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労働します。

 歩くこと10分、狭い路地裏に入って1軒の店の前までやって来た。路地裏の奥という店の立地に、胡散臭さと若干の不安を感じる。

 店はレンガ造りで他の店同様に古風な外観、店先には『魔獣駆除 オーガスタ』と書かれた木の看板が下がっていた。

 ラードに続いて店の中に入ると、カウンターがあるのだが店員がいない。


「社長? 社長いませんか~?」


 ラードがカウンター越しに声をかける。すると、奥の方から、大柄な男がのそのそと出てきた。ケイルズ先生と同じぐらいの大男だ。

 額には一本の角が生えていて、髭が顎に生い茂っている。片方の目には、戦いの中で傷を負ったのだろうか、眼帯をつけ、歴戦の猛者といった重厚な雰囲気を醸していた。


「あん、なんでぇ、ラードか~―――で、なんのようだあ?」


 随分と間延びした喋り方をする人だ。見た目はちょっと怖いが、のんびりした人なのかもしれない。いきなり印象ががらりと変わった。


「社長、アルバイトに応募する人を連れてきましたブヒ」

「アルバイトだぁ? そんなもん、募集したぁかぁ?」

「言ってたじゃないですか、人手がたりねぇって」

「ああ…………グー……」

「社長! 寝ないでブヒ!」

「……お? ああ、そうだったかも、しれねぇ」

「ちょ、ちょっと、そうだったかもって、あの約束……まぁ、それは後でいいブヒ。社長、この人が新しいアルバイトです」

「メリット・ソル・グレンザールです。よろしくお願いします」

「ああ、うん、よろしくぅ。そいじゃ~さっそく、駆除に行ってもらうかぁ」

「え? 面接とかしないんですか?」

「うんにゃ、駆除できる力があれば~いいんだ~簡単な仕事がぁ…………ズー」

「社長、起きるブヒ!」

「……んぁ? 簡単な仕事があるからぁ、それをこなしてこれたらぁ、採用だぁ」


 社長は、けだるそうにぼりぼりと腰を掻いてから、一枚の髪をカウンターの下から取り出して私に渡した。そこには、『駆除依頼書』と書いてある。その下には駆除の対象や出現場所などの情報も。


「そんで、メリット、採用試験のまえにぃ~これに署名してなぁ」


 駆除依頼書の下にもう一枚の紙があり、見ると『駆除業務によって怪我を負ったり、また、死亡した場合でも弊社は一切保証しません』という旨の文言と、それに同意しますとい署名欄がある。

 なるほど、そういったところはきっちりしている。私は内心そう思いながら、ささっと署名した。


「詳しい場所と手順はぁ、ラード、おめぇが教えてやれ~おれはぁまだ7時間しか寝てねぁからなぁ~、もうちょっくら寝てるから、終わったら戻ってきて起こしてくれぇ」


 社長はそう言うとまた、店の奥に戻っていってしまった。


「あれで社長なのか……緩いな」

「ははは、じゃ、じゃあ、行こうかメリット」


 ラードの案内でまた街を歩き、今度は少し入り組んだ路地裏へと入っていった。そこは薄暗くあまり人通りがない。その路地をさらに奥に進むと、石組の壁で囲まれた真四角の小さな窪地があり、その四角い窪地の一辺には頑丈そうな扉が付いていた。


「ここが、駆除対象のいる場所か?」

「うん、依頼書を見てみて」

「なになに……駆除対象は『メガラット』、最低駆除数8匹。地下施設の上層階に巣を作っている可能性がある。駆除されたし、と」

「この街は古いからね。いつ作ったか分からない地下施設がアリの巣みたいにいっぱいあるんだブヒ。そのもともとあった地下構造を利用して下水道とかを通してるんだけど、魔獣がたまに湧くんブヒ」

「それで、ここから地下に入るわけだ」

「そうブヒ。今回は上層階だけだから簡単かつすぐに終わるブヒ」

「ところで、ラードはここで働いているのか? やたら詳しいし、社長とも知り合いだった」

「え? うん、まぁ登録しているブヒね。さ、そんなことより、駆除に向かおうブヒ」

「あ、ああ」


 窪地の中にある扉を開くと地下に続く階段があり、私たちはランタンの灯り――ラードが持ってきた――を頼りに、その階段を下っていった。


「う、匂いがきついな……」

「しょうがないブヒ。下水道なんだから」

「あ、しまった、制服に匂いが」

「大丈夫ブヒよ、寮のマジカル洗濯機で汚れも匂いも、一瞬で綺麗になるから」

「……魔法すごいな」


 その後、薄暗い下水道内をラードの説明を聞きながら、メガラットのいそうな場所を探っていった。下水道は迷路のような構造をしていて、迷ってしまいそうだったが、そこもラードの持ってきた地図が役に立った。

 そういえば、昔、勇者たちと冒険した時もこんな地下ダンジョンによく潜ったっけ。

 他人の記憶なのに、懐かしく感じる。

 あの時、勇者が地図を逆さまに見てて、落とし穴に何度も落ちたんだ。他人の記憶なのに、怒りがこみ上げてきた。

 しばらく歩いたところで、突然、ラードが歩くのを止めた。


「メリット」

「どうした?」

「しっ、この角の向こうを見てみて」


 声を潜める彼の雰囲気に合わせて、曲がり角の向こうをそおっと覗き見た。

 すると、袋小路になった空間に動物が4、5匹群がっているのが見える。大きさは中型の犬くらいか。


「なんかいるな」

「あれが『メガラット』だブヒ」

「ラットってことはネズミだよな?」

「そうブヒよ」

「でかっ!?」

「しっ、あいつらを駆除して、その証拠として前歯を持って帰るブヒ」

「うわ……えぐいな……」

「駆除はそういうもんブヒ。あいつらはそんな強くはないけど、鋭い歯と尻尾から炎を打ってくるから注意するブヒ」


 炎って……さらっと言うが、魔界の生物は恐ろしいな。

 だが、これも仕事だ、しっかりこなさねば。

 私は腰の剣を抜くと、一気にメガラットたちに迫った。


「キシャアァァ!!」


 突然、現れた外敵にメガラットたちは歯を向いて威嚇の声を上げた。普通のネズミと違って逃げることはせずに、こちらに攻撃の意思を示す。魔獣という動物は人間を恐れないらしい。


