正義の味方
「どうしよう……」
為す総べなく途方に暮れるわたし。
しかし、ゆかりさんはしっかりと首を横に振って見せました。
〝証拠はあるわ。出てくる余地が残されているの〟
「え、どこに?」
〝ここに〟と、ゆかりさんが指し示したのは、先程状況整理で書いたスケッチブックのページ。
ここのどこに、そんな証拠が?
じっ、と紙面を見つめてしばし考え込んだわたしに、ゆかりさんは助け舟を書き加えてくれます。
〝登場人物は野球部の他にもう一人いるのよ。みぃちゃんはさっき辿り着いていたじゃない〟
「もう一人……ああ! ラブレターを書いた人!」
驚きを含んだ叫びと一緒に顔を上げると、ゆかりさんと目が合います。彼女は微笑みながら頷いてくれました。
そう、野球部の三人が呼び出しに使ったあのラブレター。筆跡は間違いなく女の子のもの。そして女の子は野球部には入れません。わたしの高校の野球部はマネージャーを募集していないのです。
事件の損得に関与していない第三者。ゆえに動機がない。それなら、もしかしたら。
「もしかしたら、ラブレターを代筆したことを話してくれるかもしれない。その上でさっきの推理を話せば!」
〝野球部の三人が観念してすべてを自白する可能性は高まるわね〟
先を続けてくれたゆかりさんの手を取って、感謝の気持ちを伝えます。
「ありがとう、ゆかりさん。これで、これで、えっと……んん?」
わたしは、こてんと首を傾げてしまいました。またも先の言葉が続きません。
それもそのはず。よくよく考えて見れば、全てを解き明かして、真犯人を見つけて、だからどうしたというのでしょうか?
「峰岸さんに窓が割れなかったことはもう話してあるから、きっと疑いは晴れる……。真相を話せば野球部の人が怒られるだろうけど、でも別にそんなこと……」
わたしは望んでいません。むしろそれで野球部の存続に関わるような事態に発展してしまったらその方が心苦しいです。
前にゆかりさんが伝えてきた言葉を思い出します。
〝どうか正義の味方にならないでね〟
今回の件はわたしに関わりがほとんどなく、解き明かそうと放っておこうとどちらでも良くて……。それじゃあわたしは一体何のために……。
「わたしは……」
正義の味方になろうとしていたのでしょうか?
ゆかりさんの願いを無視してまでそんなことをしたかった?
そんなはずは……。
深く、どこまでも深く沈んでいきそうなその問いの答えをもたらしてくれたのは、やはりゆかりさんでした。
いつの間にか手を放していたらしく、彼女は自由になった手でスケッチブックに文字を書きます。
〝全部分かって、胸のもやもやがすっきりしたでしょう? あなたはそのために私にこの事件のことを話したのよ〟
「……。そう、なのかな……?」
ゆかりさんはわたしの目を覗き込んで、力強く頷きます。
〝そうでなければ、みぃちゃんのためじゃなければ、私はそんなことしないわ。私の人生の全部は、みぃちゃんのためにあるのだから〟
その言葉に、
この間のわたしの夢を聞き入れてくれるかのような、その言葉に、
「うん……。ありがとう、ゆかりさん」
ようやくわたしは素直な気持ちになれて、微笑みを返すことができたのでした。
☆ ☆ ☆