おかえりなさい、みぃちゃん
大分夜も更けた頃。後ろ髪引かれる思いで、それでもわたしは自宅のマンションへと帰ってきました。
正直、今夜はゆかりさんの家に泊まりたかったです。
けれど、あそこは本来わたしの家ではなくて、管理しているのはゆかりさんの家族であって、あまり勝手なことをして咎められてはいけません。
ゆかりさんからそんな風に言われてしまいました。正論です。
「はあ……」
いじけるようにため息をひとつ。
いまさらそんなことを言っても、何度もお泊まりしているというのに。ゆかりさんったら、あれからやけにわたしを遠ざけようとしていて……。
もしかしたら、今はひとりになりたいのかもしれません。突然告白まがいのことをしてしまったんですから。
「そう考えれば、戸惑うのも当たり前か……。はあ、何をしているんだか、わたし……」
てっきり同じ気持ちでいてくれたと思いましたが……。
隠しておきたい気持ちを素直に伝えることの難しさを思い知りました。明日は困惑させてごめんなさい、という謝罪から始めようかと思います。
ただ、それにしてはわたしを見送る顔が妙ににこやかだったような気がしますが……。
「気にしても仕方ないか……。ただいま」
ため息をもうひとつつき、わたしは自宅の玄関扉を開けました。
何ひとつ物音がしない、しん、と静まり返った空気。これが嫌で仕方なくて、ゆかりさんのぬくもりに包まれていたかったのですが……。
まあ、そうそう何度も甘えるわけにもいかないでしょう。
込み上げて来る寂しさを、もう一度やるせないため息に変えようとした時でした。
―――コンコン
と。
真っ暗な自宅の廊下の先から、指の背で木材を打つような乾いた音がして、わたしは靴を脱ぐ動作を止めました。
暗い廊下のその先を見通すように、じっと見つめます。
「ゆかり、さん……?」
そんなはず、ありません。
だって、ゆかりさんはあの家から出られなくて……。
頭の中でそんな風に否定の言葉を並べながら、心臓の高鳴りを感じ取っていました。
もしかしたら、と。そう考えずにはいられないのです。
暗闇の中を電気も点けずに早足で進み、震える手で自室のドアノブを回します。
ゆっくりと手前に引き、開け放ったドアの向こう。窓から差し込む月明かりに溶け込んで、ゆかりさんはベッドの上に腰掛けていました。
驚き固まったわたしに向けて、きらきらと光り輝く顔に微笑みを浮かべて、
「おかえりなさい、みぃちゃん」
この三年、この場所でずっと誰かに言って欲しかった言葉を、わたしにくれました。




