楽しいからいいんじゃない?
「……ごめんなさい、ゆかりさん」
突然謝られたことにびっくりしたのか、
〝どうしたの?〟
と、ゆかりさんは首を傾げます。
「わたし、本の内容を事細かに暗記して話しているわけじゃなくて……。だからどんな風なのかちゃんと伝わっていないかも。そうなるとこの謎かけそのものが……」
わたしは申し訳なさでいっぱいで、暗い気持ちになってしまいます。
それでもゆかりさんが何やらスケッチブックに書き始めたので、顔を上げないわけにはいきません。
ゆかりさんは、
〝楽しいからいいんじゃない?〟
そう書いたスケッチブックを手元で掲げながら、にこやかな笑みを浮かべていました。
「ゆかりさん……」
何を申し訳なく思っているのか本当に分からないといった様子で、わたしの話下手などまったく気にしていない様子で、そんなことを伝えてきます。
〝楽しいからそれでいいのよ〟
同じ言葉をもう一度スケッチブックに書いて見せてきます。
しかし、わたしは納得できません。
「楽しいって……。でも、ちゃんとした謎かけになっていないし」
〝謎かけを解くことが目的じゃないでしょ?〟
ゆかりさんは裏側に素早く続きの言葉を書いて、スケッチブックを裏返します。
〝私たちは探偵でも警察でもない。事件をちゃんと解決する必要はないし、そもそも現実に事件なんて起きていない〟
続きを書ききれなかったのでしょう。ゆかりさんは新しいページを開いて、さらさらと文字を書きます。
わたしを励ます言葉を書き連ねます。
〝おしゃべりを楽しみたくて、ひとつの話題として持ってきてくれたのでしょう? なら、もう十分満足じゃない。みぃちゃんとお話しできて私はとっても楽しいわ〟
「それは、わたしも楽しいけど……」
〝なら、それでいいんじゃないかしら?〟
屈託なく、甘く蕩けるような微笑みを投げかけられて。
ぞくり、と背筋が痺れてしまったわたしは、もうそういう風にしか考えられなくなりました。
ちゃんとしていなくていい。楽しむことが一番大事。
会話が弾むタネになってくれれば、それで十分。
「うん……。ちょっと肩を張り過ぎたかも。不思議。ゆかりさんとはずっと一緒に居るのにね」
遠慮しているわけでは決してないのですが、ゆかりさんを楽しませなければ、と意固地になっていたのかもしれません。
そんな必要はありませんでした。
こんなわたしと話しているだけで楽しいと、ゆかりさんはそう伝えてきてくれるのですから。
その言葉を疑う理由はどこにも存在しません。
わたしの呟きに、ゆかりさんは腕を回すように肩を上下に動かすジェスチャーをします。
〝リラックス、リラックス〟
声なき言葉でしたが、十分に伝わりました。
「うん。ありがとう、ゆかりさん」
ゆかりさんのアドバイスに心から感謝し、わたしは軽くなった気持ちのままに、ゆかりさんへの謎かけを再開します。
今日のこのおしゃべりをもっと二人で楽しむために。
「じゃあ、次の事件ね」