 ――ヒュッ


 私は瞬時に、手前の2匹の首を撥ねる。

 直後、残った3匹が尻尾に炎を灯した。

 しかし、その炎を打ち出す暇を与えず、私の剣が3匹の首を刈り取った。


「終わったか……」

「す、凄い……目にも留まらぬ速さだったブヒ。伝説の剣士と同姓同名は伊達じゃないブヒね」

「え? あ、あはは、そうかな」

「さて、さっさと歯を回収するブヒ。はい、これ」


 ラードが皮の袋と大きなペンチを差し出した。


「え? これで引っこ抜くの?」

「そうブヒ」

「そこは、魔法で……」

「そんな便利な魔法ないブヒ」

「またまた~」

「ないブヒ」

「……うう、魔法ってすごくない……」


 死んだ動物の死骸を弄るのは、正直気持ち悪かった。生首だし。



 ――お前さんがやったんだろうが


『……そうですけどね……うう、気持ち悪い……』




 四苦八苦しながら何とか5匹分の歯を回収した。ちなみに、魔獣の死体は下水道の管理局が処理してくれるらしい。局員に死体の場所が分かるように、ラードがマーキング液というものを魔獣の死体にかけていた。

 その後、再びラードと一緒に下水道の中を歩き回り、それほど時間をかけずにノルマの残り3匹も駆除することが出来た。


「ね、メリットなら簡単だったでしょ?」

「うん、まあな。でも、歯を引っこ抜くのはやっぱり……」

「いずれ慣れるブヒよ。さ、あの十字路をまっすぐ抜ければ、最初に入ってきたところに戻るブヒ」


 十字路に差し掛かったとときだった。


「ラードじゃないか」


 右の通路の方から声を掛けられた。

 見ると、3人の魔人が右側の通路から出てきたところだった。


「あ……ケビン」

「なんだ、お前、また駆除やっていたのか」

「う、うん、まあね。ははは……」


 ラードがケビンと呼んだ魔人は、私と同じ学園の制服を着ている。他の2人も同じだ。どうやら彼らも駆除のアルバイトをしているらしい。


「ん? 今度は彼が、“カモ”か?」

「あ、いや……そういうんじゃ……」


 ケビンは普段から鋭くきりっとした目付きのようだが、ラードに向ける目はいっそう冷たく軽蔑の色すら見える。他の2人は呆れたような乾いた笑いを浮かべていた。

 彼らとラードは、あまりいい間柄ではないのだろうか。

 一方のラードは、居心地悪そうに俯いて、言葉に窮するのを薄っぺらい笑いで誤魔化していた。


「おい、新人くん、何も知らないのは可哀そうだから、教えておいてあげるよ」


 ケビンが私の方に向いた。


「このラードはな、少し腕の立つやつを見つけては、声を掛けてこのバイトに誘い込むんだよ。それで、君なら駆除できるからって難易度の高い駆除をさせるんだ。一緒に同行してな。なんでだと思う? 高く売れる魔獣の部位をかすめ取るためさ。なんも知らない奴らは、自分の倒した魔獣からちょろまかされてるのにも気づかない」

「はは、や、やめて……」

「でも、こいつのクズっぷりはそこじゃない。誘ったやつが魔獣に勝てないと分かると、自分だけどんずらしやがるんだ。怪我したやつをおいてな。そんな薄情なくせ、バイトの紹介報酬だけはちゃっかりもらって」

「……やめてよ」

「本当に、クズの中のクズだぜ。気をつけろよ新人くん」


 突然、いたたまれなくなったラードが出口の方へと走り出した。


「ふん、お得意の置き去りか?」


 ケビンたちに会釈だけして、私はラードの後を追った。

 彼の背中を追いかけながら「待ってくれ」と声をかけるが、ラードは止まる様子はない。

 彼はそのまま階段を上り、地上に出た。

 私も続いて扉を開けて外に出る。

 地下入口のある窪地を抜けたところで、ラードが息を上げて止まっていた。


「ラード……」


 私は彼の背中にそっと声を掛けた。


「……ケビンの言ったことは本当だよ。僕は友人をだしにして、金儲けして、やばくなったら逃げだす、そんな奴ブヒ」

「そんな……」

「ブヒヒ、もうばれちゃったね。メリットは強いし、いい稼ぎになると思ったんだけどね。それに、せっかく紹介料も貰えそうだったのに……」


 自嘲する姿がとても痛々しく見える。

 かける言葉が見つからなかった。


「もう君には近づかないから安心して。このバイトも、無理にやることはない……それじゃ」


 ラードは路地の中に消えていった。

 小さく悲しげな背中が「追ってくるな」と言っている気がして、私はそれ以上、彼を追うことは出来なかった、



最近、小説ではンスター討伐の依頼は“部位”を持ち帰るというのが主流(?)なのか、よく見かけます。

でも実際はエグいですよね。

あんなに便利な魔法がいっぱい出てくるのに、そこはなんとかならんの? ってちょっと思う。

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