どうやっても無理なんじゃ……
本当は図書室にでも行って本を読もうかとも思いましたが、つい先月に起こった出来事がきっかけで放課後の図書室には近寄りがたいのです。
司書の先生と、できれば顔を合わせたくありません。
「ここから石をねえ……」
校舎裏に立って、校舎の壁を見上げます。
ほぼ垂直にそびえ立つクリーム色の壁。その上の方。廊下に面して並んだ窓ガラスの一枚がまだ段ボールで覆われていました。新しいものに変えられるのは次の休日中になるそうです。
三階というのは下から見上げると結構な高さにあるように感じて、果たしてここからあの高さの窓への投石が届くのか。届いたところで窓ガラスを割ることができるのか。
甚だ疑問でした。
「というか、これは……。どうやっても無理なんじゃ……」
わたしが上を見ながら呟いたところへ、
「あら」
横から意外そうな声がかかりました。
視線を戻すとそこに相原さんがいて、こちらに手を振りながら近づいてきます。
わたしは挨拶をします。
「こんにちは」
「こんなところで奇遇ねえ。なになに? 事件の調査? 窓ガラスを割った犯人探しているの? それってなんてミステリー?」
「えっと……」
わたしを見つけたことが余程嬉しかったのか、テンション上がり気味な相原さんでした。何やら気に入られてしまっています。
相原さんはわたしの隣に立ち、先程のわたしと同じように視線を上へ。その体勢のまま訊ねてきます。
「で、どうしてここに?」
「わたし、事件にまったく無関係というわけではないようなので。少し気になって」
「ふうん。よくおかしなことに巻き込まれるのね。放課後あちこちうろついているからじゃない?」
「えっ、どうしてそれを?」
驚いて訊ねると、相原さんはさも当然のように答えます。
「そりゃあ、目立つもの。部活動に入っていない一年生が、放課後いつまでも居残って校内を徘徊していれば。誰だって目につくわ。あなた結構有名よ?」
「知りませんでした……」
「今回もそれで面が割れて、職員室に呼び出されたみたいだし」
「ええっ、どうしてそんなことまで?」
「疑いをかけられている野球部の主将、峰岸っていうんだけど、彼とは席が隣なの。で、いろいろ愚痴を聞いてやったってわけ」
「なるほど」
「彼があなたを目撃者として呼び出せたのも、あなたが変わり者で噂の人物だからなのよ」
そういえば、名乗ってすらいない出会ったばかりのわたしのことをよく覚えていたな、とは思いましたが……。
なるほど、そういうことでしたか。
反省の意を込めて、これからは徘徊も控えめにしようと思いました。
「それにしても、事件の目撃者と容疑者が同じクラスなんですね。部活も全員野球部」
ふと、そんなことを思い出して呟いたわたしの言葉に、相原さんはこくりと相槌を打ちます。
「そうね。二年生の野球部員は、もともと経験のなかった仲良し四人組が同じ部活を始めたのがきっかけらしいわ」
「野球部の二年生が四人だけですか?」
全体の人数にもよりますが、野球部でそれは少ないような気がしました。大丈夫なのでしょうか。
わたしの疑問を察したらしく、相原さんが教えてくれます。
「今年は一年が豊作だったらしいから部そのものは大丈夫でしょうけど、今数少ない二年生の、しかもエースで主将がいなくなったら大変よ」
「そんなに大ごとになっているんですか……」
「ええ。おかげで目撃した奴らを睨む峰岸の視線が半端ないことになっているわ。今回の件でやっぱり部活にも支障が出ているようだし。受け継いだばかりの主将の座を下ろされるんじゃないか、もしかしたら退部させられるんじゃないかって、あいつぼやいていたもの」
「相原さんは、それでここへ?」
「特別仲がいいわけじゃないけれど、放っておけなくて。私も何か力になれないかって思って」
「ふうむ……」
ことは結構大きくなっているようです。
どうにかならないものかと顔をしかめて考えていると、相原さんがわたしに意味深な視線を向けているのに気がつきました。
「ねえ、今度は私からもいいかしら?」
わたしも相原さんの方を向き直ります。
「何でしょうか」
「さっき無理って言っていたわよね? 無理ってつまり、峰岸に窓ガラスは割れなかったって意味よね? どうしてかしら?」
「え? いえ、素人考えで……」
「その話、俺にも聞かせてくれないか?」
とんでもないと遠慮したわたしに、後ろから力強い声がかかりました。歩いてこちらへやって来るのは件の峰岸さんです。