、彼が勧誘した他の仲間たちは憤った。
――換金性のある部位があることをどうして黙っていたんだ。
――この男は自分たちにくっついてきて、その部位をかすめ取っていたのか。
――上手いこと踊らされていた。
――ビルをおいて自分だけ逃げたのか。
――最低のクズだ。
そして、その仲間たちから話は伝わり、駆除を行う者たちの間でラードは軽蔑され、疎まれる存在になったのである。
これが、エリンが教えてくれた、ラードの過去だった。
彼は今でも、病院にいる目を覚まさない友のもとに通い続けているらしい。
「教えてくれてありがとうございます」
「結局、私もぺらぺらと喋っちゃったわね。あなたが似てるからかしら、ビルに」
「私がですか?」
「ええ、あなたを見てると、彼を思い出すわ。礼儀正しいとことか、雰囲気とかそっくり」
「あ~俺もぉそれは~思ったぞぉ~」
その後、私は登録手続きと業務に関する説明を受けて、寮へと帰ることにした。
道すがら、ラードのことを考える。
どうにか彼を助けてやることは出来ないだろうか。
――でもよぉ、評判通り、あいつはお前さんを金の為に利用しようとしてたかもしれないんだぜ? 社長と約束したのも紹介料のことだろ? そこまで肩入れしなくてもいいんじゃねぇか?
『そうか? 過去に事件による彼の評判は誤解によるところが大きい。私は彼がそんな悪い奴じゃないと感じた。それに――』
――それに、知ってしまった以上ほっておけない、か。性分ってやつかい?
『そういうことだ』
――でも、助けるってどうするんだ?
『そこなんだ。本当に金が欲しいだけなら、正直に話してもらえれば協力するのもやぶさかじゃない。しかし、ビルを昏睡状態から回復させるのが一番の助けなんだろうな。だが、私は医者じゃないからなぁ』
――そうだな。お前さんは医者じゃない。でも、物語の主人公だ。
『だからなんだ?』
――主人公の前に解けない問題は発生しないのさ。
『なんだそれ』
――あのエリンって姉ちゃんの言ってたことをよく思い出せ。気になることがあるだろ?
『確かに……ラードは駆除のバイトをする傍ら、依頼以外に地下に潜っていることがあるのだとか。金に執着しているラードが依頼とは無関係にか……何かあると思うか?』
ジンは、問いかけても、それ以上は何も教えてはくれなかった。私は、彼の答えを諦めて、どうすればラードを助けることが出来るのか、あれこれ考えながら寮の自室に戻ったのだった。
一般的なファンタジー小説において、討伐して部位を持ち帰った後の死骸って誰が片付けてるんだろ?
他の魔獣とか動物が食べたりすんのかな。サバンナみたいに。
魔獣食べた普通の動物が魔獣化とかありそう。動物のモンスター化とか、昔やったパラサイト・イヴってゲームみたいだな。