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ゆかりさんとわたし  作者: ユエ
2話 ゆかりさんとわたしと、洋館にて
35/79

三つの質問


 

 改めて、一つ目の質問。



〝爆発と言っていたけれど、実際に本にそう書かれていたの?〟

「えっと、ちょっと待ってね」



 わたしは肩掛け鞄の中からハードカバーの本を取り出します。


 『相談部事件ファイル』というシリーズものの、途中の一冊になります。まだ全シリーズ読破したわけではありませんが、どの巻も難解なトリックが満載でなかなかの読み応えでした。


 ぱらぱらとページをめくり、ゆかりさんの質問に該当する箇所を見つけます。



「あった。ええと、『ライターでタバコに火をつけようと着火した瞬間、炎はタバコごとシンさんの身体を包み込んだ。廊下に熱風が走り、周囲の明度が数段上がる。振り返った僕らが見たのは、人の形を象った炎だった。一気に燃え広がった炎に身体を焼かれ、激痛に苦しむシンさんは堪らず外へと駆け出した』って書いてあるけど……。一気に火が燃え広がったんだから、爆発と捉えていいんじゃないかな」



 あてずっぽうでなんとなくのイメージでそう言うと、ゆかりさんは満足そうに頷いてくれます。

 これで良かったのでしょうか?


 そして二つ目の質問。



〝記者さんが転がった地面は土かしら? それとも草地? 砂利だったりしたら痛そうね〟

「えっと、どうだろう? 屋敷の裏手には森が広がっていたわけだから、草地だと思うけれど……」



 呟きながらわたしは、洋館裏口の描写が書かれている部分を探ります。



「あ、あった。ふんふん。森から続く草地が広がっていて、裏口の下だけコンクリートで固められ、その周りは半円状に土が露出していたみたい」



 わたしの言葉を聞きながら、ゆかりさんはスケッチブックに簡単なイラストを描きます。


 それは良く目にする一般的な裏口の様子を描いたもので、わたしが想像したイメージとぴったり一致しました。



「うん。そんな感じだと思う」



 舞台は洋館なので実は少し違うのかもしれませんが、裏口という場所の情報としてはゆかりさんのイラストで合っていると思いました。


 それにしてもゆかりさん。本当に絵が上手。感心していると、ゆかりさんはその裏に文字を書き始めました。


 そしてわたしに見せます。



〝草地の草が焼けて、焦げているような描写はあるかしら?〟

「あ―……確かあったような……」



 わたしは記憶を辿ります。パラパラとページも捲ります。


 後半の方にほんの数行だけ、そういう描写がありました。ユウトとサヤカが現場を調べている場面です。



「『シンさんが転げ回った時に燃え移ったのだろう、青々と茂っていた草地の一部が焼け焦げて真っ黒になっていた』、そうよ?」



 ゆかりさんは得心いったように頷きます。

 その顔は自信に満ちていて、もしやもうトリックが分かっているのでしょうか。


 三つ目の質問、ゆかりさんはこんなことを訊ねてきました。



〝外は豪雨だということだったけれど、水たまりの深さはどのくらい?〟

「水たまり?」



 またもわたしには良く分からない視点からの質問が飛び出します。


 水たまりの深さ。そんなことを聞いてどうするのでしょうか……。

 もしかして、火を消せるだけの水の量があったかどうかが気になるのでしょうか。


 兎にも角にも、わたしは該当箇所のあたりに目を通してみます。



「ううーん……。やっぱり詳しく書いてはいないよ。『外は雨が強く降りしきり、地面に水たまりを作っている。シンさんは自慢していた高いジャケットが泥水で汚れるのも厭わず転げ回る。だが、雨で地面に溜まった程度の水たまりではとうてい消せないほど火の勢いは強い』って書いてあるから……。そんなに深いものじゃなかったんじゃない? 豪雨といっても雨が降り始めたのは親族会議が終わった夕方からだし」



 わたしの見解も交えて答えると、ゆかりさんは納得の頷きを返します。


 今度はわたしが訊ねる番でした。



「どうしてそんなことを聞くの?」



 ゆかりさんはスケッチブックに返答を書きます。

 わたしは、少し長い文章に目を通します。



〝ミステリーにおいて必要のない描写はされないもの。だからその水たまりが特別深かったりする場合、そういう風に描写しなくてはいけないの。その本のように特に描写がされていないのなら、それは良くある普通の水たまり。靴が濡れてしまう程度にしか水はなかった。そう判断できる〟

「それは……、確かにそうかもしれないけど」



 ゆかりさんの説明を聞いて、わたしは内心焦ります。


 話下手なわたしの語りでは、細かく忠実に本の内容を話せているわけがありません。


 軽い気持ちでミステリー小説の謎解きなんて持ちかけましたが、謎を解き明かすのに必要な情報が圧倒的に不足しているのでは……?


 そう思うに至り、わたしは顔を曇らせました。

 


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