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ゆかりさんとわたし  作者: ユエ
0話 ゆかりさんとわたし
5/79

いただきます

  

「お待たせしてごめんなさい、ゆかりさん」 



 わたしが謝ると、ゆかりさんはすっと手を軽く挙げて応えてくれました。


 部屋の中央には丸い卓袱台があり、その上には今晩の夕食が置かれています。この卓袱台は、使う時だけ壁際から転がしてきます。


 ゆかりさんは不安定な存在である分、こういう力仕事はわたしが積極的に行いたいのですが、今日ばかりは失敗しました。今度からはもっと早く掃除を済ませないと。


 反省しつつ視線を落とすと、ゆかりさんの手料理がどれも美味しそうな湯気を立ち上らせています。


 今日のメニューは、白いつやつやのご飯。豆腐とわかめのお味噌汁。おかずは大皿に乗せられたジャガイモとタマネギの炒め物。とろりと溶けたチーズが乗っかっています。もう一つのお皿にキャベツ多めの肉野菜炒め。

 食べるのはわたしたち二人だけなので、言うほど量は多くありません。



「相変わらず美味しそう。ゆかりさん、本当に料理上手」



 本当にすごいことです。台所に立てるようになってまだ三年だというのに。豊富な知識に裏打ちされた腕前は確かなものです。


 わたしは卓袱台の前に腰を下ろして少し足を崩します。ゆかりさんはきっちり正座しています。

 以前、足が痺れないのか訊ねてみると、



〝幽霊に足はないもの〟



 と澄まし顔で返されました。


 わたしに見えているものとゆかりさんが自身の身体として認識しているものは違うということなのでしょうか。


 ふとおかしなことを思い出し、考えに耽りそうになって、ぶんぶんと頭を振ります。せっかくの料理が冷めてしまっては申し訳ありません。後回しです。


 二人揃ったところで両手のひらを合わせ、



「いただきます」



 わたしの音頭に合わせて軽く会釈し、食べ始めました。

 野菜炒めが程よい塩加減で美味しいです。たぶんゆかりさんがわざわざわたし好みに作ってくれたのです。


 食事中は両手が塞がってしまうため、ゆかりさんの口数はとても少なくなります。もっとも口数というより手数ですが。


 なので、自然としゃべるのはわたしだけになり、話題は高校であったことが中心です。


 正直、高校に通えないゆかりさんにしていい話題かどうか悩みどころですが、まだ学生である身の上、生活の大部分が学校生活で構築されているのは仕方のない話です。


 当のゆかりさんは嫌な顔ひとつ見せずに相槌を打ってくれるので、わたしは安心して話をすることができるのです。



〝みぃちゃんはいつも楽しそうね〟



 食事の後、後片付けをしている最中にゆかりさんが何やらスケッチブックに書きつけていったので覗いて見ると、白い紙面に黒いペンでそう書かれていました。



「何か、脳天気って言われているみたい」



 ひねくれた感想を漏らすと、ゆかりさんは運んでいた食器を流し台に入れて、手話で想いを伝えてきます。



〝可愛くて素敵ね〟



 透き通るような優しい眼差しで見つめてくる彼女を前に、わたしは苦笑するしかありません。



「何を言っているのやら。わたしなんかよりよっぽどゆかりさんの方が可愛いのに」



 ゆかりさんは、きょとんとした顔で首を傾げるジェスチャーを取ります。



〝そう?〟

「そうよ」



 わたしも残りの食器を流し台に入れながら正直に答えます。


 今日はゆかりさんが食器を洗う係りでわたしが拭く係りのようです。特に決まっているわけではなく、立ち位置からそうなります。

 布巾を手に取りながら、わたしは続けます。



「あ、いや待って。可愛いというよりきれいっていう感じかな。長くて黒い髪とか、白い肌とか、物静かな雰囲気とか。大人っぽくて素敵」



 月光のように透き通る白い肌も、波紋のように広がる長い黒髪も、見惚れてしまうほどきれいで、美しく……。

 見ているだけでため息ものです。


 ちらりと横目でゆかりさんの横顔を盗み見ると、少し困ったように頬を染めているのが分かりました。幽霊でも頬を染めるのです。なんて可愛らしい。


 家事の最中はどうしても両手が塞がってしまうため、わたしが一方的に攻撃できるチャンスなのです。普段からかわれてばかりの分、こういう時は強気に攻めたいわたしです。



「ほんとうにきれいだよね、ゆかりさん。クラスの女の子と比べてもあか抜けているし。高校に通っていたら、きっと人気者だったでしょうね。モデルさんみたいにスレンダーで、背が高くてかっこいい。眠ってばっかりだったのに、どうしてそんなにスタイルがいいのか不思議ね。ほんとうにゆかりさんは―――きゃ、冷たっ!」



 突然首筋にひやりとしたものを当てられて、わたしは思わずみっともない悲鳴を上げてしまいました。


 何かと思えば、ゆかりさんが冷水で冷えた手をわたしのうなじにくっつけたのです。洗い物をする時は温水を使っているはずなので、わざわざこのためだけに冷水に切り替えたのでしょう。



「何をするの、ゆかりさんっ」



 抗議の声を上げるわたしに、しかしゆかりさんも負けじと睨んできます。彼女の方が少し背が高いので、こうして真っ直ぐに見つめられると迫力があります。


 三年前からわたしが成長していないのではなく、無意識の内にわたしに合わせて体格が変化しているそうです。



「あ……、ごめんなさい」



 薄く染めた頬を膨らませてそっぽを向いてしまうゆかりさんへ、わたしは慌てて謝ります。どう考えてもわたしのやり過ぎです。


 ゆかりさんは不機嫌な様子のまま、食器洗いに戻ってしまいました。あんまり怒らせると、スーッ、と姿を消してしまって探すのに苦労します。



「ごめん、許して。からかいすぎました。だって、ゆかりさんの反応が可愛いからつい―――って違う、今のなし!」



 思わず愚痴ってしまった後で、慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。


 おそるおそるゆかりさんの顔を覗き見ると、ふくれっ面だった彼女は耐え切れない様子でふふっ、と吹き出しました。


 ガタガタと肩を揺らして笑い続ける彼女につられて、わたしも忍び笑いを漏らしてしまいます。そうして、ふたりでクスクス笑い合いながら、洗い物を最後まで続けました。


 居間に戻ってから、ゆかりさんに提案します。



「ゆかりさん、冷えただろうから早くお風呂入ってきた方がいいよ。お湯はさっき入れておいたから」



 すると、ゆかりさんは不思議そうな瞳を向けてきます。



〝冷水はいたずらで使っただけで、基本的には温水を使っていたから冷えていないけれど?〟



 そんな風に言いたげでした。もちろんそんなことは分かっていました。ですから、ただの口実です。

 わたしは構わず彼女の背中を押してお風呂へ促します。


 戸惑いがちな彼女を見送った後。

 わたしは何気なく自分の両手を見つめて、指先を絡めたり開いたり。ためつすがめつ。


 互いの指の温度を、自分の体温を感じます。



「はあ……」



 ため息をひとつ。

 手が冷たい。まるで血が通っていないみたいに。


 たったそれだけのことでわたしは嫌なイメージを想起させ、不安に駆られてしまいます。

 気にし過ぎなのは分かっています。幽霊なのだから血は通っていません。


 けれど、どうしても眉間に皺が寄ってしまうのです。

    


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