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ゆかりさんとわたし  作者: ユエ
3話 ゆかりさんとわたしと、校舎裏にて
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まったくもう……


 

「まったくもう……」



 夕食の後片付けをしながら、わたしはゆかりさんに文句を言います。涙を浮かべるほど笑わなくてもいいのに……。

 そんなこんなで、ゆかりさんは絶賛休憩中です。


 霊体となったゆかりさんは、とても疲れてしまうとかであまり声を出そうとしません。

 真言やお経、呪術など、日本では古くから言葉に霊的な力が宿ると信じられているとか。言霊は森羅万象通ずるとも書かれた文献まであるくらい、声を乗せた言葉には特別な力が宿るのだそうです。


 ゆかりさんが思うように言葉を発せないのも、霊体ゆえなのでしょうか。

 そういう逸話を基にしたアニメやSF漫画をゆかりさんに見せてもらった影響で、そんな風に考えているのですが、とにかく。


 ゆかりさんは以前のように声を出せなくなり、だから普段は筆談や手話やジェスチャーで想いを伝えてくるのですが……。



「笑い過ぎで疲れてしまうだなんて。まったく……」



 笑い声を必死で抑えようと頑張って、それでも堪え切れなかった結果です。ゆかりさんは大いに笑顔を振りまいたのち、ぐったりと座り込んで卓袱台にもたれかかってしまいました。


 普段は率先してやりたがる家事も、わたし任せにするくらいの疲労困憊具合です。

 原因がわたしであることを思うとあまり強く言えませんが、しかし気を付けてもらいたいものです。



「片づけ終わったよ、ゆかりさん。今日はもうお風呂に入ってゆっくり休みなさい。まったくもう」



 卓袱台に突っ伏すゆかりさんの正面に腰を下ろして、項垂れる彼女に声をかけます。


 ゆかりさんはごそりと緩慢な動きで顔を上げて、ついでにスケッチブックを立てて紙面をわたしに見せてきます。



〝告白とラブレター。みぃちゃんはどちらがより好み?〟

「懲りていないのっ?」



 思わず強い調子で言ってしまいましたが、ゆかりさんは楽しそうな微笑みをちらりと覗かせるだけでした。反省の色がまったく見られません。


 ゆかりさんはたまに子供っぽい一面があります。今がその時です。とても可愛いです。

 しかし、ゆかりさんの身体のことが関わっているとなると、気にせざるを得ません。


 わたしは困り顔を作って、一応苦言を呈します。



「……心配しているということを忘れないでね、ゆかりさん。小さなことでもゆかりさんに何かあって欲しくないの」



 病気の身の上であった以前は、まだ医学の力で対処できたでしょう。

 今のゆかりさんは生霊。良く分からない存在と化した今の彼女に何かあったらと思うと、気が気でないのです。


 ただでさえ、彼女の肉体は今も病室で眠りに就いていて、確かにそこで生きていて……。


 もし、外に飛び出たゆかりさんの魂に何か不測の事態が起こったら、残された肉体はどうなるのでしょう?


 ゆかりさんの命の行方は……。


 それを思う時、わたしはいつも胸がきゅうっと痛くなります。


 ようやく手にした自由を謳歌する今のゆかりさんに、ベッドに縛り付けられた病弱な肉体に戻って欲しい、だなんて口が裂けても言えません。決して、そんなこと望んでいるわけではありません。

 

 ですがしかし。


 今のゆかりさんを認識できるのはわたしひとりきりで……。何かあった時何とかできるのはわたしだけで……。

 わたしの采配でゆかりさんがどうにかなってしまうと思うと、不安が込み上げて来て仕方がないのです。


 だというのに、それをすべて知っているはずなのに、ゆかりさんは晴れやかな笑みを口元に浮かべて頷くだけ。


 なんでこんなに楽しそうなんだろう? 

 どうしてそんな風に笑っていられるの?

 ゆかりさん自身のことなのに……。


 そんな質問が口をつつこうとして、



「……はあ」



 その全てをため息に変えて吐き出します。


 落ち着きましょう。それは言ってはいけないことです。聞いてはいけない質問です。

 だってそれは、ゆかりさんの信頼を裏切る言葉だから。


 彼女が穏やかな笑みをわたしに向けてくれる限り、わたしに自分の全てを託してくれる限り、わたしは決して弱音を吐いてはいけないのです。


 不意に高鳴った心臓を深呼吸でなだめていると、ゆかりさんは慈しむような表情でじっと待っていてくれます。

 きっと全てを察した上で、それでも待っていてくれます。


 そんな彼女にもうあまり無理をさせたくないので、変に反発せずに大人しく質問に答えることにしました。

 

 

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