ラブレターの罠
わたしの驚く顔を見て、ゆかりさんは首を傾げます。素朴な瞳で訊ねてきます。
〝何をそんなに驚いているの? ほとんどみぃちゃんが解いていたじゃない〟
そんな風に書かれても、わたしはまったく自覚がありません。あれで合っていたんだ、くらいの心境です。
「そうなんだ、良かったー……」
これでわたしは峰岸さんから嘘つきだと罵られずに済みそうです。
しかしどうせなら事件の真相を知って、それを伝えてあげたい。そう思います。
「ねえ、ゆかりさん。わたし、それなりに気になっているの。良かったら教えてくれない? ゆかりさんの推理」
すると、ゆかりさんは少し上を向いて考える仕草をします。勿体ぶっているというより躊躇っているように見えます。
そして、スケッチブックにペンを走らせます。
〝それはできないわ〟
「ええっ、どうして?」
これは予想外。ゆかりさんがわたしに意地悪を言うだなんて。いえ、さんざんからかわれてはいますけど。でもなんとなく違和感。
怪訝そうにしていると、ゆかりさんは少し悪戯っぽく微笑んでくるりとスケッチブックを裏返します。
〝せっかくここまで解いたんだもの。最後までみぃちゃんが考えましょう。手伝うから〟
「わたしが? できるかな……」
自信はありませんが、いつかの謎かけの時のようにゆかりさんに道筋を立ててもらいながらならできる気がしました。
何より今は、ゆかりさんと一緒に何かをしたくてたまらない気分です。
「うん、やってみる」
わたしの返答に、ゆかりさんは満足そうに頷きす。それからスケッチブックを見せてきます。
〝まず状況を整理しましょう〟
そう書かれた横には、一連の騒動が丁寧な字でまとめられています。
〝・ラブレターを貰った野球部の主将は、合計で三回校舎裏に呼び出された。
・三階の窓ガラスが割られた。ガラス片の中に拳大ほどの石があった。
・窓ガラスの破損に気づいたのは野球部の三人だった。彼らは犯人を目撃していない。
・野球部の二年生は現在彼らだけで、主将は最近交代した。騒動によって、主将の部内での立場が危うくなった。
・主将は野球部でピッチャーをしていて、だから石を投げ込んだと疑われた。が、実際に三階の窓ガラスを割ることはできなかった〟
「うん、こんな感じね」
ざっと目を通してみて、やはりこうしてまとめられていると分かりやすいと感じます。
ここからがゆかりさんのすごいところ。頭の良くないわたしを一歩ずつ進ませて、きちんとゴールへ導いてくれます。
もちろん、わたしも頑張って考えるつもりです。
意気込むわたしを見て楽しそうに目を細めて、ゆかりさんはペンを手にスケッチブックへ文字を書きます。
〝ざっと見てどうかしら? とても分かりやすい構図になっていると思うのだけれど〟
「……。え?」
いきなりの思考停止でした。
これが事件の構図になっている? 事実をまとめたのではなくて?
固まってしまったわたしの反応を楽しみつつ、ゆかりさんはそれじゃあ、とヒントを追加してくれます。
〝ひとつずついきましょうか。まず主将さんが疑われたのは何故かしら?〟
わたしはゆっくり考えてから答えます。
「それは……野球部のピッチャーをしていて、校舎裏にいたから……よね?」
ゆかりさんは頷きます。続けて、
〝どうして校舎裏にいたのかしら?〟
「それはだから、ラブレターで呼び出されたからでしょう? 三回も」
そう答えた後で何気なく思ったことを口に出します。
「でも、そんなに何回も呼び出しておいてそれでも来ないなんて……。本当にその気があるのな?」
すると突然、ゆかりさんはわたしに人差し指を突きつけてにやりとしました。
〝そう、それよ〟
と言いたげです。
え、どれ? 思わず訊ね返そうとして、気づきます。
「もしかして、ラブレターの相手は最初から来る気がなかった?」
ゆかりさんは深々と頷きます。そして、わたしの発言を待ってくれています。
わたしは必死に考えました。胸に引っかかっていることがもう少しで出てきそうです。
ラブレターの相手は最初からその気はなかった。
けれど三回に渡って峰岸さんを呼び出した。
その理由は……。
相手の狙いは……。
「まさか」
陽光が霧を晴らすように、ぱっと答えが頭に浮かび上がりました。
それに気づいてゆかりさんが褒めるような笑顔を見せてくれます。
「ラブレターの相手は最初から校舎裏に峰岸さんを呼び出すことが目的だった?」
わたしはゆかりさんに向かって、訊ねるように言います。驚くほどすんなりと言葉が出てきました。
ゆかりさんはゆっくりと頷きを返してくれました。そして首を傾げて続きを促します。
わたしの思考は止まりません。
峰岸さんを校舎裏に呼び出して、それで?
「窓ガラスが割れて、その疑いが峰岸さんに向くように仕向けた……。つまり峰岸さんを罠に陥れたのね?」
あのラブレターは、餌として使われたものだった。そんな突飛な発想に思い至って、わたし自身が一番びっくりしました。